第30話 激戦、必至です!

「はぁ!? ケルベロス部隊が全然集まってないん!?」


「はっ! 恐れながら――。各中隊長様のご到着が思いのほか遅く……全20部隊の内、14部隊が編成完了出来ていない様子ですッ!」


「……あぁ、これやから有事の時にさっさ動けん部隊よりも本部のモン寄越せ言うとったのに! 自分ら滅ぼしたいんかい上の連中は!」


 フラン師団長が怒りを露わに、使者の報告を受け取っている。

 決戦当日。ガルファ城の管理室で小さく頭を抱えるフラン師団長に、大隊長の俺――エリク・アデルとキャロル・ワムピュルスはため息を溢していた。

 現在ガルファ城に集結しつつある戦力は当初の予定の半分も行かないと言った程度か。

 予想以上にケルベロス大隊の到着が遅れているのと、ラクス平原に向かって戦闘態勢を整え出した『ディアード』。その陽動部隊が設置される遥か前から、勇者軍側での総大将ガルマ・ディオールがドルゴ村近辺で頻繁に姿を現しているという情報が速達蝙蝠から入ってきている。


「陽動部隊がこのままラクス平原に戦力を集中させて雪崩れ込んできたら、此方の現在の勢力では太刀打ちが出来ませんね……」


 キャロルがふと呟くと、すぐさまフラン師団長は使者に伝える。


「いいかい、ガルファ城の地下にある魔物死体を引っ張り出して、ラクス平原に引きずってきな。時間稼ぎにしかならんやろうけど、瘴気で視界邪魔してくれるやろ。今来てるケルベロス部隊の一隊にすぐさま取りかからせとき」


「承知ッ!」


「んで、エリクちゃん、キャロルちゃん」


 兵士に指示を出した後すぐさま俺とキャロルの方を見つめるフラン師団長。

 キャロルの書類を持つ手がぎゅっと握られた。


「私は全兵力のほとんど持って今からラクス平原に向かう。キャロル、あんたにウチの私兵預けるわ」


「……い、今、なんと……!?」


 ふと、キャロルが目をピクピクさせて聞き直す。


「ウチの私兵なら、多少指揮系統が違ったとてそんな士気下げずにやれるけんね。ラクス平原こっちは、いくら相手が攻めて来んとしても備えは必要やろ。本来なら、キャロルちゃんにラクス平原指揮をお願いしよう思っとったんじゃけどねぇ」


 そう、小さく紡ぐフラン師団長。

 要するに、要するにだ――。


「エリク・アデル大隊長。キャロル・ワムピュルス大隊長に命ずる。勇者ガルマ・ディオールを両名にて撃退せぃ。相手の生死は問わん。その代わり、当分ここを襲って来れんほどに奴の心をへし折ってき!」


『――了解ッ!』


 フラン師団長直々の命令が下ると同時に、俺たちの元にもう一人の使者がやって来て、勇者軍側がラクス平原に陣取ったことを知らせてきたのだった。


○○○


「で、エリクちゃん、実際に勝算はあるの?」


 闘龍――バトルドレイク。

 この世界における主流の移動手段の一つである。

 魔族が、魔物に属するものでもない龍族を従えるのは珍しいことではあるのだがこと戦闘や高速移動においてはこの闘龍の性能がいかんなく発揮されることになる。

 体長はおおよそ二メートルほど。固い鱗で覆われた体躯に龍具をつける。二足歩行の強靱な後ろ足と、獲物を掴んで離さない強力な腕。

 縦に切れたような鋭い瞳は見る者全てを睨み付けるようだった。

 ヒトよりも何倍も速く走り、ヒトの何倍も遠く走る。

 ガルファ城にて飼われている最速の二頭を借り入れた俺とキャロル、そして彼女に付き従う十数人のフラン師団長の私兵は、ガルファ城を抜けてラクス平原を大きく迂回していた。


「勝算か」


 ふと、俺はかつての大規模攻勢を思い出す。

 こてんぱんにやられたあの時の記憶は、今でも頭に深く残っている。


「俺の大切なヒトが守りたかったものは、死んでも守る。それくらいかな」


「エリクちゃん、答えになってなくない? 本当に大丈夫……?」


 ……実際は死ぬほど怖い。


 『ディアード』メンバーの中でも理知的なシュゼットにさえ言えなかったものの、戦闘狂のガルマ・ディオールに真っ正面で立ち向かうなど、馬鹿の所業としか思えない。

 今思い返してみても、あのまま『ディアード』に残って何も知らんフリをして魔王軍攻勢に参加していれば良かったのかも知れない。

 もっと言えば、ブラック企業の魔王軍で血反吐を吐きながら耐えていれば良かったのかも知れない。

 それでも、それでも――。


 ――俺は知ってしまった。


 世界の美しさを、飯のうまさを、休みのありがたさを。


 そしてそれを教えてくれるきっかけをつくったのが、彼女だった。

 アナスタシア・フォン・ミュラーは俺に、何より代えがたい光を与えてくれた。

 そんな彼女が守りたいものがあるならば、俺はそれに従うのみだ。

 そのためならば、例え勇者を相手取ることになったとしても、腹を括るしかないだろう。


「……っ! 来たよエリクちゃん。あれが、勇者軍の陣地みたいだね」


「あぁ、分かってる。キャロルは他の奴等を頼む。俺は総大将を狙っていく」


「了解ッ! 死ぬようなことがあったら、フラン師団長に頼んで地獄の底から引き上げて貰うんだからね!」


「そうならないように気をつけるとするさ」


 闘龍バトルドレイクの首筋をなぞって、俺はドルゴ村の外縁をまわる。

 キャロルは、少数精鋭の兵を持ってガルマの隊の背後を狙う。


 ドドドドドドドドッ!!!


 闘龍バトルドレイクの足が速まると同時に、その気配を察知したガルマがふとこちらを向いた。


 エリク・アデル一世一代の大勝負は、こうして唐突に幕を開けたのだった。

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