第5話 魔王の一撃、放ちます!
俺とナーシャが走り回るケルベロス2頭に近付く度に、後方からは轟音が鳴り響く。
「おうらぁぁぁぁッ!!」
ドガッ! ドゴォォォォォッ!!」
「右誤差修正12.9、上誤差修正-3.8……照準クリア、ぅちます!」
チュィィィィィン――!!
片や大地にクレーターを及ぼすほどの馬鹿力で殴り、片や精密機械のように次々に光の砲撃を射出する。
そんな強烈すぎるダブルパンチに翻弄されながらもガルロック先輩は勇者と相対している。
流石はガルロック先輩だ。度々魔王軍領内に侵入してくる自称攻略組を遙かに上回る強さを持つ『ディアード』の攻撃も何とかいなし続けている。
もしも、俺が軍隊を組織したままこの二人と闘っていたら、兵の損失は2桁はくだらないだろう。
いや――一個小隊くらいなら壊滅してしまうかも知れない。
絶対に当たりたくないパーティーだな。
俺は着ていたローブのフードを頭に被せた。
さて――と。
俺たちは俺たちの出来ることを、だ。
俺はナーシャという天使とこれからは一緒に過ごしていくんだ!
美味しいご飯を一杯食べるんだ!
本当の神様に拾ってもらうんだ!
そのためならば、かつての同胞だって関係ない!
邪魔する奴は全員ぶっ倒す!
「おいで~こわくないよ~……おいでー……」
などと考えている内に、田畑を駆け巡っていたはずのケルちゃんとベルちゃんが、くんくんとナーシャの手にある甘い菓子を匂っていた。
あれ、おかしいな……ケルちゃんベルちゃんとは一度会ったことあるけど、ここまで懐いてくれることなんてなかったのに。
これがナーシャの優しさクオリティなのか……!?
「は~い、良い子ですよ~ね~」
「クゥゥン……ァオォォン……」
「もー、くすぐったいですってば! ほら、なでなでは順番守りましょうね~」
……いや、にしても懐きすぎだろ。
地獄の番犬ケルベロスが腹を出して甘えまくる様子なんて見たこともないぞ。
甘菓子を小さく割ってそれぞれ顔を持つケルベロスに渡すナーシャは、変わらずにこにこ笑顔だ。
それに応えるかのようなにこにこ笑顔だったケルベロスは、後ろにいる俺を見てふと首を傾げた。
――と、その時だった。
「クソ……! 支援に来ないと思えば、そんなところに――!」
突如後方から聞こえてきたのはガルロック先輩の怒号だ。
「敵の言葉にすぐ誑かされるなど、魔王軍の恥! 女諸共消え失せるが良いわッ! ――『オスワリ』」
瞬間、俺たちのすぐ側にいたケルベロス2頭の動きが殺気を察知したのか、腹を出していた状態からお座りをしてその場で完全に止まった。
ケルベロス達は調教されているのだ。ガルロック先輩が敵を追えと言ったらどこまででも応だろう。そして「死ね」と言っても本当に死んでしまう――そんな調教を。
だが、それもナーシャの存在に気付くとガルロック先輩は目を大きく開いた。
ケルベロスをも屠るほどの膨大量の魔法をその手に蓄積された。
ガルロック先輩は、その後ろから迫り来るルイスの肉弾攻撃にも、シュゼットの光射撃にも一切構わず目線を鋭くしていく。
「ケルちゃん、ベロちゃん……お前達がそんな軟弱者だとは思わなかったぞ! 死んで魔王様に詫びるが良い。闇魔法、
――あれはまずい……!!
ガルロック先輩の得意分野は、闇魔法。
瘴気と呼ばれる様々な呪いを孕んだその魔法を食らうと、たちまち毒が全身にまわって毒主を殺してしまう。
いわば、ケルベロス達の上位互換のような魔法を使ってこれまで数々の勇者達を呪殺してきた。
瘴気という毒を含んだドス黒い魔力弾が遠方より凄まじい速度で迫り来る。
「ナーシャ! 狙われてる! 今すぐここから逃げよう!」
俺がナーシャの手を引いてその場から離れようとするも、彼女の手は一切動かなかった。
「ダメです! 今ここで動けば、
「い、今そんなこと言ってる場合かよ!? 逃げなきゃお前が死ぬんだぞ!?」
再び手を引っ張るも、彼女の意思は揺らがなかった。
「――それでも、です……!」
彼女の優しげな目線は、後ろで不安そうに「くぅん……?」と甘え声を出すケルベロスに注がれていた。
いかにフードを被っているとはいえ、先輩の前で
「シュゼット、援護射撃は!?」
「すみません、冷却期間で次弾装填不可能です!」
「ナーシャ! エリク! 何そんなとこでちんたらしてんだ! さっさと逃げろ!」
ルイスとシュゼットの慌てふためいた声に、ガルロック先輩は眉を潜めた。
「エリク……だと……?」
ガルロック先輩は何かに勘付いたが、もうそこを隠す暇なんてない。
両手を合わせて魔力を両手に集約させる。
周りには土埃が立ち、俺の身体を中心に微弱な魔力漏れの竜巻があがる。
目の前には瘴気の魔力弾。チャンスは一瞬。これを逃せば俺やナーシャ、そしてケルベロス達は毒に侵されて殺される。
覚悟を決めて、ドス黒い瘴気弾の前に立ち尽くす俺。
今まで溜めた魔力を、外に打ち出すイメージで目を閉じる。
――エリク・アデル。
その名前が魔王軍内に響き渡り始めたのは、いつ頃だっただろうか。
昔から魔力が強かった俺は、片田舎の小さな村に住んでいた。
そんなときに、魔王軍の幹部だって奴が来て俺をスカウトしに来てくれた。
そこから、俺が
本来、魔王にしか許されないとされた伝説の魔法の内の、その一角を。
絶対的で、圧倒的で、制圧的な魔王に相応しいその魔法を――。
「破壊魔法――」
俺のその一言に、ガルロック先輩はその場で緊急的に走る方向を転換させた。
だが止まらない。
――全てを屠るこの魔法は、止められない。
「――
瞬間、俺の目の前の空間が抉られた。
同時にガルロック先輩が放った瘴気球は、いともたやすく俺の作り出した破壊魔法に吸い込まれていった――。
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