第3話 初任務、開始します!

 結局、ナーシャが勝手に取り付けてしまったギルドの依頼先に俺たちは集まっていた。

 何でもこのクエストを受注してしまった以上、解約するにはそれなりの手続きと違約金が発生するらしく、そのお金を払うことも出来ないことから受注するより他の道がなかったと言うことだ。


 かといって、この依頼を完遂出来なかった場合でも、違約金ほどではないが失敗金を払わなければならないらしい。

 どのみちこのパーティーの現在の金銭状況は崖っぷちらしい。


 シュゼットのような一見しっかりとしたとりまとめ役がいるにも関わらずこのような財政難とは……。

 もしかしてこのパーティー、かなりヤバいんじゃ……?


 Eランクパーティー『ディアード』。

 今から半年ほど前にオーデルナイツで立ち上げた比較的新設パーティーだ。

 パーティーというものは、それぞれにランクがありE~A、さらにその上にS、SS、SSSといった区分がされている。

 が、『ディアード』はパーティー新設から一度もランクを上げたことがない。

 曰くパーティーリーダーのナーシャによる『冒険者本来の、人々のために奉仕する仕事』という方針を主軸にしているために魔物の討伐任務や魔族の討伐連合軍には参加せず、村人達の何でも屋を主に引き受けているためだという。

 確かに魔王軍領に侵入してくる勇者パーティーは頑強そうな鎧や武器を纏っているけど、『ディアード』の面々は軽装備の面子が多いもんな。

 指定された村へと向かう道中、ナーシャは言った。


「ここは勇者領と魔王軍領の境目ですが、冒険者たちだけじゃありませんからね。ここで暮らしている人たちの助けになれるような、そんな素敵な冒険者になりたい。だから、ランクにはあまりこだわってないんです」


 ――全くもって、珍しいタイプの勇者だと思う。


 こんな勇者が大勢いれば、魔王軍と勇者の衝突も少なからず減るんじゃないかと、そう思えるほどに。

 実際、魔王軍とて統率された軍隊だ。

 そんな統率された軍隊でも、多少気性の荒い魔族が暴走したり、勇者側に危害を加えたりするせいで勇者は魔族を一律悪い者に仕立て上げられる。

 魔族おれたちだって出来ることなら平和に暮らしたいんだよ。

 魔王軍領にも魔王軍に従軍している魔族もいれば、そうでない野良魔族もいる。

 そういう輩をひっくるめて勇者は攻撃を仕掛けてくるんだからたまったもんじゃない。

 魔王軍を倒すことで真の正義がやってくるなどとのたまう妄信的な勇者共バカのせいで、どれだけ俺の職務が増えたと思っているんだ……ッ!


「ま、魔族なんて野蛮な奴等ばっかなんだし全員ぶっ倒しとけばいいんじゃねーの?」


 面倒くさそうに言うルイス。


「シュヴァ神の教えでは、魔族はかつてシュヴァ神に背いて堕天した神の末裔であると。現魔王もシュヴァ神への忠誠を誓い直せば、神はお許しになられますよ」


 とはいえ、まだまだ勇者側と魔王軍側の溝は深そうだが……。

 これは俺が魔族だってのは絶対に知られない方が良いよな。


「あ、皆さん、どうやらここみたいですよ!」


 ナーシャがたったっと足早に駆けていった先にあるのは小さな看板。

 『ドルゴ村』と書かれている看板の先には一面田畑が覆っており、中心に何軒かの藁家が建ち並ぶ。

 勇者領と魔王軍領の境目にあり、俺が魔王軍を管轄していたときもよく小競り合いの戦場となっていたのがちょうどこのあたりだ。


「あぁ、勇者様、勇者様……やっと一組が来て下さいました……! ありがとうございます!」


 すると、そんな集落の真ん中にある広場から出てきたのは一人の老婆。

 みすぼらしい服に身を纏ったその感じが、この村が今までどんな被害にあっていたかを

象徴しているように思えた。


「んで、用件って何だ? ここら辺にまた魔族が侵入してきたってのか?」


 ため息交じりにあたりを見回すルイスに、老婆は言う。


「ここ最近になって勇者様方が魔王軍領に侵攻することが増えて、警備の手薄になったこちら側に腹いせのように魔王軍の一派が襲いかかってくるようになりました。田畑の周辺をまわる三つ首犬の群れとその元締めのせいで農作業も出来ずじまいで、私も――」


 そう言って老婆はよぼよぼの腕を出した。


「なるほど……これは、蠱毒の一種ですか」


 老婆の腕を見て、シュゼットは呟く。

 そこにはなにやら波打ったような青アザが広がっている。

 この症状は――見たことがあるぞ。



「三つ首犬といえば、ケルベロスか……ん? どこかで……」


「即座にケルベロスの名前が出てくるとは、エリクさんもさては相当魔王軍領の内部まで戦闘してた攻略組の一人だったんですね?」


 シュゼットが驚いたように俺の肘を小突く。

 人を噛んだときに蠱毒をかける三つ首犬といえば、地獄の番犬ケルベロスしかいないだろう。

 とはいえ、ケルベロスも魔王軍領内ではそれなりに人気のあるペットとして飼われているが、軍を通してケルベロスは勇者が魔王場の領内に侵入した際の撃退用途にしか使ってはいけないという規律もあったはずだ。

 こんな勇者領の片田舎でケルベロスを放つのは、間違いなく軍中法度に違反する処罰ものだろう。

 良く一ヶ月間の給料停止、悪くて降格処分は避けられないだろう。

 魔王軍だって、何かと波風を立てたくないのが本音なのだ。


「へぇ。要するにアンタらはそいつらを撃退して欲しいんだな」


「はい。ですが、そのケルベロス達を従えている者が……魔王軍の連隊長格の魔族で、下手に手出しが出来ずじまいで――」


 ん? 連隊長格?

 俺の心の疑問と共に老婆が続きを言いかけたその時だった。


「き、来たぞ! 奴が、三つ首犬が現れた! 急いで隠れるんだ村長!」


 村の中央の方から一人青年が慌てたようにこちらにやってくる。

 奥の森から何やら魔力にも似た波動が感じられた。それもかなり密度の高い魔力だ。


「お~いよっと。やっとこさ仕事も終わったんだ。ケルちゃん、ベロちゃん、いい運動しておいでっと」


「ウヴァウ!! ヴァフゥゥゥゥン!!」

「バフッ! ウゥゥゥオオオン!!」


 俺にはかけてくれたことのない甘い声でケルベロス達を撫で回すその男。

 いつもでは考えられないにやけた間抜け面をこちらに向ける、その人物。


「お忍びで来てるから、騒ぎすぎないように気をつけるんだよ、君たち~良い子でちゅね~」


 ――整えられていない髪と、無精髭を蓄えたその男。


 忘れもしない、パワハラ上司ことガルロック先輩だった。

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