第49話 センパイの正体
いったいどれほどの時間があれば、大量の卒業アルバムのなかから美幽センパイの姿を見つけ出せるだろう?
まるで高く積み上げた砂山に木の棒を立て、少しずつ、少しずつ周囲を削っていきながら核心へと慎重に近づいていくような、そんな時間のかかる子ども遊びを連想する。
かといって、時間をかければかけるほど、美幽センパイが遠くへ行ってしまいそうで。
追いかけるなら今のうちだ! と分かっているのに、追いかけようとすればするほど美幽センパイが離れていくみたいで、すごく焦るし怖くなる。
でも、やるしかない。
どんなに難航しても、このなかから美幽センパイの居場所の手がかりを絶対に見つけるんだ。
私は一冊目を広げ、さっそく調べはじめた。
「あの、旭さん」
「なに、吉乃ちゃん?」
吉乃ちゃんに呼びかけられ、ふり返る。
吉乃ちゃんは涼しげな表情を少しも変えず、ある年度の卒業アルバムを開き、すっと私に差し出してきた。
「美幽さん、こちらにいましたけど」
「ええっ!? もう見つけたの!?」
「はい。たまたま最初に開いたページに載っておりました」
「もうっ! 吉乃ちゃん大好きっ!」
私は感極まって飛び上がり、吉乃ちゃんに抱きついた。
これだけの卒業アルバムのなかから、ものの数秒で美幽センパイを見つけ出してしまうなんて。それはもう人智をこえた神業なのだった。
三人で卒業アルバムをのぞきこむ。ちょうど十年前のものだった。
個人写真に目を落とす。
写真のなかで、整ったきれいな顔をほころばせ、はにかんだ笑顔を浮かべる少女。
まちがいない、美幽センパイだ。
『三年D組三十番 吉岡
それが美幽センパイのほんとうの名前だった。
瞳子ちゃんが眉をひそめる。
「ねえ、この写真、変じゃない?」
たしかに美幽センパイの写真は異質だった。
他の生徒の写真は、水色を背景にした、いかにも卒業アルバム用に撮られたと分かるものだった。
けれども、美幽センパイの写真はちがう。
美幽センパイの笑顔の背景には緑の木々が写っていた。つまり、日常の一場面を切り取ってそのまま貼りつけた写真なのだった。
「あっ!?」
私は開かれたページに他にも見知った顔を見つけ、驚きの声を上げた。
『三年D組担任 若杉恵子』
私たちの担任、若杉先生の十年前の顔がそこにはあった。
ほがらかさと厳しさが同居したような笑みは今も昔も変わらない。
ただ、髪は黒々としていて、肌も今よりずっと明るい。この十年の月日の重みを感じさせる写真だった。
個人写真のページを一枚めくってみる。
次のページには、クラスの当時の活動が一目で分かる写真がたくさん散りばめられていた。
合唱コンクール、運動会、修学旅行……どの写真も当時のクラスメイトの笑顔にあふれ、楽しげにはしゃぐ声まで聞こえてくるようだ。
けれども、肝心の美幽センパイの姿がすぐには見当たらない。
「美幽センパイ、いったいどこに写っているんだろう……」
私たちは真剣な目を凝らし、食い入るように写真を見つめた。
「ねえ、これじゃない?」
瞳子ちゃんが指さした写真は、ページの隅に小さく載っていた。
写真のなかで、美幽センパイはピースサインでいつもの優しい笑顔を浮かべていた。
そのとなりには、前髪が目にかかりそうな、おとなしそうな少女が立っていた。
一見暗そうな印象は受けるものの、小顔で、少し下がり気味の目元が優しそうな、きれいな子だった。
あれ? この憂いを帯びた感じ、どこかで見たような……。
写真のなかの少女をまじまじと見つめ、私はふたたび「あっ!」と声を上げた。
「これ、柳先生だよ!」
前のページに戻り、個人写真のなかに柳先生の姿を探す。
「いた!」
『三年D組二十九番 柳薬子』
スクールカウンセラー、柳薬子先生の出席番号は、なんと美幽センパイの一つ前だった。
今朝、相談室で柳先生が独り言のようにもらした言葉を思い出す。
――でもね、中学生のころの私にはそれが分かっていなかった。そして、消えてしまったあの子にも……
――叶うなら、もう一度会って謝りたい……。
柳先生がもう一度会いたいと言っていた、消えてしまったあの子って、もしかして美幽センパイのことなんじゃ……。
私のなかでずっと抱えてきた疑問が、春の雪解けのように溶けていく。
美幽センパイがどうして若杉先生に引っかかったのか?
なぜ柳先生を見たとたんに泣き出したのか?
それらの問いの答えは、すべてこの十年前の教室にあったんだ!
私は卒業アルバムを書棚にしまうと、強い調子で声を上げた。
「行こう! 真相を確かめに!」
その時だった。
年齢を重ねた、威厳のある落ち着いた声が司書室に響いた。
「いったいどこへ行こうと言うのです?」
声の主は、なんと若杉先生だった。
「司書の先生から連絡を受けて、様子を見に来ました。浅野さん、六条さん、守谷さん。あなたたちはいったいなにを調べているのです?」
若杉先生は目を鋭く光らせて、私たちに問いただす。
それはまるで、これ以上はもう詮索するなととがめるかのような怖い目だった。
瞳子ちゃんが思わず尻ごみする。
私もまた一瞬ひるみかけ、しかし持ち直した。
私は真相にたどり着かなくちゃいけない。
美幽センパイの過去を知り、美幽センパイの居場所の手がかりを見つけ出さなきゃいけないんだ!
私は気持ちをふるい立たせ、きっぱりと答えた。
「十年前、先生のクラスにいた吉岡美優という生徒について調べています」
若杉先生が大きく目を見開く。
「先生、教えてください! この時、いったいどんな事件が起こったのか? 美幽センパイの身にいったいなにがあったのか? 私たち、どうしても知りたいんです!」
私は声に力をこめ、若杉先生に強く訴えた。
若杉先生は眉根を寄せ、むずかしい顔をしていた。
けれども、やがて大きく息を吐き出すと、観念したように静かに告げた。
「ついて来なさい」
こうして、私たち三人は職員室のとなりにある面談室へと通された。
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