第7話 初報酬、もらいます!
ガルロックが立ち去った後、俺は思わず頭が空っぽになってしまっていた。
――やっちまった。
いや、いいんだ。
それでいいんだけどね?
俺の天使ナーシャに手を出した時点でギルティなのは変わりはないんだから。
今まで絶対に帰らないことは決めていたが、物理的にも戻れなくなってしまったってわけで。
そんなくだらない事を考えていた俺に衝撃が走る。
「す、凄いです! 凄いですよ、エリクさん! 快挙です!」
ナーシャが涙目で俺に抱き掛かってくる!
心配そうな瞳の奥には、心底俺を心配してくれていた様子が伝わってきた。
ナーシャの向こう側にいるシュゼットは自分よりも大きい白銀の銃に寄りかかって額に汗を浮かべた。
「本当に、魔王軍の幹部クラスとやり合って、追い返したんですね……生きてた……シュヴァ神よ、感謝します……!」
時を同じくして、ルイスが両拳を腰に当てる。
「やっぱ、全力で闘ってても差はデケぇか……。エリクがいなけりゃ、任務失敗どころじゃなかったかもなぁ」
ボロボロの拳と、村の損害状況が戦闘の激しさを物語っていた。
「……勇者様方……」
そんな俺たち『ディアード』の元にやってきたのは、老婆村長を筆頭としたドルゴ村の人々だ。
先ほどまで傷つき、怯えていた村人達がみんな笑顔になっている。
「この度は、我が小さい村にまでお越し下さって……それも、魔族を撃退するまでしてもらって、どうお礼を申し上げれば良いのか――」
涙腺が崩壊してぽろぽろと雫を溢す老婆に向かって、ナーシャは笑う。
「いえいえ、当然のことです! 皆さんが笑顔になることが私たちにとって一番嬉しいことですから! ね、シュゼットさん、ルイスさん!」
「――応ともよ」
「そうですねぇ」
『ディアード』リーダーのその一言と、シュゼット、ルイスの笑みに全員が涙を流す。
「――で、どうだ新人。これがアタシ達のパーティーだ。アンタさえよければ、是非ウチに入って欲しい。って、これじゃ面接してる方がどっちか分かんねーけどな」
「いえ、ルイス。
と、シュゼットは肩までかかった銀髪を振って首を傾げた。
「あなたほどの人材ならば、どこの攻略組でも引っ張りだこだと思います。戦闘慣れした動きに、淀みなく流れる魔法。どれも一級品ですし――」
そう呟くシュゼットに、俺は「いいんだよ、そんなの」と言ってナーシャを見る。
「……だって、ここは残業も少ないし、ちゃんと残業代が支払われるんだろ?」
「ぶははははっ! お前結局そこなのかよ! ホントどんだけひでぇとこにいたんだ! あっはははは!」
「る、ルイス……笑い事ではありませんから……でも、ふふっ。そんな勇者がいるのも面白いかもしれませんね」
「魔王軍と闘わずにそんなに強いってのも充分異常だと思うけどな」
そんな二人の笑い声を聞いて、釣られて笑ってしまう俺がいた。
このパーティーは、最前線と闘ったことはほとんどないらしい。
最前線にいたならば、俺も何度か破壊魔法
そう言った意味でも、このパーティーに流れ着いたのは運命なのではないだろうか。
こんなに大笑いしたのはいつぶりだろう。
最近腹から声出して笑うことも少なくなっていたんだなってことを、身に染みて感じるな。
「この任務での報酬は金貨10枚。これだけあればそれこそ少し贅沢な宿屋に10日間は泊まれますね。こんなに報酬が入ったの、どれだけぶりでしょうか……!」
「久々に豪華な飯が食えんじゃねーか? ここ最近、安っすいカエル肉しか食ってなかったからな!」
「し、仕方がないですね。シュヴァ神へのお布施に金貨1枚を捧げて。一人に分配分は金貨2枚ずつ、余った2枚はパーティー預金に――」
「うへへ、金貨2枚かー。めちゃくちゃ美味ぇ晩飯が食い放題だぜ……!」
老婆の村長から受け取った報酬用の金貨をてきぱきと分配し、メモを取るシュゼットと、2枚の金貨を受け取り涎を垂らすルイス。
俺も同じだけ金貨2枚を受け取る。初報酬だ。不覚にも涙が出てくる……。まともに給与を受け取ったの、いつ振りだろう……!
これで美味い飯を食って、ふかふかのベッドで眠って、日の出と共に起きるんだ!
魔王軍事務室の冷蔵庫からカッチカチのパンを囓りながら書類仕事して、そのまま椅子を3つ並べて仮眠して、すぐに起きて書類仕事を終わらせていたら日の出を迎えて……なんて生活とはおさらばしてやるんだッ!!
あまりの感慨深さにほろほろと涙が零れ落ちる中で、同じく金貨を受け取ったナーシャは遠くを見つめる。
その目線の先にはぼこぼこになった大地と、切り倒された木々、ケルベロスによって荒らされた田畑。
その惨劇の前で呆然としている村人の姿。
胸の前で小さく手を結んだナーシャが、それを見て駆け出していく。
「あ、あの、皆さん!」
田畑を見て呆然と立ち尽くす一人の村人に対して、ナーシャは一切の躊躇もなく笑顔を浮かべる。
「これ、良かったら、この村の復興の為に使ってください!」
ナーシャが村人に差し出したのは、自らの報酬分。
それを見た村人は目を点にした。
「いや、でも……これは勇者様の報酬分ですし……」
「はい! 私が、私のお金でこの村を助けたいんです! ですから、受け取って下さい!」
「……本当に、いいんですか?」
「もちろんです! 今度は、綺麗なこの村を見せて下さい!」
屈託のないナーシャの笑顔に、後ろのシュゼットとルイスが苦笑いを浮かべていた。
「あー、ったく。なんであいつはいつもあんなにお人好しなんだ? 将来絶対どっかの馬鹿に欺されるぞ」
「それに付いていく私たちもよっぽどですけどね」
ぶつくさと文句を言いながら、ルイスも村人に2枚の金貨を渡す。
くすりと笑みを浮かべながら、シュゼットも2枚手渡した。
「ま、こんだけあれば復興も充分だろ。『オーデルナイツ』で腕利きの大工でも雇ってさっさと村直しちまえ。こう……ここまで暴れたの、アタシらだしな」
「……わ、私もいくつか照準外して誤射しちゃいましたし、ね」
恥ずかしそうにぽりぽりと頬を搔く二人。
そんな二人を見ている内に、俺も手元に握りしめた金貨をその村人に手渡していた。
い、一応知り合いが起こした不祥事だもんな……。
魔王軍が補填してくれるわけでもないし……こう、何というか……ここで貰っても、妙に寝覚めが悪いというか……。
「エリクさん、本当に……いいんですか?」
ナーシャの潤んだ瞳が俺を一線に見つめてくる。
「あぁ。それより、早くここを直して貰って遊びに来た方が、俺もいいかなって思うしな」
頬をぽりぽり搔きながら呟くと、ナーシャは目を潤ませて腕を開いて抱きついてきた!?
「ありがとうございます、エリクさぁぁぁぁん!」
「な、ナーシャ!? その、抱きつかれると、その――!?」
俺は、ナーシャのこの笑顔が見られただけでも今は充分満足なのだ。
○○○
「――なんか、やっちまった気がするのはアタシだけか?」
「そんなこと言っても、ルイスだって率先して金貨渡したじゃないですか」
「わたしは、村の皆さんの笑顔が見られただけでも充分ですので……」
「エリクも、悪かったな。任務達成後の初飯がこんなんで……。アタシのとっておき、食わせてやろうと思ったんだが……」
「あ、あはは……。ルイスオススメまた今度でいいよ。それに、こんな味のある飯食ったのも久しぶりだしな」
「え、エリクさん、今までどんな食生活を送ってきてるんですか……仮にも最前線の兵士だったんですよね……?」
ギルドに戻ってきた俺たちは、一つの机を囲んでいた。
机の上に置かれた一枚の皿には、山盛りのパンの耳。
つまらなさそうにひょいパクひょいパクするルイスと、静かに摘まむシュゼット。
そしてまだまだ元気の有り余るナーシャ。
三者三様の姿を見ながら、俺は目の前のパン耳を一つ、噛んだ。
パサパサで、味気なくて、お世辞にも美味いとは言えない食事だ。
それでも、なぜか――。
「悪くはない味だ。むしろ、どっちかというと美味いくらいだよ」
皆で囲んで食べるパンの耳が、魔王軍で食べていたどんな飯よりも美味く感じていた――。
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