第29話 真っ向勝負、始まります!

 決戦の朝を迎えたオーデルナイツは、一見いつもと変わらぬように感じられた。

 ギルド『クラウディア』にて出立体勢を整えている私たちディアードも、あとは総大将の意向に沿うだけだ。

 当の勇者軍総大将ガルマ・ディオールは、意外にも両脇に可愛げな女の子を侍らせてからクラウディアの扉を開けることになった。


「やぁ、ディアード諸君。今日はよろしく頼むよ。この戦が終わり次第盛大に飲み明かそうじゃないか」


 いかにも余裕である、と。そんな雰囲気を隠そうとしないガルマに、柱の陰から見守るルイスは吐き気を催しているようだった。

 そんななかで、私たちのリーダー、アナスタシアは一切表情を変えずにガルマの前に立つ。


「こちらこそ、よろしくお願いします。私たちはラクス平原での陽動を徹底します。攻城戦は、お任せします」


「あぁ、もちろんだとも。君たちが完璧に陽動の任を果たした際には、ぼくの方から上に直々に君たちを推薦することを約束しよう」


 その言葉にぴくりと眉が動いた。

 それは、柱の陰にいるルイスも同じようだった。


 勇者、ガルマ・ディオールがクシオール王国上層部に『ディアード』を推薦したならば、確かに私たちはEランクパーティーではなくなるだろう。

 だけど、私たちは――。


「丁重に、お断り致します」


 そう、私が心で思うよりも先に、アナスタシアは凜とした態度で断った。

 一言の元で、ばっさりと。何の躊躇もなく、クシオール王国最高峰の勇者の推薦を蹴ったのだ。


「……そうかい。それは、残念だ」


 肩をすくめて、ガルマは私たちに背を向けた。


「本当に、欲がないんだね。まぁ、ぼくとしては、君たちがきちんと陽動をこなしてくれればいいさ。その代わり――」


 一点、ガルマは親指を立てて自身の首をツゥとなぞって、告げる。


「君たちの方が失敗した場合、どうなるかは保証できないよ。ぼくの出世の道を邪魔することだけは、許さないからね」


 最後に捨て台詞を吐いて立ち去ったガルマ。「結局は自分勝手なだけじゃねーか」と侮蔑の目で見るルイスは、柱の陰から出てアナスタシアを見つめる。


「エリクさんは、まだ帰ってきませんね」


 寂しそうな表情で言うアナスタシアに、私も、ルイスも思わず息を呑んでしまっていた。

 彼女は今朝も、エリクさんの部屋を綺麗に掃除していた。


「でも、良かったのかもしれません」


 ――と、いつもの笑顔を浮かべたアナスタシアは、続ける。


「エリクさんに、こんな辛いことやって頂くことは、私も心が痛いですから」


 その言葉に、私も、ルイスも思わず胸がずきりとなるのを感じていた。

 エリクさんは、何か・・をしようとしている。

 そしてそれは、私たちには絶対――そして、私たちをいつもどん底から救ってくれたアナスタシアにこそ、絶対に明かせないことなのだという。

 そう言われたら、私はエリクさんを信じるしかない。


「……はぁぁぁああああ」


 そんな陰鬱な雰囲気を変えるかのように、大きなため息を付いたのは意外にもルイスだ。


「大丈夫だ。次、エリクに会った時はあいつ、ボコボコにしてやろうぜ。な、シュゼット」


「え、えぇ! そ、そうですね! アナスタシアは許しても、私は許しません!」


「あぁ、そうだそうだ。ぶん殴ってぶっ殺してやろうぜ」


「私も、魔法砲撃を全身に浴びせてやります!」


「ちょっと待って下さいお二方、なんでそんなに攻撃的なんですか!?」


「アナスタシアを困らせているからです!」「ナーシャが困ってるからな!」


 ふと、私とルイスの言葉が重なった。


 エリクさんには、帰ってきた・・・・・ときに・・・きっちり・・・・説明してもらう・・・・・・・のだから。


「『ディアード』の皆さん、配置お願いします」


 そんな私たちの元にやって来た一人の兵士。

 今回の闘いでラクス平原全域の指揮を手渡された私たち。本来ならばあり得ない采配に驚く間もなく、アナスタシアはこくりと頷いて。

 私たちはギルド『クラウディア』を後にしたのだった。


○○○


 ラクス平原は、第一次魔王軍大規模攻勢において主戦場となった場所でもある。

 数年前の闘いだというのに、魔法砲弾を使った瘴気にも似た空気が未だに漂っている。

 そこに生物の気配はなく、ある者は『死んだ土地』、ある者は『負の遺産』と。そう読んでいる。

 余程のことがないと、冒険者でさえ近付かないこのラクス平原には暗いもや・・のようなものが常時存在している。

 平原の遙か向こうはぼやけるほどの視界しかない。

 それでも、あそこの魔の力が漂っているのは勇者軍の中の誰もが分かっていた。


「シュゼットさん、準備は大丈夫でしょうか?」


 ふと、隣に立つアナスタシアが緊張の面持ちで私の方を見る。

 私はというと、いつも使用している巨大白銀銃の銃口を敵側へと向けている。

 私の後ろの方にも、今回の勇者軍の中で選りすぐりの狙撃手を集めておいた。


 その狙撃手代表を任された私は、全体に告げる。


「これより、第二次魔王軍大規模攻勢を開始します。瘴気のもやが掛かっていて全体像は把握し切れていませんが、私たちの目的はあくまで敵の足止めです。基本は光魔法の砲撃での牽制に努めます。無闇な敵本陣への砲撃は慎んで下さい」


 我ながら、何を甘いことを言っているのだろう、と思う。

 戦争なのに、出来るだけ相手を殺してしまわないように、なんて、副大将としては失格以外の何物でもないだろう。


「――光魔法、放てッ!!」


 それでも、私たちは進むしかない。

 エリクさんを信じて、私たちは私たちに出来ることを、こなすことしか――。

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