第6話 元上司ですが、脅します!
「――
魔王候補の一角だの、世界を壊す最凶魔王の復活だの、散々に言われてきた。
俺はみんなの期待に応えるべく、この魔法と共に研鑽を積み、努力をして、魔王軍内の地位を着々と上り詰めていた。
だがそこで待っていたのは上司からの絶え間ないパワハラ。飛び級に昇進していく俺への同僚からの妬み嫉み。戦果を全て俺に持って行かれるからと不満たらたらな部下達。
俺は日々、魔法の訓練をしてきていた。みんなの期待を裏切らないように、みんなの期待に応えられるように。
その結果がこれとは、なんたる皮肉だろうか。
それでも――。
「俺の天使に手を出す奴は、例え誰でも許さない――」
今後はこの力は、ナーシャの為に使っていこう。
こんな俺を、一文無しで路頭に迷っていた俺を躊躇なく救ってくれた優しい天使に、俺は全てを捧げよう。
俺の手から噴出された破壊の魔法は、先輩が発した瘴気弾をも容易く吸い取り突き進む。
「――この、魔法は……ッ!!」
俺が魔法を射出するその寸前に事態に気付いていたガルロック先輩は、何とか身体をひねって俺の一撃を回避する。
「うぉぉぉぉ!? 何だこりゃ!?」
「…………っ!?」
ガルロック先輩を追っていたルイスもシュゼットも、ギリギリの所で体勢を崩して回避する。
一応、彼女らに直撃しないような弾道は考えていたから、計算が当たって良かったと思う。
「ルイス、シュゼット。二人はナーシャとケルベロス達をお願いしたい」
「んなに!? アタシはまだまだ――」
「ルイス。貴方も私も、今はボロボロです。ここは……エリクに任せましょう」
ルイスは攻撃の手を緩めようとはしなかったが、何かを察してくれたシュゼットは俺の提案に快く頷いてくれた。
彼女ら二人がナーシャのフォローにまわった隙に、俺は魔法力を再び手に込めた。
「エリク。無断欠勤とは良いご身分じゃねぇか。何で勇者の奴等といるのかは知らんが、これは立派な職務怠慢だ。一ヵ月の減俸で済まされると思うなよ?」
フードが取れた俺の顔を直視してガルロック先輩は唾を吐いた。
「それは、ガルロック先輩だって同じでは? 勇者領へ勝手にケルベロスを放ったことは軍中法度第四条に充分違反しています。……良くて減俸、最悪降格処分でしょうか」
「そんなもの、お前が見なかったことにすればいいだけだろう。上司に口を出すのか? 魔王候補だかなんだか知らんが、お前を良く思っていない方は上層部にも少なくない。俺が少し口利きすればお前の全てが終わるんだ。それを踏まえて考えろ。……お前は俺をここでは見ていない。分かったか?」
ガルロック先輩は下卑た笑みを浮かべた。
「そうだ、こうしよう。俺もお前の無断欠勤を帳消しにしてやろう。その代わり、お前は俺のことをここでは見ていないしあんなケルベロス共、俺は知らん。野良のケルベロスが勝手に勇者領を荒らしてまわったんだろう。嘆かわしいことだ」
俺の後ろでは傷ついたルイスとシュゼットを治療するナーシャの姿がある。
距離が離れていて話声までは聞こえていないようだ。
「あのケルベロス達は、先輩の……大切なペットじゃなかったんですか?」
「あぁ。さっきまではな。だが勇者側の言葉に誑かされる程度の頭しかない奴なぞいらん。魔王軍の恥だ。どこで野垂れ死のうが知ったこっちゃねぇ」
ガルロック先輩の引き離すような冷たい態度に、2頭のケルベロスは頭を項垂れて前に出る。
「……クゥゥン……」
「アォォ……ン」
「……そうですか。残念です」
俺は短く口笛を吹いた。
魔王軍領に近いここならば、口笛一つでやってきてくれる。
魔王軍の緊急伝達動物――速達
勇者の一味を撃退したときに、上層部へ小競り合いの被害状況や職務怠慢を起こしたり、軍中違反を報告するために使われるのがコイツだ。
俺は持ち前の魔法力で元上司――ガルロックの軍中法度違反の内容をコイツに注ぎ込む。
「な、お前……! 何してる!? ここに来て裏切れば、お前はどうなるか――!」
そう言ってガルロックが俺の方を指さしたのを、俺は見逃さなかった。
今まで会話中に溜めに溜めていた魔法力を右手に集め、ガルロックの頭に充てる。
「――破壊魔法、
「……もが!? もご……ぉぉっ……!?」
かつて破壊の魔王と称された者が使ったとされる七つの破壊魔法の内の一つ。
これは相手に魔法力を注ぎ込むことによって発動する魔法術だ。
魔法術に言葉を命令として込めると、それは言霊となる。
この魔法術を注がれた相手が命令に背くと内からドカンと破壊する、とてつもなく理不尽極まりない魔法術である。
「お前……もう、魔王の能力が開花……してるのか……!?」
魔王の能力が開花したのは、いつだっただろうか。
地獄の100連勤のどこかで俺の中のナニカが変わっていたのは感じていたが、いかんせんそれを発揮する体力もなかった。
だからといって、元上司に開花した魔王の能力を初めて掛けるとも思っていなかったが――。
「『このことは公言しない。護れなければ、汝の身体は爆発四散するであろう』……っと、最初にしてはこんな感じで大丈夫かな?」
魔法力の注入は終わった。
俺が手を離すと、ガルロックはへなへなと膝から崩れ落ちた。
「お前……上司に手を上げたんだぞ……?」
「覚悟の上だ」
「……今なら許してやる。この魔法を解くんだ。今すぐ、さあ、早くしろ!」
「まだこの能力は開花したばかりで呪いを掛けることは出来るけど、解除することは出来ないんだ。残念だったな」
みるみる内にガルロックの表情が青ざめていく。
「俺を助けてくれた
俺の突き放す一言に、ガルロックは顔を引きつらせていた。
「き、貴様……ッ! お、覚えていろ! 必ず、必ず貴様に復讐してやるからな……ッ!?」
「どうぞ、ご自由に。俺は、ここで生きてく。もう、誰にも邪魔はさせない。邪魔をするなら、
「――俺は破壊しにいくから、覚えておくといい」
無精髭と黄色い歯が、震えでカチカチカチカチと絶え間なく震えていた。
程なくしてケルベロス達を置いてふらふらとおぼつかない足取りで勇者領を離れていく一人の哀れな男を、俺はずっと見つめているのだった――。
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