第52話 センパイから優しくされるだけじゃいや
私は、それまで漠然と抱えていた思いを少しずつ形作っていくように、言葉をつむぐ。
「私ね、中学校に入ってから、なかなか友だちができなくて辛かったの。でも、そんな時、美幽センパイに教わったんだ」
――誰かに優しくしてほしかったら、まずは自分から誰かに優しくしてあげること。
「私、それまで優しいって損なことだと思ってた。都合よく利用されるだけだって感じることがあったから。でも、センパイはちがったの」
美幽センパイの弾けるような明るい笑顔が思い浮かぶ。
「センパイは私にいつも優しくて、こんな私のことをかわいい、大好き、っていっぱい言ってくれて。すごく恥ずかしかったけれど、私はすぐにセンパイのことが好きになった。優しいって、やっぱりいいことなんだって、素直に思えたんだ」
いつも私のそばにいて、たくさんの勇気と愛情を与えてくれた美幽センパイ。
美幽センパイの見返りを求めない優しさがなかったら、今の私はない。
「センパイと友だちになれた時、甘い気持ちに満たされて、胸がぽかぽかと温かくなって、すごく幸せだった。それから、吉乃ちゃんと出会い、瞳子ちゃんとも心を通わせることができて、私の学校生活は鮮やかに輝き出した」
一人ぼっちだったころの私には、こんなに彩り豊かな未来が待っているなんて、夢にも思っていなかった。
「私が今こうして幸せを感じられるのは、友だちができなくて辛かった過去を経験していたからだと思う。あのころの痛みを知っているから、友だちのありがたみもすごく分かるし、感謝もできる。辛い過去があったから、今の私があるんだ」
生きていると不安なことはたくさんあるし、辛いこともたくさん経験する。
そのたびに胸が張り裂けそうになって、心が痛んで、息が苦しくなって、もう立ち直れないくらい暗い気分に沈んだりもする。
捨て去ってしまいたいほどの辛い過去を抱えることだってあるかもしれない。
でも、私は今、幸せに向かって生きていると信じたい。
投げ出したいほどの辛い過去でも、未来を明るく輝かせることにつながるんだって信じていたい。
だけど、私一人ではきっと乗り越えられなかったから。
「だから、今度は私が美幽センパイを助けたいの。優しくされているだけじゃいや。私もセンパイに優しさを返したい」
がんばれとか、大丈夫だよとか、口に出して言うのは簡単だ。
でも、簡単すぎて、かえってその人を突き放してしまうことだってあるかもしれない。
よかれと思ってかけた言葉が、かえって相手を孤独にしてしまうことだってあるかもしれない。
だから、私は美幽センパイに寄り添いたい。
辛い過去があるのなら、共有して、一緒に乗り越えていきたい。
私が苦しかった時にセンパイが助けてくれたように、私もセンパイを助けてあげたいんだ。
「もし、美幽さんがそれを望んでいなかったとしたら?」
「怒られちゃうかもしれないね。でも、きっと美幽センパイなら分かってくれると思う。だって、センパイは優しさの価値をちゃんと知っている人だから。たとえ叱られても、心のなかではきっと理解してくれるよ」
「信頼しているのですね」
「うん。センパイは私の自慢の友だちだもの」
私は吉乃ちゃんに微笑みかけ、最後に強く願い出た。
「だからお願い、吉乃ちゃん。美幽センパイの居場所を知っているなら、私に教えて! 私、センパイのことをもっと知りたい。この先もセンパイと支え合って生きていきたいの!」
吉乃ちゃんは私の正直な思いをただ静かに聞いていた。
そして、小さく息を吐くと、やがて口を開いた。
「旭さんは不思議な魅力を持った方ですね。あなたの優しさにみんな心ひかれていきます。もちろん、私もです。私が旭さんと友だちになりたいと思ったのは本心です。どうぞご安心を」
「吉乃ちゃん!」
私がほっと安心して笑顔をほころばせると、吉乃ちゃんもにこっと控え目に口角を上げて応えてくれた。
吉乃ちゃんはゆっくりと歩き出し、お堂の前で立ち止まった。そして、私をふり返った。
「旭さん。あなたはなぜ自分が美幽さんにずっと見守られていたのか、疑問に思っているようですね」
「吉乃ちゃんはその理由まで知っているの?」
吉乃ちゃんはふたたび踵を返し、お堂を見上げた。
「神様は美幽さんの記憶を消し去ったはずでした。けれども、美幽さんの記憶の片すみに、なぜか旭さんの面影だけは残ってしまった。それは本来ありえないことでした」
私は吉乃ちゃんに並び立ち、一緒にお堂を見上げた。
このお堂はこれまでいったいどれほどの人の願いを聞き続けてきたのだろう?
長い年月を積み重ねてきた、その歴史を感じさせる古いお堂は、静かな威厳をもって私になにかを語りかけているような気がした。
「旭さん。心優しいあなたになら、美幽さんの苦しみを救えるのかもしれません。あなたに美幽さんを託します」
吉乃ちゃんがお堂に向かって両手をかざす。
すると、お堂の扉がしぜんと開いた。
そのなかに、美幽センパイは横たわっていた。
はぁ、はぁ、と苦しそうに息をしながら、額に汗を浮かべ、顔をゆがめて目を閉じている。
「美幽センパイッ!?」
私はあわてて駆け寄り、美幽センパイの冷たい身体を強く抱き起こした。
たちまち、私のなかに美幽センパイの遠い記憶が流れこんできた――。
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