第24話 駆け引きで勝負します!

 迷うことなくドルゴ村を指さしたガルマ。

 ふぅ、と息を吸って「進言させて頂きます」とナーシャは言う。

 ガルマの許可が取れた後に、彼女はドルゴ村の更に西にある一つの廃城を示した。


「ここは、以前わたし達ディアードが盗賊団『ラッドの一味』と相対したときに使用した土地です。現在、ここに盗賊団はおらずガルファ城を攻略するならば、ここに伏兵を潜ませておく手もあります」


「……ゴルド村から魔王軍領へはおおよそ5分。対してその廃城土地からガルファ城までは15分ほどだね。わざわざ時間のロスをしてまでそこを選ぶメリットは何だろうか?」


「一度、魔王軍領から連隊長格の刺客・・がゴルド村にやってきた時に、使ったであろう狭い通路を確認しました。前哨戦の方々も使用した獣道です。あの獣道を軍勢で入っていくのは、いささか無謀かと。周辺に魔王軍の伏兵がいれば一網打尽にされる可能性も否めません」


「ふむ……確かにそうだ」


 ナーシャはてきぱきと頭を動かしている。

 彼女の言う獣道は、俺も知っている。

 キャロルと共に『シャッツ』の連中を退けた(?)時の小さな道だ。

 あそこで3人を捕縛したときに遭遇して、ナーシャもあの道を確認していたのだろう。


「でもね、君は少し勘違いしている。ぼくはドルゴ村を仲介して魔王軍領に侵入したいわけじゃないんだよ。言っただろう? ドルゴ村・・・・主戦場・・・にする・・・んだ。陽動部隊で戦力の4割をラクス平原に置いて、6割はここに集結させるんだよ」


「――ッ! そ、それでは……ドルゴ村の人たちの生活を脅かすことになります!」


「うん、そうだね」


「わたし達の闘いに何も関係のない人々を巻き込むおつもりですか?」


オーデルナイツここはそういう場所だろう?」


 食い下がっていたナーシャも、ぐっと拳を握りしめていた。

 そんなリーダーの孤軍奮闘の様子に、シュゼットも、ルイスも、俺もじっと我慢する。

 今にも飛びかかりそうなルイスをシュゼットは何とか目つきで諫めようとしているのが分かる。


 俺たちとて、ガルマに任務を依頼された時点で絶対に断り切れない――いや、断れないことは承知している。

 つまるところ、この駆け引きはいかに自分たちの要求を押し通すかでしかない。

 あくまで通路としてドルゴ村を使用するとなれば話は違ってきたのだが、ここは第二の作戦で行くしかない。

 同じ事を判断したシュゼットは小さく頷いた。


 俺たちがやらなければならないことは大きく分けて二つ。

 一つ、主戦場であるドルゴ村へ送る兵力を可能な限り削減する。もしくは、ドルゴ村への被害を一切ゼロに抑える。これはなかなか容易ではない。

 そして二つ目には――。


「では、私からも一つ進言させて頂きます」


 シュゼットが、赤縁眼鏡をクイと持ち上げてナーシャの背後に立つ。


「ガルマ様の副将を務めさせて頂くのであれば、主戦場をガルマ様に担当して頂き、私達は陽動部隊の長となりて魔王軍の進撃を食い止める役割をさせてもらえないでしょうか」


 俺たちが陽動部隊を担当する間に、ガルマにガルファ城本陣に攻めることを了承させることだ。


「……ほう」


「私達は普段、魔王軍と相対したことがありません――が、その新しい力は必ず魔王軍の驚異となります。今回の目的はあくまでガルファ城の攻略であり、殲滅は城を落としてからでも遅くはありません」


「君たちは、あくまで陽動に専念して、主導権は常にぼくが持ち続ける、ということかな?」


「――はい」


 シュゼットは力強く頷いた。

 ラクス平原での戦闘はこのままいけば、両軍酷く損傷する激戦になることは間違いない。

 俺たち勇者軍側は、ここで耐え忍べば・・・・・いいのだが、その耐え忍ぶことは全くもって容易ではない。

 それもガルファ城の攻略で一気に均衡が破れる。

 ラクス平原の後ろに位置するガルファ城をガルマが落とせば、勇者側としてはラクス平原にいる魔王軍を挟撃することができるからだ。


 俺たちの提案は、勇者軍におけるその主攻と終戦への手ほどきをガルマに全てコントロールしてもらう――つまりガルマにとっては、美味しいとこ取りってことだ。


「悪くないね。でもそうした場合、君たちは陽動という勝機の見えない耐え忍ぶ闘いばかりを強いられるばかりか、魔王軍へのとどめの一撃を刺すことも出来ない。損な役回りばかりになるじゃないか。となると、この作戦に加担するメリットはないんじゃないのかな?」


 鼻の穴を大きくさせながらにやり、小さく笑みを浮かべるガルマ。

 一応、建前上は俺たちを気遣っているのだろうが、やはり美味しいとこの全部取りを提案されると嬉しいんだろうな。


「勇者軍の勝利が私達の勝利にもなるのです。確実に、敵を刺せる方が良いのではないかと」


「そうか。いや、本来ならば主攻の城攻めは君たちの部隊に担ってもらって、城を落としたことを確認した後にぼくたち陽動部隊が中央突破する予定だったんだよね。でも、君たちが陽動を動かさず、場を膠着させてくれるならこちらの兵力の損失も限りなく減らすことが出来る。挟撃の作戦もなかなか光るモノがある。助かるよ」


「――光栄です」


「それならば、君たちの方にもう少し戦力をあげてみてもいい。魔物も消えて手薄になったガルファ城ならば、少数精鋭の方が動きやすいからね。ここの部隊にはぼくの所の副官をつけてあげよう。有能な奴だ。上手く使えることが出来れば、中央への推薦も考えているんだ。頑張ってくれディアード諸君」


 掌を振って笑顔を浮かべるガルマ。

 

 前哨戦で既にガルファ城の護りにいる魔物は殲滅された。

 申し訳程度に配置された魔族を攻略するのは簡単だ、とでも言わんばかりの自信だ。

 問題は、そのガルファ城に到着したサキュバスのフラン師団長の攻略なのだが――。


 ガルマはその後、俺たちに2人の副官を紹介した。

 その2人がいれば、最悪の事態は避けられると踏んだのだろう。

 大まかな作戦会議後、冒険者の散らばるギルド『ガードナー』にてシュゼットが俺の肩をポンと叩いた。

 第二次魔王軍大規模攻勢まであと1週間の猶予しかない。


 だが――ここまでは、俺の・・予定通りだ。

 ゴルド村を巻き込まずに、この大戦において両軍双方が多大な損失を出さない、たった一つの方法が俺にはある。


「……ってわけで……久しぶりだな、ここに来るのは」


 ガードナーを一足抜けて、俺はやってきた。


 俺の目の前には、巨大な建築物。

 紫色の空と、腐った土、禍々しいまでの魔法力が混在するこの場所に足を踏み入れたのは、いつぶりだっただろうか。


 ――魔王軍領ガルファ城。


 オーデルナイツ最前線の魔王軍領に、俺は今、帰ってきていたのだった。

 

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