僕と金魚


 ──ハッと息を吐いて目を覚ました。天井に向かって伸ばされた手をゆっくりと下ろす。


 今のは……夢?


 ぼんやりとした頭の中でさっきまでの出来事がぐるぐると巡る。


 ひらりと舞う赤い尾鰭、デメ子、強い光……そこまで思い出すと、僕は慌てて飛び起きた。デメ子を入れていた水槽にドタドタと駆け寄る。どうか、どうか無事でいてくれと願いながら。






 狭い水槽の中で、デメ子は腹を上にしてぷかりと水面に浮いていた。



「……デメ子」



 さっきの夢はデメ子の最後の挨拶だったのか。それとも僕の勝手な妄想か。いや、きっと前者だろう。だって、僕は知らなかった。



「……デメ子。君、オスだったんだね」



 僕は一人、部屋の中で静かに泣いた。










 そんな遠い日の記憶が蘇ったのは、この賑やかな雰囲気のせいだろうか。


 近所でやっていた、小さな縁日。焼きそばやたこ焼き、わたあめといった定番の出店が並び、子どもたちを中心にたくさんの人で賑わっている。あれから数十年の月日が流れたというのに、デメ子との記憶は昨日の事のようにするすると思い出された。


「おとーさーん!」

「おー」

「見て! 金魚! すくったの! 初めて! 一人で!」


 興奮気味に喋る俺にそっくりな少年は、右手に持っていた透明なビニール袋を掲げた。


 懐かしい、帯のような尾鰭をひらひらさせた真っ赤な金魚。口をパクパクと動かして、何か言いたげにこっちを見ている。俺はふっと笑みを浮かべた。


「帰ったらお母さんにも見せるんだ!」


 袋の中で、赤い金魚がぴしゃりと跳ねた。俺はその小さな手を握る。


「マサキ」

「んー?」

「この金魚、大切にするんだぞ」

「うん!!」


 どこかからヒグラシの鳴く声が聞こえてきた。


 ──嗚呼、もうすぐ夏が終わる。






金魚救い 了

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金魚すくい 百川 凛 @momo16

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