Q.もしブラック企業(魔王軍)でこき使われていた次期魔王候補の俺が、勇者パーティー(ホワイト企業)にスカウトされたら?

榊原モンショー@転生エルフ12/23発売

第1話 パーティーメンバー、募集します!

『初心者歓迎! 悪と戦うお仕事です! 体験談:このパーティーに入って世界の素晴らしさに気付きました!』


 可愛らしい文字の下に、直剣が交差している絵が描かれた何とも緩い一枚のチラシを囲んで、三人は小さくため息を付いていた。


「やっぱり、結成したばっかの冒険者パーティーにわざわざ入ろうなんて偏屈野郎は初心者街にくらいしかいないんじゃないか? ここ、一応魔王軍との闘争の最前線だぜ?」


 テーブルの上に置かれる余った大量のチラシの一枚を掴む耳の尖った少女は、手に持っていた骨付き肉にかぶりついた。


「諦めるのはまだ早いですよ、ルイスさん! この街にもまだまだパーティーを組んでいない方はたくさんいるんです! その方達を待ちましょう?」


「ちょっと待てナーシャ!? アタシら別に残飯処理の受け皿要員募集してるんじゃないからな!?」


 そんなエルフ――ルイスの言葉を尻に、テーブルの周りにいる人々を見境なく勧誘するのはナーシャと呼ばれた少女だ。

 

「仕方がないでしょう。一番最初に行った初心者街、私たちは借金過多で出禁になりましたし……。これ以上だと我がパーティーの財政も悪化するばかりです。どこかのルイス大食らいアナスタシアお人好しのせいで、万年金欠。そろそろドンとした儲けを出さないと……!」


 赤縁の眼鏡をため息交じりに持ち上げたその少女、シュゼットをにまにまと見つめつつルイスは骨を突きつける。


「アンタだって、神へのお布施とか言いながら神儀に金使いまくってんじゃねーか、しっかりしてくれよ金庫番」


「か、神へのお布施は信徒として当然の行為です! そもそもあなた方二人の方が浪費は激しいじゃありませんか。あぁ、このままじゃまた1日を無駄に過ごしてしまいます!」


 三者三様。街の小さな冒険者ギルドでメンバー勧誘を行うことに絶望を感じつつあった三人の元に、それは現れた。


「なぁ、ナーシャ。それ、何だ?」


 エルフの耳をぴくぴくと動かしてルイスは、ナーシャが抱えている一人の男に目を向ける。

 男は半分呆然としながらも、目の前に広がっていた料理を美味しそうに一口、また一口と食べていく。


 その様子を聖母のようににっこりと眺めていたナーシャは、翡翠の瞳を輝かせていた。


「先ほど、道端で倒れているのを見かけましたのでご飯を差し上げていたのです」


「ま、待って下さいアナスタシア? そのお金、まさか……」


「アタシ達の晩飯代とかじゃ、ねぇだろうな?」


 ひくひくと頬が引きつるシュゼットとルイスに、「はい?」と明るい笑顔を浮かべるのはナーシャ。

 その手には空っぽの小包があった。

 そんなあっけらかんとした態度のナーシャに、二人はわなわなと打ち震えていた。


『こんの、お人好しがぁぁぁぁぁぁぁッ!!』


 ルイスとシュゼットの悲鳴じみた声が、冒険者ギルドに木霊した。


○○○


『初心者歓迎! 悪と戦うお仕事です! 体験談このパーティーに入って世界の素晴らしさに気付きました!』


 街の掲示板に貼られたその一枚のチラシを、俺は食い入るように見てしまっていた。


「な、何だよあの胡散臭いチラシ……」


最前線こんなところで募集か。熟練者しかいないここで集まるとしたら、仲間を失って心がボロボロになった奴等くらいしかいないだろうに」


「おとなしく初心者街でわいわいやってりゃいいものを」


 俺の前のチラシを見て嘲る冒険者もいるようだが、俺にはもうそんなものはどうでもいいとさえ感じていた。

 他の募集板では、特定魔法が使える人を募集しているようだが、あいにく俺は魔王軍に在籍していた魔族。魔族の中でも一部が身につける破壊魔法しか使えないのでそもそも募集要項を満たしていないのだ。

 というか、こんな魔法使ったらすぐ身バレして大騒ぎになるだろう。

 そんななかで見つけたこの一枚の募集は俺にとって藁にも縋りたいものだった。


 俺――エリク・アデルは魔王軍の第一大隊長だった。

 第一大隊長は、魔王軍の直属部隊の一つだが、その中でそれなりに位の高い部隊だ。

 俺としても、魔王軍に入隊して五年。異例の速さでここまで駆け上がったとは思っている。

 だが、魔王軍はあまりにブラック過ぎた。

 何十連勤か分からなくなるまで勤務する毎日。

 いつからか、飯の味が分からなくなった。

 魔王軍駐屯地での寝泊まりは当たり前。

 サービス残業のオンパレードに上からの圧力、下からの不満を一心に受ける中間管理職じみた仕事。


 そんな97連勤の最中、事件は起こった。


『第一大隊長エリクくん。魔王軍領に勇者パーティーが3つほど侵入してきたらしい。そいつらを倒して来て欲しいんだけど』


『は……っ! ガルロック連隊長! い、今からでしょうか! 俺、今から久々に帰宅する予定――』


『いやでもほら、あそこ一帯の管轄って君だよね?』


『ですが、先輩! もう身体もガタガタなので、今日だけは変わって欲しいんですが!』


『へぇ。でも、大変なのは皆一緒だよ? お前だけ楽をしたいならそれでもいいけど』


『……やります』


『うん、ありがとう。じゃ、ぼくの所の一個中隊貸してあげる。損失しないようにして欲しいけど、兵が損失したらその被害報告書と補充要員の選定書と武勲表彰はちゃんとやってあげておいてね。じゃ。ぼくはケルベロスちゃん達の散歩に行かなくちゃいけないからあとはよろしく~」


『ちょ、先輩!? そこも全部俺がやるんですか!? ま、待って下さ――!』


 結果、パワハラ上司からの命により勇者パーティーを追い返すことは出来たものの、とうとう大台の100連勤に到達した頃から先の記憶はあまりない。


 最後にした会話といえば……。


『第一大隊長。先日の勇者パーティー戦における損害状況なのですが――』


『うん……分かった』


『大隊長。補充要員なのですが、現在どこも人手不足と言うことで新たな志願兵を募りたいのですが――』


『うん……分かった』


『エリク大隊長、第三分隊長敷地内の城塞に流れ魔法が当たった事による苦情の報告が殺到していますがいかがいたしま――』


『もうこんなとこ知るかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


 ――そして俺は気付くと魔王軍から逃げ出していた。


 そこから先の記憶はないが、今いる場所はなぜか勇者が集う冒険者の街。

 魔王軍領と一般領のちょうど境に位置するために、日々双方の小競り合いを起こす冒険者街の最前線『オーデルナイツ』。


 怒濤の100連勤で発狂逃走した先にあったのが勇者領とは、何とも皮肉なもんだ。


 着用していた軍服もどこかに消えてしまっている。

 唯一残ったのは、緊急用の腰巾着。

 大方誰かに見つかったとて、俺は謎の死を遂げられた扱いになるかも知れないが、それはそれでいい。

 今はみすぼらしい焦げ茶色のローブを羽織ってはいる。

 これではまるで落ち武者だ。


 グゥゥ……。


 腹の虫も元気に鳴いている。

 そういえば、魔王軍領を飛び出してから何にも食べてないんだっけ……。


 そんなことを考えていると、一気に身体が脱力してきた。

 すると、そんな俺を心配そうに見つめる人影があった。


「あの、だ、大丈夫ですか!?」


「あなたは……?」


 少女に肩を担がれた俺は案内されるがままにどこかの建物の中に入る。


「アナスタシア・フランツィスカ・フォン・ミュラー、皆からはナーシャと呼ばれています。それより、お顔やつれているじゃないですか! ご飯、食べて下さい!」


「いやもう、お金もないし、今は――」


「そんなの私が立て替えますから! お姉さん、この方にとびっきり美味しい料理を持ってきて下さい!」


 近くの女性に声を上げたナーシャという女性。

 こんな見ず知らずの俺を助けてくれるとは、天使としか言いようがない。

 運ばれてきたご飯を口に運ぶ度に、涙がこぼれ出てきた。


 魔王軍に入って――いや、生きてきて、こんなに優しくされてきたのが、初めてだったから……。


「良かったです、泣いて喜んで下さると、私も嬉しいです!」


 俺の泣きに釣られたのか、ナーシャも涙を流す。

 その後ろで般若のような怒り顔をナーシャに送っているのは……この子の仲間だろうか。


「それはそうと――」


 ずいっと、こちらに顔を向けるナーシャ。


「勇者パーティーに興味はありませんか?」


 ナーシャの手に握られていたのは、先ほど俺も見ていたあのチラシだった。


「それなら、俺もついさっき見ていて入りたいと思っていたところです!」


「本当ですか! それは良かったです! では、是非ウチに!」


 そのチラシを見て、俺はすぐに言った。

 ここか、こんな天使が居る冒険者パーティーなら、俺はきっと幸せに――。


「ちょっと待った!」「ちょっと待って下さい!」


 ナーシャの差し出した手を振り払うかのように、後方の二人が挑発的な瞳で俺を見てきた。

 そのうちの、尖った耳の少女は言う。


「アタシらが面接をしてやろう。それに合格したら入れてやる! だれかれ構わずパーティーに入れると思ったら大間違いだ!」


 それを聞いて、もう一人の眼鏡の少女も呟く。


「突発的ではありますが、何の取り柄がない方を置くわけにはいきません。私たちを納得させることが出来れば、是非ウチのパーティーに来ていただきましょう」


 こうして、勇者パーティーに入るために、元魔王軍の俺の面接が始まったのだった。

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