第2話 面接、開始します!

「まずはアタシからだな」


 骨付き肉を咥えて、野性味あふれる犬歯を剥き出しにした少女は笑う。

 淡いピンク色のポニーテールに、机に乗るほどの大きな胸。ピンクと白を基調とした露出度の高い民族衣装と細く尖った耳は、エルフ族の証だ。

 食べ終わった骨をピンと弾いた少女――ルイスは、不敵な笑みを浮かべていた。


「お前、飯は好きか?」


「飯?」


「あぁ。飯はいい。アタシの夢は凍土に眠ると噂されるドラゴンゾンビの芳醇で脂の乗った肉、灼熱地帯ファラル山頂で採れる水晶マッシュルーム、伝説の海中洞窟アトランティスの最深部に生息すると言われるアトランティスアンコウの卵を食うことだ」


 そう言って、ルイスは遠い目をした。


「だが、そんなことを成し遂げるにはもちろん膨大な時間と、執念がいる。支援魔法も禄に使えずに、身体強化で敵をぶん殴るしか能のない脳筋バカには出来るわけがないってみんなに笑われたさ」


 確かに、エルフ族と言えばその真髄は支援魔法にあるといっても過言ではない。

 前線で闘う皆の体力を、治癒能力を底上げして後方から支援魔法の雨を降らせることが一般的なエルフの闘い方だ。

 事実、勇者パーティーと何度も何度も相対していると、一番面倒なのは回復要員や殿を務めるエルフのことが多かったりする。


「だけど、ナーシャは違った。そんなアタシの夢を笑わず真剣に応援してくれたんだよな。こんなお人好しだけど、それだけでアタシは救われたんだ」


 エルフの尖った白い耳をひくひくさせながら、ルイスはナーシャの頭をくしゃくしゃ撫でた。


「ってわけだ。アンタが飯について考えること。それをアタシに教えろ。それがアタシからの課題だ」


 ルイスの真っ直ぐな瞳に、俺は一言だけ呟いた。


「美味しく、ご飯を食べたい」


「ほう?」


「ゆっくりご飯を堪能したい。食べてる最中に呼び出さないで欲しい。食べてる最中にいびらないでほしい……それだけだ……」


「……お、おぉ……なんだかよくわからんが、闇が深いな! でも大丈夫だ! このパーティーに入ればアンタにゆっくり飯を食わせてやる! 飯を邪魔する奴の元で過ごすのは、さぞ辛かっただろう!!」


 話していると、涙が出てきた。

 そんな俺に優しく寄り添うかのように、エルフのルイスは俺を優しく抱きしめてくれた。

 ふくよかなおっぱいに顔を埋めさせて貰った。

 やっぱり、無性に涙が出てきた。


○○○

 

「次は私の番ですかね」


  肩にかかる銀髪と、白く澄んだ瞳。

 赤縁の眼鏡をカッコよく持ち上げた少女は丁寧な姿勢と口調で俺を見つめた。


「初めまして、エリク。シュゼット・マチルダです。ここでの担当は、任務内では中衛での援護射撃が主ですね。パーティーとしての基本給は任務報酬次第ですが、最低保障も設けています」


「サービス残業はありますか?」


「残業? そんなものはありませんけど」


「……ここが神職場か!」


 俺が一人で感慨にふけっていると、シュゼットは手元の資料に目を落とす。


 てきぱきと物事を端から端まで拾い上げていくシュゼット。

 性格はびっくりするほどかっちりしているみたいだ。


「んでも、アタシやナーシャは禄に貯金なんてねーけどな」


 そんな面接中に茶々を入れるのはルイス。


「アタシは自分で手に入れた金はその日に全部宴で使い果たすし、ナーシャは困ってる奴にすぐ使っちまう。こいつは神へのお布施とか何とかってすぐどっかの教会に金を落とすんだよな」


 ケラケラと笑うルイスとは対照的にシュゼットはむっとした口調でくってかかる。


「神への祈りは当たり前です。現に私たちが今もこうして平穏無事に暮らしていけるのは、全てシュヴァしんのお導きのおかげなのですから」


「へーへーさいですかー」


 シュヴァ神――といえば、確か魔王軍内にも信徒がいた単一神教の派閥だったっけ。

 どちらかというと、勇者側の領というよりかは、魔王軍領の方に信徒が多いイメージだ。

 それは、俺たち魔王軍のトップが至高の存在だったからだろう。

 絶対的で、圧倒的な存在である魔王軍の総大将――魔王様。

 誰も名前を聞いたこともなく、その御姿を見たことがない、それはまるで神のような存在だった。

 魔王軍の中でもそれなりに位置の高かった俺でさえ、魔王様のお声・・しか聞いたことがなかったな。


「と、とにかく! です。私があなたにお聞きしたいことはただ一つです。神を、信じますか?」


 その瞳は真剣そのものだ。

 俺は、魔王軍に在籍したときのことを走馬灯のように頭を駆け巡らせて、絶対的存在、魔王様を思い浮かべる。

 そして、俺なりの神様像を頭に浮かべて――。


「あぁ、信じるよ」


 ――と、短く答えた。


 やっぱり、俺の中での魔王様ってのは絶対的な存在であることは今も変わりはない。

 けど、不満もたくさんあるんだけどね。


「俺は魔王様かみさまに憧れて魔王軍あそこに入ったし、今まで少しでも役に立とうって思って頑張ってきたけど、魔王様かみさまって何にもしてくれないんだよな。上と下の圧力でがんじがらめになってる中間層おれたちのこと全く知らないフリしてるし、ホントに戦争構える気あったのか分かんないし、相変わらずブラックだし、最後までブラックだし、唯一奴等との闘いで戦死者が出たときは祈ってくれたりしたらしいけどそんなの本当かどうか分からないし――」


「な……神にも仕え、常に奴等と戦ってきたですって!? 神経をすり減らす最前線で疲れ果てたのですね、エリクさん! あぁ、なんと痛ましい!」


 俺がぶつぶつと話し終える前に、シュゼットは涙目で俺を抱擁してくれた。


「シュヴァ神はあなたの全てを認めます。それならば私はあなたの全てを認めます! 例え信ずる神は違えど、あなたの信仰心は充分に伝わってきましたから……ッ! 頑張りましょう! 共に、頑張りましょうッッ!!」


 シュゼットは鉄板のような胸に俺の顔を埋めさせてくれた。

 少しだけ盛り上がったその双丘の先に、にまにまと自分の乳を見せつけるルイスの姿がそこにはあったが――。


○○○


「最後は、わたしですね!」


 意気揚々と席についたのは最後の少女。

 先ほど俺にご飯を奢ってくれた天使のような女性だ。

 暖かな碧眼と翡翠のロングストレート。この最前線には似使わない初心者用の軽量鎧を身に纏った優しい少女――アナスタシア・フランツィスカ・フォン・ミュラーは、変わらないにこにことした笑顔で呟いた。


「み、皆さんがエリクさんに面接をしろと言ってきて、本当にすいません! でも、私としてはすぐにでもパーティーに入っていただきたいです!」 


「そもそも、なんで声をかけてきたのが俺なんだ?」


 純粋な疑問だった。

 この街になら、俺より適任はたくさんいたはずだから。

 ナーシャは何でその中から俺という人物に目をつけたのだろうか、と。


「エリクさんが、とてもお優しい目をしていたからですよ?」


「優しい、目?」


「はい! この方となら一緒に、魔王軍の方とお話しすることが出来るなって、思ったんです! 勇者と魔王軍で、本当の平和をつかみ取れる……と、いいなぁって、思ってますから!」


 魔王軍と話が出来る?

 何を言っているんだ、この勇者は――?

 勇者と魔王軍。この両者はこれまで決して相容れない種族として一千年間小競り合いを繰り返している。

 二、三度世界を巻き込む大戦に発展して、両軍多くの死者を出して一時的な和睦を結んだとしても、一世紀も経つと均衡は崩れてまた争い始める。

 その歴史を繰り返して、絶妙な関係を築き上げているのが現状だ。

 争うのが当たり前。本当の平和なんて――。


 彼女の言葉に絶句する俺に、ルイスとシュゼットは近寄ってくる。


「な。あいつ、筋金入りのバカ野郎だろう?」


「それでも魔王軍とわかり合える、話し合えると本気で考えているのが、彼女なんです」


 ナーシャは何やら慌てふためき始めた職員達を手伝うかのようにギルドカウンターに向かっていた。

 俺の肩を掴む二人は続ける。


「アタシは、アタシの夢を笑わなかったナーシャに一生付いていくんだ。いくらあいつの夢をバカにされたとしても、アタシ達だけはナーシャの夢を笑わない」


「ナーシャが本気で魔王軍とわかり合おうとするならば、私たちも全力でその方法を模索する。それが私たちの方針です」


「シンプルなウチのバカに付いていく気があんなら、アタシ達は誰でも歓迎するぜ」


「か、彼女を支えるヒトは多くなった方が、いいでしょうからね」


 二人はにっこりと笑みを浮かべてくれた。

 そうか。だから彼女らはこんなにも優しくて、温かいんだ――。


 二人が差し伸べてきた手を、返そうとした――その瞬間だった。


 ナーシャは慌てふためいたように俺たちの元へとやってくる。


「み、皆さん! 大変です、魔王軍が近隣の村々を襲ってまわってるようで、緊急クエストが出回ったんです!」


「そっか、でもな、ナーシャ。アタシ達の力だけじゃどうにもなんねーからそれは――」


「なので、クエスト受注してきました! 今すぐ止めるように言いに行きましょう!」


「ちょっとアナスタシア? なぜ私たちに許可を取らずにそんな緊急クエストを受け取ってくるんですか? 失敗したら違約金取られちゃう部類のものじゃないですか」


「で、でも! 苦しんでる人がいるのを見逃せません!」


「ん!? これよく見たら難易度Aランクじゃねーか! 幹部クラスの魔王軍なんて今相手取れねぇぞ!?」


「失敗したら、私たち無一文じゃないですか……!? お金が足りない……お金が……」


 ――やっぱ、このパーティーに入るの止めようかな。

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