第22話 しぶしぶですが、引き受けます!

  じゃらりと大量の金貨が受付に散らばっていく。

 数にして、おおよそ100枚はくだらない数だ。

 これだけの金貨量があれば、任務を受けることなく数ヶ月間暮らせるだろう。


「ここに金貨500枚を用意させてもらった。報酬額としては悪い方では無いと思う。どうだ、『ディアード』諸君。ぼくの頼みを聞いてはくれないだろうか」


 ダリアさんが受付前で驚愕のあまり腰を抜かしているのが分かる。

 そりゃそうだ。本来なら『ガードナー』に行って当然の、最前線の英雄が『クラウディア』にいるのだから。

 俺やナーシャ、ルイスもシュゼットも、みんな驚きは隠せない。


「え、えっと……わ、わたし達はパーティーの方針としてあまり、魔王軍への侵攻任務には携わらないようにしているんです」


 申し訳なさそうにナーシャは言う。


「あぁ、知ってるとも。だから・・・こうして・・・・積んでるんだ・・・・・・


 有無を言わせない態度で詰め寄ってくるガルマ。

 優しげな笑みから隠しきれていないその狂気に、俺は心底打ち震えていた。


「冒険者パーティー『ディアード』。肉弾戦を得意とするエルフ族ルイス、後方支援の精密射撃を持つシュゼット、パーティー随一の回復能力を持つ回復術師アナスタシア。最近、新しいメンバーも加わっているけども魔王軍討伐方面に進出することはなく、ポイントも稼げないためにEランクパーティーに止まっているってのが現状のようだ」


 後ろの白髪老年の男性が手渡した紙を見て言う。


「昼に君たちを見たときに思ったんだよ。君たちに何らかのトラブル・・・・・・・・が生じただけで本来の持ち味を十全には出していなかったようだしね」


 その言葉に、皆がシュゼットを凝視した。


「わ、悪かったと思います……! と、とにかく!」


 気を取り直すかのようにシュゼットはその金貨を見て告げる。


「これは受け取るわけにはいきません。いくら勇者様のおっしゃることとはいえ、国家指定の任務でもありません。このような裏金じみたものを受け取るのは、冒険者規範にも違反してしまいます」


「……あぁ、そう」


 つまらなさそうにガルマは頭をぽりぽりと搔いた。

 代表して言ってくれたシュゼットに、俺たちの中で異を示す者はいなかった。

 だが、それを見越すかのようにガルマは笑う。


「いやぁ、いいんだよ。本来金貨の山こんなものは渡さなくても。君たちは、国家指定任務を本来ならば遂行出来なかったじゃないか。契約上、成功した体にはなっているだろうけどね?」


 そう言って、ガルマは後ろを振り向いた。


「後ろには、ぼくが駆けつけたという証人がたくさんいるんだよ」


 ――それは、まさに脅しという他ないものであった。


 昼の任務は、実質失敗に終わっている――が、結果だけ見れば盗賊団は全て捕縛。国の使者にも渡したことでクラウディアの株も多少上がることになるだろう。

 だが、そこに中央の勇者様・・・・・・の助太刀があったということは報告されていない。

 それはひとえに、彼らが去り際に自分たちの介入に対する口止めを行っていたからだ。


「……き、きったねぇなぁ……!」


 思わずルイスが毒づいた。

 ここで俺たちが、ガルマの要求を飲まなかった場合は、中央ギルドに勇者介入の件を告げるのであろう。

 そうすれば、ただ失敗するよりもクラウディアの株は暴落してしまうに違いない。


 要するに、この金は彼なりの善意という名の脅迫だ。

 

 ――いつでも俺たちを潰せる、という脅し付きの……な。


 ギリギリと拳を強く握りしめるルイスと、冷や汗を頬に流すシュゼット。

 どちらに転んでもそれは修羅の道だ。なかなか簡単に判断できるような代物でもないぞ――!


 俺たち3人が固まっていた、その瞬間だった。


「――承知しました」


 意外にも声を上げたのは、ナーシャだった。

 凜とした表情を少しも崩さずに前へと出たナーシャは、臆することなくガルマの前に立つ。


「お、おぉ……! 我が軍の力になってくれるのは、非常に頼もしい。君たち『ディアード』の奮迅には大きく期待させてもらおう。正義の名の下に、今度こそ魔王軍を討ち滅ぼそう」


 手を出して、ナーシャに握手を求めるガルマ。

 ナーシャは翡翠のロングストレートを揺らめかせて、真っ直ぐな瞳でガルマを見る。


「一つ、お聞きしても良いですか?」


「あぁ。何でもどうぞ」


「あなた方にとって、正義・・とはなんですか?」


 ナーシャのその言葉に、俺たち3人はつい顔を見合わせる。

 ガルマは、不思議そうに呟いた。


「魔王軍を、殲滅すること以外にあるのかい?」


「……そうですか」


 くるり、身体を反転させてこちらに笑顔を向けるナーシャ。


「……と、いうことです。皆さんには申し訳ないのですがこの任務、ご一緒に受けて頂くことは出来ませんか?」


 いつになく柔らかい笑みを崩さないナーシャに疑問を抱きつつも――。


「あ、あぁ……。アタシは別に構わねぇが……」


「私もです。リーダーの判断に従いますよ」


「俺も特に異論はない。従うよ」


 そう、告げる。


「うん、ありがとう。じゃぁ着手金としてここの金貨500枚は君たちの好きなように使ってくれて構わないから……詳細はまた、後日にでも」


 後ろの隊列を掻き分けるようにしてクラウディアの扉を開けたガルマ。

 立ち去っていく勇者の姿を見たナーシャは、「一つ、言い忘れていましたが」とふいに語る。


「わたし達は、わたし達の正義の下で行動させて頂きます」


「……? まぁ、いいだろう。悪魔軍を殲滅する事以外に正義があるとは、思わないけどね」


 クラウディアの扉が閉まると同時に、受付上の大量の金貨がじゃらりと揺れたのだった。

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