第25話 魔王軍に、戻ります!

 不気味な紫の色に染められた空。

 腐った大地を踏みしめると、ぐちゃりと気持ちの悪い音がする。

 そしてこの地には似使わないほどに禍々しいまでの魔法力が城の周りを覆っている。

 普段はこのような張り詰めた闇の魔法力は感じられないからか、城の正門を護る衛兵も一切気を抜けない様子だ。


「あ、エリクちゃ~ん、待ってたよ~!」


 そんな城の正門に現れた一人の幼女。

 深紅のロングストレートと、恐ろしいほどに白く華奢な身体でこちらにやってくる治癒吸血鬼リカバリーヴァンパイア様は、その右腕に一匹の蝙蝠こうもりを抱えていた。


「驚いたよ、いきなり速達蝙蝠飛ばしてくるんだもん」


「あぁ、悪かった。前に捕らえた『シャッツ』の連中はどうなった?」


「ちょうど、ガルファ城にフラン師団長が来てからは拷問続きだったみたい。呻き声と叫び声で、周りの衛兵が精神異常を来すほどには壮絶だったらしいよ」


「あ、相変わらずだな……」


「治癒吸血鬼って言っても、流石に精神治療は門外漢だからねぇ。ただでさえ『前哨戦』ってやつで兵力消失が激しいのに……フラン師団長ももう少し弁えて欲しいよ」


「そ、そうか……」


 サキュバス族のフラン師団長の拷問狂は、魔王軍内でもかなり有名な方だ。

 曰く、並の冒険者ならば闘わずして逃げ帰るほどの悪名高い『拷問姫』。

 ――が、物好きな男共はあえて突っ込むこともある。

 好き放題に精液を搾り取られた後に捨てられ、ケルベロスの群れの中に放られて肉を毟られる男の姿を何度も見てきた。

 その表情は、『やりきってやったぞ……!』と若干満足げなものをする奴も多いが、俺には全く理解が出来ないね。

 捕まれば二度と帰ってくることは出来ないし、単純な戦闘力でもそこらの一個師団程度ならば簡単に壊滅させられる実力を持つ。


 つまるところ、現在ガルファ城にはサキュバスにして『拷問姫』のフラン師団長、そして『治癒吸血鬼リカバリーヴァンパイア』の異名を持つキャロルと、勇者軍を迎え撃つにしては上々の布陣だ。


「『シャッツ』の連中、また3年前みたいな大規模攻勢を勇者側が掛けてくることは口を割った。中央から来る勇者のことも。ただ、末端過ぎて知らなかったみたい。そのへんは、むしろエリクちゃんの方が詳しいのかな?」


「ガルマ・ディオール。それが奴の名だ。俺も中央の勇者については悪いがそんなに情報は無い」


「あちゃ、よりによってガルマの勇者に当たっちゃったか……」


 ガルファ城の正門に二人して足を踏み入れながら、俺たちは会話を続ける。

 とはいえ、俺も中央の勇者に関する知識はほとんどない。

 勉強不足なのはもっともだが、かつての大戦からは激務続きだったし、侵入してくる冒険者部隊を虱潰しに撤退させていくだけだったからな。

 勇者のことなんて考えてる暇がなかったのが現実だ。


「ガルマ・ディオールは戦闘狂の面があるってのは、有名な話だよ」


 そう言ってキャロルは苦笑いを浮かべる。


「ほら、エリクちゃんだってあれ・・の魔法力を間近で見たでしょ? 前エリクちゃんが担当してた後方区域の部隊の元まで単騎突撃するほどの突破力は、侮れないよ」


 ……苦い記憶が再び頭の中に浮かび上がる。

 前回の二の舞にはなりたくないしな。


「でも、そっか……。エリクちゃんが来てくれたら、私たちもだいぶ助かるよ~」


 そう、キャロルは笑顔を浮かべた。


「ここからは私もあんまり入室出来ないからあとは頑張ってね、エリクちゃん」


 目的地まで俺を連れてきてくれたキャロルはスキップ交じりで俺に背を向けていく。

 ガルファ城の最奥。周辺土地を全て見渡せるほどの位置にぽつんと一つ佇むその部屋。

 そこからは、抑えきれない魔力の波動がひしひしと感じられた。


「――っ……」


 一つ、大きく深呼吸をする。

 お会いするのはそう久しぶりのことではないが、毎度毎度この瞬間が一番緊張してしまう。

 この奥にいるのは、師団長の椅子を掴んだお方だ。

 軍司令官、軍団長に次ぐ地位を異例の速さで駆けあがった鬼才の女。

 なるべく、会いたくはなかったんだけどなぁ……。

 それが――。


「エッリク~~~ッ! ひっさしぶりやね! あんた、おぉきゅうなったなぁ! 前見た時は若干やつれとったけど、今は元気そうじゃん! 良かった良かった!」


「ちょ、離れて! 離れてくださいフラン様!?」


「んぁぁ? なんで今さらあんたに様付けされないけんの? ほれ、フラン姉ちゃん言うてみ?」


「……フラン……姉ちゃん……」


「うっはぁぁぁぁぁやっぱかわぇぇなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 部屋へと入る以前に、奥から扉を勢いよく開けて出てきた彼女に、俺は成す術もなかった。

 わしゃわしゃと頭を撫でられ、豊満なおっぱいに頭を埋めさせられた俺。

 柔らかいマシュマロのような感覚と、ほんのり温かい……が、おっぱいが豊満すぎてまず息が出来なかった……!

 露出度の多い下着姿のままで俺の元にやってきたフラン師団長!

 今って、たしか執務中だったはずだが……下着で仕事ってありかよ……!?


「そんなじたばたせんでも……。久しぶりに姉ちゃんに会った言うのに、つまらんそう顔しとんね?」


 何とか俺に抱き着いていたホールド腕を離してフラン師団長は人差し指を唇に近づけた。


「話はキャロルちゃんから聞いたで。潜入捜査を取りやめて、緊急的に軍に戻るらしいねぇ」


「――っ! は、はい」


「……ほぉん」


 すると、フラン師団長は真面目な表情で俺を部屋の中に誘導してくれる。


「他人に聞かれちゃあんたもまずいやろ」


「あ、ありがとうございます……!」


 扉をぱたんと閉める。

 これから話すことは恐らく、勇者側のかなり深い情報までも網羅している。

 あまり、人に聞かれるのもまずいだろう。

 それを汲んでくださったフラン師団長には感謝しかない。


「ま、私とてそんな無粋な女やないよ」


 ……そう言って、フラン師団長は何故かブラジャーに手をかけた。


「ついに私を抱く気になったんやね、エリク……!」


 ……は?


「何素っ頓狂な顔しとんね。前言うたやんか。あんたが残業してるときに気分転換がてら抱いてみるか聞いてみたら、『その気になったらまた連絡しますよ……まだ作業残ってるんで、また、今度にでも……』て死に掛けの眼で。今がその時やないん?」


「あれ!? 俺その記憶全くないんですけど!」


「いやはや、私はずっとあんた狙っとったけんねぇ。 正直雑魚の遺伝子なら興味はないけど、将来の魔王筆頭候補の遺伝子なら話は別よ。ほら、ベッドは用意してあるで?」


「そういう問題じゃないですからね!? 落ち着きましょ!?」


「はぁぁ? じゃあいつ抱いてくれるん?」


「真顔で聞かないでくださいませんかね!?」


 ――これだから、フラン師団長に会うのは嫌なんだ……!!

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