第20話 勇者様、大活躍です!

「無事で何よりだ。怪我はないかな?」


 そう言いながら煌びやかなマントを翻した優男は、倒れるシュゼットの手をとった。


「あ、ありがとう……ございます……」


 勇者の手を握り返したシュゼットはほんのりと頬を染めた。


「シュゼット! 無事か!?」


 敵を殲滅したらしいルイスが急いでこちらに駆け寄ってくる。

 ナーシャは賊を何人か縛り上げて柱にくくりつけた。


 対して、こちら側の賊の頭領らしき男達は、優男から少し遅れて入ってきた者達に取り押さえられているようだった。


 皆、統一した金属鎧を身に纏いクシオール王国の紋章旗を掲げている。


「うん、主立った怪我もないようで良かったよ。ここのパーティーに治癒魔術師はいるかな?」


 辺りを見回す優男に対して、ナーシャが「は、はい! 私です!」と挙手する。


「うん、この男の人はどうやら魔法力の消費も激しいようだ。魔法力的な回復は出来ないけど、肉体的な疲労は取り除けるだろう?」


「は、はい……! すみません……!」


 ふと、ナーシャが俺に駆け寄ってくる。

 この前のような温かい緑色の光によって、俺の疲れがみるみる内に取れていくのが分かる。


 その様子をじっと見ていた男は、俺が立ち上がったのと同時に大きく頷いた。


「自己紹介が遅れたね。ぼくはクシオール王国の専属勇者、ガルマ・ディオールだ」


「ガルマ……ディオール……!」


 その言葉を聞いて、俺たちは皆絶句するしかなかった。


 冒険者という職業を経て、様々な経験値と力を兼ね備えた冒険者の頂点に与えられる称号――それが、勇者だ。

 いわば、冒険者にとって「勇者」は皆の最終目標であり、絶対的な存在でもあるのだ。

 そこからクシオール王国と専属契約を結べば、ありとあらゆる未知の世界への進出も認められる。


 その中でもガルマ・ディオールと言えば「オーデルナイツの英雄」とも称される男だった。

 第一次魔王軍大規模攻勢の際には、魔物・魔族が跳梁跋扈する軍の中に単独で入り込み、そこに活路を見いだした。

 更に、少しでも情勢が悪くなれば兵力の消失を最小限にとどめるために自ら殿を率いて、誰一人の死者を出すこともなく退却を成功させた。


 特別な才能があるわけでもない、特別な力があるわけでもない。

 ただ今までの豊富すぎる経験と、培ってきた力を純粋に奮われたのだ。


「って、そういえば君、どこかで見たことが……あったっけ……?」


 ふとこちらを覗き込んでくる勇者、ガルマ。


「……き、気のせいじゃないですかね……?」


 ――俺ははっきりと覚えている。


 ガルロック先輩の元で勇者軍の追撃を開始したときに、魔王軍の兵士を休み無く根こそぎ屠っていったこいつの力を……。

 当時雑兵で後方支援だった俺達の隊にまで単独で入り込んだのはこのガルマ。でも、何とか一発食らわせようとした。だがその頃はまだ俺の中の破壊魔法も完成していなくて、不発に終わった上に――。


『魔法っていうのは、こうやって使うんだよ』


 ――そう言って、魔族にとっては天敵である光魔法を、濃縮させて放出させて見せた。

 結果、その光魔法によってこちら側の魔物で作られた一個師団が壊滅した……。


 あれを食らえば、存在そのものを消失させられる。

 本気で「死」を覚悟した瞬間だったな……。


「まぁいっか。そういえば君たち、オーデルナイツってこっちであってたよね?」


 そう言って、オーデルナイツの方向を指さす勇者ガルマ。


「は、はい……。あってます」


 ナーシャが短く頷くと、ガルマはにこりと笑みを浮かべた。


「ありがとう。いやー3年ぶりに来るとなると本当にあってるかどうか分からなくなるんだよねー。あははは」


 快活に笑うその表情。だが、その目線はオーデルナイツの遙か先――魔王軍領を見据えているような感じだ。

 ルイスが言う。


「第二次大規模攻勢は、あながち嘘じゃねぇみたいだな」


「おお、やっぱり噂にはなってたんだね。第一次の時はあまり内部に入り込めなかったからね。今度はあの時よりも力はついた。今度こそ、魔王軍の総本山に攻め入れたら良いねぇ。君たちは参加しないの?」


「わ、わたし達は……あまり、魔王軍との攻防には参加せずに近隣の皆さんの力になれるような冒険者を志しているので――」


「へぇ。いいね、ここ最近は皆がみんな魔王軍との戦闘を志しているから、そういった冒険者がいるのはぼくとしても嬉しいよ。『民と共に歩む』ことこそが、冒険者だからね」


「――は、はいっ!」


 ……意外と物わかりがいいな……。

 入ってから知ったことだが、やはり最前線の冒険者にとって、魔王軍との戦闘は冒険者にとって目指して当たり前という節がある。

 近隣住民の助けなどをしている俺たちは『何でも屋』と揶揄されることも多い。


「いやほら、君たちが直してくれるからぼくたちも安心して犠牲を作れるんだからね」


 後ろを向いてぼそりと呟いたその言葉。俺以外の皆は聞き取れていないようだった。


○○○


「シュゼットさーん……出てきて下さーい。ご飯ですよー?」


 コンコンとクラウディア二階の宿舎扉を叩くナーシャ。

 その後ろで様子を見守るのは、俺とルイスだ。


「……あいつ、意外と神経質なとこあるからな。今回の件で結構凹んだんだろ」


「シュゼットが暗闇嫌いなの、知らなかったのか……?」


「いやまぁ確かに、夜は完全な真っ暗だと寝られないからって自分の周りだけ光魔法作ったりしてるし、地下行路も極端に嫌がってたし、アンデッド討伐系や幽霊系の依頼は頑として受け付けてなかったのは確かだが――」


「バッチリ嫌ってんじゃねーか」


「ま、こういうこともあるってこった」


「おかげさまで死にかけたぞおい……」


 何だろう。魔王軍にいたときとそう変わらないこの気苦労感……。

 いや、まぁあの時より遙かに精神衛生上は楽だけども――。


『……教会に行きたいです。シュヴァ神に今日の失態と、今後について報告しなければ、私はもう――』


「教会……ですか。でも、今はもう夜ですし、外は暗いですからまた、明日でも……」


『――ひぐっ……ふぇえ……』


 くぐもった涙声が扉の奥から聞こえる。

 ……そうか、こんな暗いと教会に行くのもそれはそれで怖いのか……。


「困ったな……アタシはこれからおばちゃんに筋肉狼の標本作りあるし……」


「わたしも、ドルゴ村でのお仕事が少しだけ残ってますし……」


 そんな二人が、ふと俺の方を見る。


 ――え、マジで……?


『――うぅ……もう、お嫁にいけません……』


 扉の奥で嘆きの声を上げるシュゼットを、俺は苦笑いで聞き届けるしか出来なかった――。

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