第13話 勇者様との、共闘です!

 ギルド『ガードナー』の中にある簡易休憩所に腰を下ろすのは俺とキャロル。

 魔王軍から本当の・・・潜入任務を命じられた大隊長は入念に辺りを見回していた。

「っつーか、新設ギルドに来たのは初めてだが勇者側のお偉いさんは本気で魔王軍を潰しに掛かってんだな」


「うーん……エリクちゃんもそうだけど、魔王軍全体がかなりの負担を強いられちゃってる状況なんだよね。特にエリクちゃんは一番酷かったけど、大隊長みたいな中間管理職は酷使されがちだよ」


「……やっぱ俺、そんなに酷かったのか?」


「周りの大隊長達が裏で密かに『エリクのようにだけはなるな!』って噂を回すくらいにはね」


「マジかよ俺、引くわ」


「おうち帰ってるところ誰も見たことがなかったし、夜な夜な『がんばる~♪ ぼくはがんばれる~♪ だってぼくだもの~♪ ぼくだもの~♪』って自作の歌を絶えず100日間口ずさみながら鉛筆を走らせるお化けがいるって、有名だったんだよ? だから夜の事務室には誰も入れなかったんだって」


 ……あ、それ俺か。

 自作の歌を口ずさむなんて、全く覚えがないぞ……!?

 確かに夜事務室に誰も入ってこないなとは思っていたが、まさかそんな裏話があったなんて……。

 自作の歌を口ずさむという暴挙を無意識に行っていたらしい衝撃事実を聞かされつつも、キャロルは続ける。


「だから、私も納得してるんだけどね。エリクちゃんを潜入捜査に出すことで、壊れかけたエリクちゃんを助けようっていう上のちょっとした計らいだったんじゃないかな? まぁ、エリクちゃんの穴がおっきすぎて今度はガルロック先輩がそれを18連勤で補っているんだけど」


 ……まさに負の連鎖ってやつだな……。


 魔王軍の内情が酷いことは知っていたが、当時はそこまで考える余裕はなかった。

 だが、改めて状況を鑑みてみると確かに勇者側の攻勢は異常だろう。

 ここ1000年均衡してきた魔王軍と勇者の関係を一気にぶち壊しに来ているのは間違いない。


 お互いがお互い、微妙な犠牲を出しつつも食いっぱぐれることのないように、そして軍内の統率を取るのにある程度の紛争は必要だ。それに、その状況に両者が成り立っていて薄氷の上を歩いている状況だった、はずなのに――。


「勇者側がどれだけ攻勢を掛けてきても魔王軍の上層部は『追い返せ』の一点張りだし――相変わらず魔王様は何を考えてるのか、分からないねぇ」


 ちゅーちゅーと、先ほどギルドカウンターで購入したオレンジジュースを飲むキャロル。

 俺は、ずっと疑問に思っていたことを口に出す。


「……なぁ、キャロル」


「なぁに?」


「俺たちは今まで、何に忠誠を誓ってきたんだっけ?」


「何当たり前のこと言ってるの、エリクちゃん。とうとう本当におかしくなっちゃったの? そんなの、軍に入ってからずっと魔王様ただ1人だよ」


「そうだよな、魔王様だよな……」


 あの絶対的で、圧倒的な――俺たちの絶対神を見たのは、後にも先にも軍に入隊した時だった。

 魔王軍に入隊する者たちを一カ所に集めて、遙か高みの玉座から膨大量の恐ろしい魔力で威圧してきた。

 俺はあの魔法力に憧れた。とてつもなく濃縮された負のオーラに、触れるだけでも殺されてしまいそうな恐怖。

 鳥肌が立った。ゾクゾクした。そして将来、この人の隣で同じ景色を見たいと、そう思った。

 俺と同じ事を思っていた奴もかなり多いと思う。それだけ、俺たちにとって魔王様という存在は絶対的すぎるのだ。

 だからこそ――。


「何が言いたいのさエリクちゃーん」


 俺は、足をぶらぶら揺するキャロルに向かって真剣に言った。


「魔王様は、もう……いないんじゃないのか?」


 俺の告白に、キャロルは目を点にした。


「魔王様が……いない……か」


 キャロルはそう言いつつジュースを飲み干した。

 魔王様を絶対的な憧れとして敬愛しているキャロルの前で言うのははばかられるが、それでも言わないと行けないと思ったのだが――。

 キャロルは何事もなかったかのように笑みを浮かべる。


「今のは、聞かなかったことにしてあげるよ」


「……そうか」


 魔王軍に在籍していたときならば、一度も考えたことはなかったことだ。

 もし、もしも本当に魔王様なんてのが最初からいなかったのだとしたら、俺たちの今までの頑張りはどうなるのだろうか。

 魔王様に忠誠を誓っていた俺たちの心は、どこに向かえば良いのか分からないのだから。

 魔王軍を抜けた自覚のある俺だからこそ出てきた考えだったのかもしれない。


「やぁ、君たち、今暇してるかな?」


 そんな若干のお通夜モードを漂わせていた俺たちの元にやってきたのは3人組の男。

 爽やかで煌びやかな装飾の鎧の細身の男、筋肉質でこの中の誰よりも背の高い筋骨隆々とした男、そしてでっぷりと太った男。


「うーん、ガードナーの冒険者さん?」


 キャロルが怪訝そうな表情で問う。

 すると、細身の男は「そうだよ」と優しげな笑みを浮かべて首を縦に振った。


「これから、魔王軍討伐の連合軍を組むんだ。良かったら、一緒に参加しないか? 見たところ君たちからは相当強そうな風格が漂っているからね」


「……ふーん」


 興味なさそうにそっぽを向くキャロルに、苦笑いを浮かべながら細身の男は頭を下げる。


「申し遅れた。ぼくはギルド『ガードナー』の専属冒険者だ。ランクはB。これから始まる魔王軍一気攻勢に参加するぼくらの『シャッツ』に協力してくれないかな?」



 ――ランクBってことは、それなりに腕利きの冒険者なのだろう。

 魔王軍と何度も戦闘をし、それなりの成果を上げているパーティーであることは容易に推測できる。

 

「うん、いいよー」


 そんな彼らにキャロルは、簡単に頷いた。

 焦った俺は思わずキャロルに耳打ちする。


「って、そんないきなりいいのかよ……!?」


「いいでしょ。任務報告の量が増せば、それだけ軍にとってはいいことなんだし」


「いや、それはそうだけど――」


 キャロルは昔から人を信じすぎるたちがあるから、それが一番心配なんだけど……。


「オーケー、ありがとう。じゃぁ交渉成立ってことで、一緒に話し合っていこうじゃないか」


 そう笑顔で話しかけてきた細身の男が、妙に嬉しそうに思えた。

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