第21話 シュゼット、祈ります!

「え、エリクさん……本当に、離さないでくださいね?」


「……分かってる」


「本当の本当の本当に、離さないでくださいね?」


「……少なくともそれ、銃向けながら言うことじゃないよね!?」


 オーデルナイツ郊外を歩くのは俺とシュゼット。

 辺りに街灯はなく、見渡す限りに暗闇が広がっている。

 

 暗闇を極端に嫌うシュゼットは、俺の右手をがっちり両手で掴みながら背丈ほどもある巨大白銀銃をいつでもは発砲できる仕様にしていた。


 本来、女の子が手を握ってくれるなんてのは嬉しいイベントでしかないのだが、両手でがっちり力の限り握られて逃げ場を無くした上でたまに銃口が突きつけられているなんて恐怖以外のなにものでもない。


 シュゼットが周りをびくびくと見る度に動く銃口。

 少しでも物音がすると「ぷすっ」と不発弾のように銃口から煙が出ている。

 

 魔法力の暴発もいつ起こってもおかしくないほどの容量を抱えた歩く無差別爆撃兵器を、俺は頑張ってたしなめているという最中である。


「今まで夜はどうやって生活してたんだよ……」


 俺が問うと、彼女は涙目ながらも少しずつ応える。


「夜はなるべく、クラウディアからは出ないようにしていました……。任務で夜を明かすときは、いつもアナスタシアやルイスが側にいてくれたので……」


「な、なるほどなぁ……」


 ぷすぷすと煙をあげる銃口を見つめて彼女の話を聞く俺。

 ふとシュゼットの、袖を掴む力が強まった。


「……ここか」


 目の前に佇むのは、小さな教会だ。

 ひっそりと、だがしかし存在感を微かに醸し出すその建物の十字架が、月夜に反射してきらりと輝いた。


 俺は、神への信仰心なんて崇高なものは持ち合わせていないのでその神聖さは分からないが、隣にいるシュゼットが先ほどまでの恐怖を忘れて一心に見つめるほどには、大切なものらしい。


 砂利で丁寧に舗装された道を歩いて、重々しい扉を開く。

 ドーム型の天井とステンドガラスが月の光で中央に敷かれた紅い身廊を明るく照らす。左右には埃一つ無い長椅子が並べられている。

 身廊をゆっくりと歩き、祭壇の前で膝を着くシュゼット。



 彼女は目を閉じそっと歌を口ずさみ始める。

 月の光が祭壇の前のシュゼットを優しく包み込む。

 その姿は、さながら現世に顕現した女神――とさえも思えるほどに。

 シュゼットの歌が教会内部に響き渡る。

 優しくて、真っ直ぐで、いつまでも聞いていたいような歌声だった。



 頬を伝う涙に、彼女が何を思ったのか――それは俺にも分からない。

 教会の後方の長椅子に腰を下ろしていた俺の元にゆっくりとやってきたシュゼット。


「もういいのか?」


「はい。ここまで着いてきて下さって、本当にありがとうございます」


 その表情からは、先ほどのような暗い表情はない。

 どこか晴れやかにも見える。


「今回は、私の失態で大きなご迷惑をおかけしました。次の任務でこの失態は必ず取り返します」


 赤縁の眼鏡をクイと持ち上げて、いつものシュゼットが帰ってくる。


「……期待してるよ。それにしても、何に祈ってたんだ?」


「何を当たり前のことを。シュヴァ神ですよ」


 そう告げるシュゼット。

 魔王軍にとっての絶対神は、その名の通り魔王軍である。

 そんな俺たちが魔王様と直接お会いすることが出来ないことから、朝礼の際には必ず魔王様の像を拝まなければならないこともあったからな。

 何もない場所に向かって何かを拝むと言うことには少し違和感がある。


「神は可視化してはならないんですよ。偶像崇拝は、あくまで人が作ったものです。神は、汚れなきとしての概念として信仰するのがシュヴァ神教わたしたちなんです」


「……そんなもんか」


「はい。何なら、一度週末礼拝に来てみてはいかがでしょうか? きっとシュヴァ神のお導きが、エリクさんにもあると思いますよ!」


「俺は遠慮しておくよ。あんまり神への信仰とか興味ないんでね」


 そんなくだらない話をしながらオーデルナイツへ帰還していた、ちょうどその時。


 ――王都はお祭り騒ぎに包まれ始めていた。


○○○


 いつもは静かな夜の街も、至る所で光魔法が輝き街道を照らされている。

 普段ならば宿舎に帰って一休みをしているはずの冒険者たちがこぞって道端に集結していた。


「いったい何の騒ぎだよこれは」


 ギルド『クラウディア』の一階に戻った俺とシュゼット。

 ルイスがつまらなさそうに骨付き肉にしゃぶりついた。


「あれだよ、昼に中央の勇者様・・・・・・が来ただろう。その一団がオーデルナイツに到着したんだとさ」


「ガルマ・ディオールさんの人気も天井知らずですねぇ。オーデルナイツもしばらく落ち着かなさそうです」


 苦笑いを浮かべながら、ナーシャは机の上を台拭きでならしていった。


「っつってもアタシ達にはてんで関係ないだろ。魔王軍討伐なら『ガードナー』だろうし。ナーシャ、明日の任務って何か入ってっか?」


「明日は……そうですねぇ。ここから少し離れたカルファ村にて、『初めておつかいする双子を遠くから見守ってて欲しい。何か危険が近付いたらそれをバレないように対処して無事を見届けて欲しい』というものが入ってます」


「……何なんだその可愛い任務は! 腕がなるぜ!」


「腕がなるようなことがないのが一番なんですけどね」


 明日の任務内容も皆で確認した。


 街の喧騒はますます騒がしくなるばかりだが、それはしばらくは続く。

 気にしていても仕方がない。


 それぞれが、部屋に戻ろうと階段を踏んだ、その時だった。


「失礼するよ、ギルド『クラウディア』さん」


「……へぁ!?」


 突如入ってきたその一人に、受付のダリアさんが素っ頓狂な声を上げる。


『――っ!?』


 俺たち四人も、余りの驚きに声も出せない状況だ。


 いや、そりゃそうだろう……!


 何で、なんでこんな所に――!?


 黄金に光るマントを翻して、ツカツカとクラウディアに入ってくる優男。


 俺たちを見て爽やかに手を振ったそいつは、後方の黄色い声を一つも意に介せずに大声を上げた。


「お昼振りだね、『ディアード』諸君! 今日は折り入って君たちに頼みたいことがあるんだ」


 そう言って男――ガルマ・ディオールは後ろの白髪男性を呼び寄せた。

 じゃらりと音を鳴らした大きな袋を、無造作に受付に置いたガルマは再び笑顔を浮かべる。


「金ならいくらでもある。君たち『ディアード』には、ぼくが総大将を務める第二次魔王軍大規模攻勢における副大将部隊を担って欲しいんだ」


 ――俺たち『ディアード』は、しばらく言葉が出なかった……。

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