第4話 ルイスの馬鹿力、見せつけます!

「急いで隠れろ! あれに噛まれるとひとたまりもないぞ!」


「みんな! 中だ! 中に逃げて扉を閉めろぉ!」


「勇者様、お願いします! 何卒あの暴犬をどこか遠くへ追いやってはいただけませんか!」


 田畑をぐちゃぐちゃと踏み荒らしながら走り回る2頭のケルベロス。

 村人達も慌てふためいて自分たちの家に閉じこもり、田畑の奥、魔王軍領の手前の森からはガルロック先輩がにんまりとした目つきでタバコを吹かし始めた。


「っちぃッ! 魔王軍幹部クラスとなんざ、やってみたこともねぇがここはアタシが殴り倒してくらぁッ!!」


 そう言って一気に駆けだしたのはルイスだ。

 尖った白い耳をピクピクと揺らし戦闘意欲を向上させて、ピンク色のポニーテールも主の感情を表すかのように右に左に大きく揺れていた。


「待って下さいルイス。考え無しに突っ込んでいってもまた・・自滅するだけです」


「そうですよルイスさん! あの方とも話し合えば、ちゃんと分かってくれますよ! 一緒にケルベロスさんを説得しましょう!」


「むぅ……ッ!!」


 シュゼットとナーシャに全力停止させられたルイスは不満げに振り上げていた拳を収める。

 おろおろとした老婆をそばにシュゼットは腕を組む。


「となると、ひとまずはあのケルベロス達をどうにかしないことには話になりませんね。確かケルベロスの弱点は――」


 あれか、これかと選択肢を講じている『ディアード』参謀担当シュゼット。

 堅パンを与える、睡眠薬入りの酒に浸したパンを与える。どれもケルベロス相手には定石の倒し方と言えるだろう。

 このパーティーにおいての攻撃的な二枚看板はルイスとシュゼットだ。

 ルイスは、持ち前の怪力と身軽な身体を活かした超攻撃的前衛戦士。

 シュゼットは、自身の魔法力を使役して作り出した背丈ほどの巨大銃を駆使した精密射撃重視の技巧派後衛銃士。

 そんな二人があれこれと素早く作戦を立てる傍らでじっとケルベロスを見つめるのはナーシャだ。

 俺は唯一魔王軍から逃げていた際に持っていた一つの小包を取り出した。


「ケルベロス相手にはこれが一番の有効打になるだろう。蜂蜜と小麦を混ぜて作った菓子だ」


 ナーシャの掌にその菓子を二、三渡すと近くにいたシュゼットは驚いたように俺を見返す。


「ケルベロス相手の有効打を持っているですって!? 奴を相手取るなんて、よっぽど魔王軍領内部に侵入しないと出来ないことなのに! エリクさん、あなたいったいどれほど――ッ!?」


 ……ちょっとばかりいらんことを言ってしまったみたいだ。

 だが、気にすることはない。使えるものは全部使ってやる。


「そんな菓子使ってあんな暴犬を抑えられんのか。そんなら簡単だな」


「いや、殺気のある奴にケルベロスはかなり敏感になる。そういった意味じゃルイスは適任じゃないかもしれない」


「そうですね。となると、ここは――」


 ルイス、俺、シュゼットはその視線を一つに集めた。

 そして――。



「……ふぇ!? わ、わたし……ですか!?」



 そこで白羽の矢がたったのは、ナーシャだ。

 シュゼットは赤縁眼鏡を持ち上げて参謀らしい言葉を紡ぐ。


「ケルベロスは殺気を持って近付く者には相応の対処を行いますが、殺気や戦闘意欲のない者に対しては比較的攻撃的ではありません。そこに、彼らの好物である甘菓子を与えることが出来る者と言ったら、アナスタシア。あなただけです」


 確かに最初からまるで戦闘意欲のない、むしろ話し合いで解決しようとしているナーシャが適任かもしれないな。

 だが、相手はケルベロスだけではない。

 それを察知してルイスは言う。


「で、菓子で懐柔したその後はどうするんだ。ひっついてる相手の魔王軍幹部もかなりの強者に変わりはないだろう?」


「それは……!」


「策がないならアタシが責任を持ってぶん殴ってくるぜ」


 シュゼットが答えあぐねているとすかさずにルイスが前に出る。


「魔王軍連隊長格と闘り合えるなんて好機、滅多にないだろうからな。ここで一発アタシの日頃の鬱憤と共にぶっ放させて貰う! 自分の今の実力も知りたいしな」


「相変わらず無茶なことを。いいでしょう。私は後方から援護射撃します。あなたは存分に闘って下さい。危ないと思ったらすぐに身を引いて下さい。足止めくらいはしてみせます」


「――応ッ!」


「エリクさんは、どうなされますか? 初めてのパーティー任務ということですが――」


「お、俺は……そうだな、ナーシャのいるケルベロス班の方に混ぜて欲しいかな」


 ――あの元クソ上司と顔を合わせたら、何を言われるか分からない。

 というか会いたくない。絶対会いたくない。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

ホントに嫌だ。


「あ、あの、エリクさん、大丈夫ですか?」


 身体が揺れるほどのトラウマ的目眩を起こしていた俺を、下から優しく覗き込んでくれていたのはナーシャ。

 優しく温かいその碧眼が俺を見つめてくるだけで、今までの辛さや苦労や辛酸が全て溶けてしまいそうなほどの天使さ加減だ。


「あぁ、もう大丈夫だ!」


「それは良かったです! エリクさんにとってこれが『ディアード』初任務となりますが、一緒に頑張りましょうね!」


 笑顔で俺の両手をぎゅっと握るナーシャに、隣のガルロック先輩担当組はお互いに目を合わせていた。


「目標は一時的なケルベロスの追い返しとなります。これ以上、彼らにここを荒らさせる訳にはいきません! ルイス!」


「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 気合充分!

 全身をバネのように動かしてルイスはいきなり大地を力強く蹴り上げた。

 静閑な田畑の端から端まで一直線に飛ぶルイスは、端から見ていてもとてつもない迫力だ。

 この面々はナーシャの方針に従っているために魔王軍討伐パーティーの面々で見られることはなかったが、いざ『ディアード』がそれに加わっていたと思うと――少しぞっとするほどに。


「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁあああああッッ!!」


 ――雄叫び一閃。

 ルイスがガルロック先輩の直上まで迫った瞬間に、先輩が上を向いた。


「な!? 何だてめぇ!」


 先輩が即座に反応してルイスの拳圏内から外れる。


 ドゴォォォォォォォッ!!!


 ルイスは拳の振り下ろす速度を一切落とさずに拳撃をお見舞いする。

 余波で地面がクレーターのように捲り上がり、砂埃が宙を舞う。


「――勇者!? 何でこんな所にこんな暴力女が……!」


 突然の爆撃にガルロック先輩は恐れおののくなかで、頬に付いた土を払ったルイスは悪魔のような笑みを浮かべていた。


「援護射撃は任せて下さい! ルイス、あなたは村に被害を抑えないように全力を尽くして!」


「了解!」


 シュゼットは空間に突然穴を空けてヒト一人では抱えられないほどの巨大な銃を取り出した。


「エリクさん! 今のうちに、行きましょう!」


「あ、あぁ……」


 そんな呆然としている俺の手を握ったナーシャは、彼女らの間を縫うようにして先輩やルイス達が闘う真反対へと駆け出した。


 ――あれ、もしかしてこの人たち、めちゃくちゃ強くね……?


 そんな俺の疑念さえ、空の彼方に消えていくほどに。

 衝撃的な俺の『ディアード』初任務が幕を上げたのだった――。

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