第12話 休暇の過ごし方、分かりません!

 朝が来る。

 ここはギルド『クオリディア』の宿舎2階。

 女性陣3名と同じ部屋になるのは何かとよろしくないだろうというダリアさんの計らいで、俺には別部屋が宛がわれた。

 少し前までは蜘蛛の巣が張り、埃まみれだった物置部屋。

 そこを掃除したら俺の好きなように使って良いとのことで1日かけて掃除した結果、なかなかどうしていい部屋になったのではないだろうか。

 日の出と共に朝日が窓から差し込んでくる。

 カーテンレールがゆらりと動き、そこからはひんやりとした朝風が部屋の中に広がっていった。


 四畳半の小さめの空間に、簡易的な木造ベッドが一つ。

 最低限の洋服と短刀、非常食を備えた質素な部屋だが、自身のパーソナルスペースがもらえたのは初めてだった。

 ……魔王軍の事務室では、寝ている途中に誰かが突然入ってきても文句言えなかったしな。

 誰も入ってこない部屋ってのはいいもんだ。


 窓を開けてクオリディアの外から街を見渡す。

 近年国家中央から来た新設ギルド『ガードナー』とやらも拝める。

 『クオリディア』の3倍はあるかというほどの巨大な建造物。厳かな雰囲気を醸し出して看板には大きくこの国――クシオール王国の紋章が刻まれている。


「さすが、国家直属のギルドってだけはあるな」


 人の入りも相当多い。

 こんな朝早くだってのに、重装備で身を固めた冒険者パーティーがぞろぞろとギルドの中に入っていく。


 ……97連勤目に追い返した勇者パーティーの姿も見えるな。あんまり深手は追わせてなかったはずだが、こんなに早く再起するとは思ってなかった……。となれば、もう少し攻め方を見直さないといけないのかな?


「って、なんで俺は魔王軍側に立ってモノを考えてんだよ……」


 つくづく魔王軍にいた頃の思考が全く抜けてなくて嫌になる。

 もう、いつ誰がどこで魔王軍領内に侵入したとしても俺には関係のない話なのにな。


 一度背伸びをして深呼吸をすると、コンコンと優しく扉をノックする音が聞こえてくる。


『エリクさん、ダリアさんが朝食を作って下さいましたよー』


 その優しく、天使のように包容力のある声の主はナーシャだ。


『うぉぉぉおおおおぉぉ飯だぁぁぁぁぁぁ!!』


『る、ルイス! あなたただでさえ馬鹿みたいな力してるんですから押さないで下さい!』


『あんた達朝から騒がしいねぇ……。もうちょっと静かになんないもんかね……』


 扉の向こうではいつものようにルイスとシュゼットの小競り合いが聞こえていた。


○○○


 今日と明日は休暇日だ。

 あまりに休暇日の経験がなさ過ぎるせいで『ディアード』に入ってから初めてのこの何もない1日を、何に時間を使えばいいのか分からないほどだ。


「なぁ、シュゼット」


「何でしょうか、エリクさん」


「お前休日って何してんの?」


 俺の問いに、シュゼットは小さく俯いた。

 赤縁眼鏡の掛かった銀髪がふわりと揺れると、天井を見上げて手を合わせた。


「やはり、私はオーデルナイツ郊外に出て教会に礼拝しに行きます。週に一度は礼拝しに行かないと、シュヴァ神のご加護は消えてしまうかもしれませんからね」


 じゃらっと小包を持ち上げたシュゼット。にこにこしながら持ち上げてるけど、あれって今週シュゼットが稼いだ金全部だよな……。


「ちなみにルイスはどうするんだ?」


「アタシは山に籠もって修行だな。2日したらここに戻ってくる」


 ルイスは力こぶを作って呟いた。


「ルイスさんはいつも休暇になると山に籠もりますよね~」


 間延びした声でナーシャは言う。


「おうよ。山は食材の宝庫。自然と直にふれあって、自然と直に勝負するのが強くなる一番の近道だからな!」


 にかっと白い歯を見せて笑うルイスに、ナーシャが続く。


「わたしは、今日はドルゴ村に行くつもりです」


「あぁ、この前魔族が荒らしてたとこか……。でも、何しに行くんだ?」


「まだ復興は完全ではありませんから、そのお手伝いに行くつもりです。皆さんが少しでも早く普通の生活に戻れるのが一番ですからね!」


 ナーシャは相変わらずの天使さ加減だ。

 それに、一緒に朝食を取っていたダリアさんも続く。


「私はアンタらが持って帰った筋肉狼マッスルウルフのボスの解体作業だね。片脚が落ちてるから値段は落ちるだろうが、物好きな標本収集家がそれなりの値で持って帰ってくれるから処分はいくらか楽だよ」


 片脚が落ちてるから・・・・・・・・・というダリアさんの言葉に、ルイスがじろっと俺を睨みつける。

 ……そういえば片脚を破壊魔法で壊したの俺だったね!

 悪かったよルイスさん!!

 知らなかったんだよ!!


「となると……俺はどうすっかなぁ……」


 ダリアさんと共に朝食の下膳を手伝いながら考える。

 これと言って今までに趣味があったわけでもない。まぁ、やる時間もなかったのもあるが、追い込まれる日々の中で仕事以外のことなんて考えたこともなかった。

 そんな俺に、ダリアさんは優しく語りかけてくれる。


「そうだね、試しにこの街をぶらついて見るのもいいんじゃないかい? 見たところ、あんたここの土地は不慣れなようだしね。なーんにも考えずに歩いていると、見えてくるもんもあるんじゃないかい?」


 なーんにも、考えずに――か……。





「……って、言われてみたけど」


 ギルド『クオリディア』から出て外をぶらつく俺。

 よく考えたら、こうして目的もなくオーデルナイツをぶらつくのも行き倒れて以来だな。


 注視してみると、いかにこの街に冒険者という職業人が多いのかがよく分かる。

 こんな人数と絶え間なく戦闘を行っていて、魔王軍もよく耐えてきたもんだ。


 ――と、あたりを見回しながら歩いてたその時だった。


「だーれだ!」


 突如として小さい手が俺の視界を覆った。

 幼さを隠せないその声と、姿隠しのためのフードを被った小さな女の子。

 この街では冒険者が自らの身分を隠したり、内密任務に携わるときにフードを被ることも多いために出来る芸当だ。


「キャロル……。お前、またなんでここに……」


「へへ~今度はエリクちゃんを探しに来た訳じゃないんだけどね」


 そう言って俺の目から手を放した少女。


「ちょっとエリクちゃんが潜入任務始めてからの最近、魔王軍領内に侵入してくる勇者の数がすごく増えたんだよね、それで、まだ顔の割れてない私が上から短期潜入を命じられたの。すぐ帰るけどね。でもそれなら、同じ潜入任務中のエリクちゃんに頼めば良いのに……」


「……あ、あははは……! いや、うん、まぁ、な!」


 ……誤魔化すので精一杯だよ!


「まぁいっか。でもどうせならエリクちゃんも勇者側にあんまり顔割れてないんだし、行こうよ。私一人で行っても冷やかしみたいに思われるかもしれないし」


「は!? い、今から行くのか!?」


「私、日の下で動けるの制限あるから早いほうがいいもん。ね、エリクちゃん」


「え、えぇ……っと、でも、俺――」


「魔王様の勅命に近いことよりも大事なこと、何かあるの?」


 にっこりと屈託のない笑みを浮かべるキャロルに、俺は逆らうことが出来なかった。

 逆らったら……まぁ、まずいよなぁ……。

 ここはおとなしく協力するフリをするしかないってことか……。


 ……もうどうにでもなれ。


 こうして俺は、本当に潜入捜査の命を受けたキャロルと共に、ギルド『ガードナー』の厳かな門をくぐり抜けたのだった。

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