僕と金魚
──ハッと息を吐いて目を覚ました。天井に向かって伸ばされた手をゆっくりと下ろす。
今のは……夢?
ぼんやりとした頭の中でさっきまでの出来事がぐるぐると巡る。
ひらりと舞う赤い尾鰭、デメ子、強い光……そこまで思い出すと、僕は慌てて飛び起きた。デメ子を入れていた水槽にドタドタと駆け寄る。どうか、どうか無事でいてくれと願いながら。
狭い水槽の中で、デメ子は腹を上にしてぷかりと水面に浮いていた。
「……デメ子」
さっきの夢はデメ子の最後の挨拶だったのか。それとも僕の勝手な妄想か。いや、きっと前者だろう。だって、僕は知らなかった。
「……デメ子。君、オスだったんだね」
僕は一人、部屋の中で静かに泣いた。
*
*
*
そんな遠い日の記憶が蘇ったのは、この賑やかな雰囲気のせいだろうか。
近所でやっていた、小さな縁日。焼きそばやたこ焼き、わたあめといった定番の出店が並び、子どもたちを中心にたくさんの人で賑わっている。あれから数十年の月日が流れたというのに、デメ子との記憶は昨日の事のようにするすると思い出された。
「おとーさーん!」
「おー」
「見て! 金魚! すくったの! 初めて! 一人で!」
興奮気味に喋る俺にそっくりな少年は、右手に持っていた透明なビニール袋を掲げた。
懐かしい、帯のような尾鰭をひらひらさせた真っ赤な金魚。口をパクパクと動かして、何か言いたげにこっちを見ている。俺はふっと笑みを浮かべた。
「帰ったらお母さんにも見せるんだ!」
袋の中で、赤い金魚がぴしゃりと跳ねた。俺はその小さな手を握る。
「マサキ」
「んー?」
「この金魚、大切にするんだぞ」
「うん!!」
どこかからヒグラシの鳴く声が聞こえてきた。
──嗚呼、もうすぐ夏が終わる。
金魚救い 了
金魚すくい 百川 凛 @momo16
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