第8話 隅から隅まで、掃除します!
冒険者ギルド『クオリディア』。
かつて、最前線の都市オーデルナイツにおいて最大手を誇った任務仲介所の名称である。
近年では、国家中央から派遣された直属大型ギルドの設置によって任務受注数がそちらに大きく奪われているものの、冒険者間でもある程度の認知度を誇る老舗のギルドだ。
「ちょっとあんた、ここまだ埃取れてないじゃないの」
そんなギルド施設の中で箒を手に掃除をする人影が四つ。
俺、ナーシャ、ルイス、シュゼットは木造3階建てのギルド兼宿泊施設の掃除仕事を賜っている。
そんな俺たちの姿を見て眉間に皺を寄せるのは、ギルド『クオリディア』のおばちゃん所長ことダリアさんだ。
「いいかい、あんた達が金がないって言うから2階の宿舎を使わせてやってるんだからね。ちゃんと働かないなら今すぐ出てってもらうよ!」
『はーーい』
4人の返事が揃う。
『ディアード』は万年金欠パーティーだ。
ナーシャは人助けのために使っちまうし、ルイスは飯に全てを費やすし、シュゼットは神へのお布施だとか何とかですぐに教会に金を落としてしまう。
それに、任務と言っても最前線で魔族と争う勇者らしいことはせずに、全く関係のない近隣での悩みや困りごとを解決していくスタイルのために収入もそう多くはない。
――が、面接でシュゼットの言ってくれた通り最低保障の給与はあるし、何より残業がない。
日が昇る頃にパーティー仕事が始まり、日没にはそれが終わる。
自由時間も前よりも遥かに多いので、俺もそれなりに満足している。
……まさか、勇者側のパーティーに入って掃除洗濯炊事をやらされるとは思っていなかったけどな。
そんな中で、ダリアさんに埃の取り残しを指摘されたルイスはぼりぼりと頭を掻き毟った。
「そんなこと言ってもよぉ。アタシこういう細々したの苦手なんだよな……」
「相変わらず脳筋は変わらないね、ルイス。最近あんた達のとこに入ってきたエリクさんの掃除担当のトコ見てみなさい。キレイな手際じゃないか」
そう言って、ダリアさんが指し示したのは俺の担当区域だ。
「床もクローゼットも塵芥一つも見つからない徹底ぶり。加えてちょっと痛んでた机の補修や本棚の整理まで、非の打ち所が見つからないね!」
「う……うぉぉ……エリク、どうやったらそんなに隅々まで綺麗になるんだよ!?」
「わ、私も掃除にはそれなりの自信はありましたが、エリクさんのを見ると霞んでしまいますね……」
「エリクさん、凄いです! エリクさんを見て、わたしも技術を身につけたいです!」
俺の掃除担当区域を見て驚く『ディアード』面々。
魔王軍所属時代は毎日毎日やらされていたことだからな。
家に帰る時間もなかったし、軍の事務室内部が生活区域になっていた俺にとって、広い事務室を一人掃除していたときに比べればギルド内部の一部分の掃除なんて朝飯前だ。
ダリアさんはため息を付きながら呟いた。
「どういう
厨房の奥で調理を始めるダリアさんは、手持ち無沙汰になって厨房の掃除をし始めた俺に話かけてきた。
確かに、このギルドには任務が少ない――いや、魔族との闘争案件が非常に少ないことが特徴に挙げられるだろう。
かつて俺が軍に在籍したときに、ガルロック先輩とお忍びで冒険者ギルドに赴いてみたことがある。
そこには連隊長格や俺のような大隊長格の魔族討伐のための義勇軍を引っ切りなしに募集していたり、近隣に配置していた魔物討伐のために日々忙しなく魔族討伐案件が舞い込む所だった。
当時、妙に勇者側の攻勢が増えたなと思った原因が、中央から来た大型新設ギルドの存在にあったことが判明したのだ。
あの中央の新設ギルドが出来て3年、勇者と魔王軍の衝突も格段に増えた。
それにより絶妙なバランスで生活が保たれていたオーデルナイツ内での均衡が、一気に崩れ去った。
今まで通り魔王軍領を保守するのに務めるべきだという軍内方針から、勇者側を完全に殲滅して全領土を魔王軍で支配するべきだという過激派論を振りかざす者が出始めた。
結果、今まで一枚岩の
俺みたいな大隊長や、ガルロック先輩のような連隊長格の遙か上に位置する師団長レベルの人材が不穏因子化してしまったことは大きなしこりだろう。
それらの元凶であるギルドが出来て3年。
そして
何かの呪いで冒険者ギルド丸ごと消滅してしまえと、何度思ったことやら――。
中央から来た新設大型ギルドの余波は俺たち魔王軍だけじゃなく、勇者領の小さなギルド経営までも圧迫してたんだな……。
「まぁ、魔族との闘争関連の案件が向こうに流れてしまったからこそ良い面もあったんだけどね」
そう呟きながら、ダリアさんは続ける。
「主な仲介収入源がなくなったのに、ですか?」
「あぁ。今まで通らなかったここの人たちの生活を守るような依頼が増えたんだよ。今までは魔族との闘争が依頼の主で、それらを優先しなければならなかった。でも向こうに魔族関連の依頼が集中し始めてくれたおかげで、こっちにはオーデルナイツやその近辺の住民たちからの依頼が確実に届くようになったんだよ」
「なるほど。ウチのパーティー方針としては、そっちの方がありがたいですもんね」
「あぁ、そうさ。だから私もあの子達には感謝してるんだよ。ギルドの収入源は減って経営面もそれなりに圧迫するようにはなってしまったけど、オーデルナイツは魔族との紛争地帯最前線なんかじゃない。
くしゃくしゃの笑顔を浮かべて、ダリアさんは満足げに表で掃除を続ける3人を見守った。
「さて……と。あんた達、掃除はもう終わったかい? どうせ今日もろくに何にも食べていないんだろう? 食べ盛りなんだから、食っていきな!」
「おばちゃぁぁぁん、大好きだぁぁぁぁ!!! 飯だ飯だ!! ひゃっほぉぉぉい!!」
「所長、いつもありがとうございます。宿の手配だけでなくて、ご飯までも……」
「わたし、ダリアさんの作るご飯大好きです! とっても、とっても美味しいので!」
ダリアさんは笑顔で5枚の皿をカウンターに並べた。
美味しそうな丼からはもくもくと白い湯気が立ち込めている。
「ほら、あんたも一杯食べてきな。今しがたギルドに新しい依頼が舞い込んできたんだ。あんた達ならやるだろう?」
ダリアさんは、料理を机に運ぶと同時に一枚の紙をナーシャに手渡した。
ナーシャはそれを読んでこくり、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「もちろん、やらせていただきます! 皆さん、近隣のシャルツ森で凶暴な
「ふがふが……ふがー!」
「ちょっとルイス、ご飯を口に入れた状態で話さないで下さいよ。行儀が悪いですよ!」
「……やばい、めっちゃ美味いですねダリアさん。ちょっと任務後とかにでも、調理方法教えてもらえません?」
「お安い御用さ。あんたは飲み込みが早そうだし、教え甲斐があるってもんよ」
そう腕まくりしたダリアさん。
俺は、任務前に久しぶりに温かいご飯を、腹一杯にかきこんだのだった。
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