第19話 勇者様、降臨です!
ガラガラと音を立てて石天井が崩れていく。
その崩壊音を、合図と勘違いしたウチの
もはや世紀末だ。
盗賊団の捕縛とか、そんな場合じゃない。
古びている分、崩壊の速度も遙かに速い。
一カ所ヒビが出来ると瞬く間にそれは全体に広がっていく。
一カ所瓦解すれば、伝播的に天井全体の崩落が始まる。
「おい、シュゼット! 起きろ……おい!」
「ふ……ふへへへ……」
倒れかかってきたシュゼットの頬をペシペシと叩いてみるも、反応はない。
目を回して気絶した少女を背負って俺は舌打ちをした。
「あぁ! くそっ……!
まさかこんなくだらない事で魔法力を浪費するとは思ってなかったぞ、シュゼット……ッ!
籠絡する石天井を防ぐべく、俺は自身の頭上に盾を作り出した。
対ガルロック戦の際には弾丸として作り出したそれだが、魔法力を持続的に注ぎ続ければこうして絶対に近寄れない盾にもなる。
作り出した破壊魔法の盾に石天井が衝突すると、まるで質量を失ったかのように消えていく。
俺たちの元に瓦礫がぶつからなくなっているものの、それだけで今は手一杯だった。
今のところは盗賊団の姿も見られない。
返り討ちにするならば絶好のタイミングだろう――。
――そう思っていた瞬間、暗闇の中に光を視認した。
「――っおぉ!?」
咄嗟の判断で足を止めると、暗闇の中からは舌打ちのような音が聞こえてくる。
盗賊団の一味と見て間違いないだろう。
とはいえ、今俺から出来ることは何もない。
流石に石天井の崩落を
加えて気絶気味のシュゼットを背負っていて両手も塞がっている。
いわゆる、八方塞がりってやつだ。
「どこのどいつか知らんがよくもまぁこれだけウチを好き方題してくれたなぁ……えぇ……!?」
闇の中から現れたのは一人の男。
スキンヘッドに黒の眼帯。ボロボロの服を羽織ったガタイのいい男は明らかにキレながら後方から腕を振り下ろした。
「お前等ッ! あのクソ野郎共を生きて返すなァァァァァ!!」
『――応ッッ!!』
ククリ刀、弓矢、両刃直剣、モーニングスター、メイスなど様々な遠距離&近距離&打撃武器を手に持った賊が次々に暗闇から姿を表す。
こいつら、天井の崩落位置が分かってるとでも言うように身軽に避けてこちらとの距離を詰めてきやがる……!
いつ崩落してもおかしくないようにあらかたの崩落位置くらいは把握してるって事なのか!?
シュゼットは未だに目を覚ます兆しはない。
ぐったりとしたまま俺に背負われているだけだ。
ルイスならまだしも、シュゼットがこんなことになるとか予想できるかよ……!
この調子ならば魔法力量の限度まではおおよそ1分。
蒼い空が見え隠れし始める中で、前方には微かにルイスの姿が見えた。
今の場所から城の出口付近のルイスの元までも全力疾走でおおよそ1分はかかるだろう。
敵を引き連れて逃げ帰るなんて、魔王軍では自害しても償えない程の大恥だ……!!
どうやらあちらも戦闘の真っ只中のようだった。
近くには早速彼女らが捕縛したのであろう数人の盗賊がナーシャによって、縄で縛られている。
もはや戦略もクソもなくなったこの国家指定任務。
俺は後方のシュゼットにも傷を負わせないために小さめの
二重魔法障壁を精製したのは後にも先にもこれが初めてだ。
思いの外、疲労速度もはやい。
「う……うぅ……っ……」
「シュゼットか! 気がついたか!?」
「わ……私は、一体、何を……?」
規則正しいシュゼットの吐息が耳にかかる。
恐らく、空が見えるようになったことで安心したのだろうか。
状況が分からないシュゼットはきょろきょろと辺りを見回して途端に「ふぇぇ……っ!」と羞恥に満ちた声を出した。
「え、エリクさん、すみません! すみません! もう下ろしていただいて大丈夫です……から!」
「そんなこと言ってる場合かよ!? ここで下ろすと
「いや、でも胸、胸が背中に……!」
「んなもんほとんど気がつかねぇからじっとしてろ!」
「……ほ、ほとんど気がつかない、ですか……」
ふと、首元にシュゼットの細い腕が絡みついた。
「私だって牛乳たくさん飲んだり毎日揉んだりしておっきくならないかなって頑張ってるんですよ! ルイスも、ナーシャも日に日におっきくなっていってるの見て羨ましいなんて思ってないんですからーーー!!」
「今そんなこと言ってる場合か!?」
意識は戻ったものの冷静さはどこかに置いてきてしまったシュゼットが俺の肩をぽんぽんと可愛く殴ってくる。
「あんな奴等に手こずってる場合じゃねぇだろうが! はやく仕留めて向こうの援護行ってこいクソ野郎共!」
――が、事態はやはりそんな悠長なものでもないようだ。
ふと気がつくと先ほどまで俺と盗賊団の間にあった距離はみるみる縮まっている。
シュゼットの巨大銃も今は顕現できないようだった。
……一か、八かっ!
俺はなけなしの魔法力を右手に集約させて後ろへと向けた。
「喰らい尽くせっ!
筋肉狼の片脚を丸ごと屠ったその凶悪な魔法を3匹放つ。
これで少しだけ足止めが出来れば――。
そんな淡い期待を抱いたのだが。
ドォォォォンッ!!
「……マジか……ッ!」
それは、運が悪かったとしか言いようがない出来事だった。
俺の射出した
魔法力で作っているとは言え、物体としてそこに存在している蛇はあえなく霧散したのだった。
渾身の魔法力を込めた破壊蛇の消失という精神的疲労と、魔法力枯渇とここまでの全力疾走による肉体的疲労が重なって、膝がガクリと崩れ落ちた。
「え、エリクさん!!」
上方、後方に設置した
前方のルイスの所に救援を請おうにも、それも届かない距離だ。
――万事休すか……!
なけなしの体力を振り絞ってシュゼットの前に滑り込む。
眼前に、盗賊団の一味のククリ刀が迫り来た――その時だった。
颯爽と俺の前に現れた黄金のマント。
煌びやかな装飾でありながらも機能性と防御性能に特化した鎧を着込んだ男が、剣を一薙ぎして盗賊をまとめて後ろに吹き飛ばした。
「……っと、何とか間に合ったか」
そう笑顔でこちらを振り向いた優男は、晴れ渡った青空をバックに白い歯を見せた。
「無事で何よりだ。怪我はないかな?」
金のマントが風に揺れる。
それでも凜とその場に立つ姿は、凜々しく、そしてとてつもない力の持ち主であることを俺の本能に知らせていた。
直感だけでも充分わかる。
こいつが、冒険者の更なる高みに辿り着いた勇者であるということを。
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