第23話 作戦会議、始まります!

 ギルド『クラウディア』の朝に、いつものようなアットホームな雰囲気はなかった。

 どこかぴりぴりしたような雰囲気を全員が感じていたからだ。


「アナスタシア、そろそろ時間です」


 手首につけた銀時計を一瞥して、シュゼットは呟いた。

 シュゼットのその言葉に、ルイスも覚悟を決めたようにプッと、骨付き肉の骨を吐き出した。


「……グズグズしてても始まんねぇ。行くしかないだろ」


 ナーシャの肩をぽんと軽く叩いてルイスは励ました。


「ナーシャ、本当にいいのか?」


 ここ最近のナーシャは、明らかに普段の様子とは違う。

 俺は、彼女の笑顔を見ていたいんだ。

 そのためならば、何だってやりたいと心に誓っている。

 行き倒れていたこんな俺を躊躇なく救ってくれた、あの彼女の笑顔を――。


「……大丈夫です。どんな形であれ、皆さんが着いてきてくれると言ってくださったことが、とても嬉しかったんですから」


 無理に笑顔を作らなくてもいいんだよ、と。そう言いたかった。

 それほどに、彼女の笑顔は作られている。


 見るに見かねたダリアさんは引き出しの中から大きな小包を出した。


が置いていった金貨500枚にはまだ手をつけていないからね。あんた達のやりたいように、やってきな。ここのことは心配いらない。こんな金なくったって、ウチはまだまだやっていけるんだからね」


 通常、任務の依頼を受けるときはその3割ほどは所属ギルドが仲介料として回収していく習わしがある。

 ガルマにより渡された500枚は、まだダリアさんの手の下にある。

 依頼をする時点でその3割はもうこのギルドのものだ。

 それでも、ダリアさんは一銭たりとも手をつけていないという。


「……はい。ありがとうございます、ダリアさん」


 重い腰を上げるように、ナーシャは立ち上がる。

 向かう先は、ガルマの待つギルド『ガードナー』。

 いよいよ、本格的に第2次魔王軍大規模攻勢についての話し合いが行われる。

 その通達が来たのは、昨日の深夜だ。


「皆さん、行きましょう」


 ナーシャは自らを奮い立たせるように拳をぐっと握った。


「おう!」


「……はい」


「あぁ」


 俺たちはそれぞれ、気持ちを整えた。

 ギルド『クラウディア』の扉を開けると、そこには雲一つ無い空が広がっていた。


○○○


 俺はこれでギルド『ガードナー』に入るのは2回目だが、どうやら3人はこれが初めてのようだった。

 人だかりに包まれた高い天井に驚く3人の様子は、少し不思議そうだった。

 その中央テーブルの周りに人だかりが形成されていた。

 人混みの中を掻き分けて、その男はやってきた。


「待ってたよ、『ディアード』。総大将として、君たちを歓迎しよう」


 勇者、ガルマ・ディオール。

 取り巻きにはクシオール王国の紋章を象った鎧を着ている者がひれ伏していた。


「改めまして。『ディアード』リーダーのアナスタシア・フランツィスカ・フォン・ミュラーです」


 凜とした態度で、あくまで勇者と対等に立つナーシャ。


「……じゃあ、早速始めようか」


 ガルマの一言で、場の空気は一気に緊張感を高まらせた。

 彼らが集まっていた机の上に差し出されたのは、ここ一帯の地図だ。

 以前はキャロル達と共に見ていたな。

 今頃あのパーティー『シャッツ』はどうしているだろうか。


「今回の第二次大規模攻勢における主戦場は、大まかには以前とは変わることはないだろう」


 ガルマが指さしたのは、ゴルド村の東にあるラクス平原。

 ガルファ城に続く至近距離の平原は、以前の戦争の主戦場となった場所で、爪痕が未だに残っている。


「以前はお互いの素の力量をぶつけ合っていた。が、今回はここに別部隊を一つ編成したいんだ」


「……別部隊、ですか」


 ナーシャが困惑の声を上げるも、ガルマは続ける。


「少し前に、今回の大規模攻勢に向けた前哨戦が行われた。成功の報は入っているから、攻城対象のガルファ城の周辺の魔物は殲滅されたと考えてもいい――だが」


 ガルマは指をラクス平原に向けながら、その北西に位置するガルファ城の周辺地域をぐるりと一周させた。


「つい数日前から『ガードナー』所属の冒険者パーティー『シャッツ』の行方も分からなくなっている。聞くところによると、中背中肉の男と幼女のペアを前哨戦に誘ってその後消息を絶ったらしい。おおかた、前哨戦に向かう際に返り討ちに遭ったか、声を掛けたその男女ペアが密偵・・だった可能性か……」


 腕を組んで言葉を紡ぐガルマに、周りがざわついた。

 だが、俺だけは首筋にひやりと冷や汗を流してしまっていた。


 ……中背中肉の男と幼女って、俺とキャロルじゃないか……!


「何も不思議なことでもないだろう。このオーデルナイツは勇者領と魔王領の境界線上に位置しているんだ。魔王軍側がこちらに密偵を放っていてもおかしくはない」


 その言葉に不思議を覚えたのはルイスだ。


「ゆ、勇者側が魔王軍側へ密偵を送るってのは聞いたことがないんだが……」


 その問いに、苦渋に満ちた表情でガルマは続ける。


「魔族はその体質から、天敵であるぼく達『光』を纏った魔法力の持ち主をを見抜く事が出来る。ぼく達人類にそんな特殊な能力は無い。勇者側が魔王軍側へと密偵を送ったら高確率で見抜かれるんだよ。ぼくらは人間・・。彼らは魔族・・という、決して相容れない存在同士なのだからね」


 ……確かに、俺もシュゼットの光魔法による砲弾には心底打ち震えた記憶はある。

 俺たち魔族は基本的に『闇』の魔法を使う。

 そんな俺たちにとって『光』の魔法力は天敵以外の何もでもない。

 触れれば身体の組織ごと破壊されてしまうことも珍しくないからだ。

 だから、誤射によってシュゼットが俺の身体を掠めてしまえば俺は文字通り部分的に消滅してしまう。

 だから怖かったんだよね! あのシュゼットの乱れ打ちで本当に死を覚悟したよね!


「まぁ、聞き込みしてるとレイプまがいのことを繰り返して免許停止に追い込まれかけていた『シャッツ』のことだ。どこかで魔王軍に捕まりでもしていたら拷問でもされて、こちら側の計画をぽんぽんと話して漏れている可能性も否定できない」


 ……こいつの洞察力は、恐ろしいな……。


 流石は勇者、と言うべきなのだろうか。


「密偵は放てないが、魔王軍の動向くらいは把握出来る。ガルファ城にいる魔物は殲滅されたが、代わりに本城からは師団長クラスの人材が動いていると聞く。本来ならば極秘に行うであろうそれを大胆に遂行しているのは恐らく、こちら側への牽制のつもりだろう」


 その言葉に、皆が唾をごくりと飲み込んだ。

 師団長となれば、『シャッツ』の拷問役も務めたというサキュバスのフラン師団長だろう。

 確かに、魔王城に在中するはずの師団長が最前線まで降りてくることは、極めて稀だ。

 魔王軍側も、本気で対策に動き始めたのだろう。


「――以前のような単なる力と力のぶつけ合いじゃない。いかに互いを出し抜くか。いかに戦場をコントロールするか。ともなると、仮の主戦場・・・・・はラクス平原になる」


 仮の主戦場、その言葉を聞いたナーシャの表情が曇る。

 ガルマはガルファ城から指を南東に滑らせていく。


「ラクス平原を主戦場とする……ように見せかけて」


 ガルマが指をとめたそこは、広大な田畑と家々が立ち並んでいた。


「――今回の真の主戦場は、ドルゴ村だ」


 冷徹な言葉が、俺たちの心をいとも容易く打ち抜いていった――。

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