第七章 愛はいつもそこにある
第48話 センパイが『自立』しろって言ったんですからね
下校する生徒の波をよけながら、息を弾ませて図書室を目指す。
「急にどうしたのよ、旭!」
瞳子ちゃんが追いかけてきて、衝動的に飛び出した私をとどめようとする。
けれども、私はかたくなに前に進み続ける。
美幽センパイのことをもっと知りたい!
その切なる欲求に突き動かされて、止まってなんていられない。
もしかしたら、私はすごく怖い顔をしていたかもしれない。そのくらい、美幽センパイを思う気持ちは真剣だった。
肩で息をしながら図書室に駆けこむ。周りの生徒たちがぎょっとして私たちをふり返った。
私は前のめりになってカウンターに手を突き、奥にいた司書の先生に呼びかけた。
「はぁ、はぁ……。すみません、卒業アルバムを見せてもらえませんか!」
司書の先生は驚いたようだった。
けれども、私の勢いに押されたのか、そもそも閲覧してはいけない決まりもないと思い直したのか、とにかく私たちを司書室に入れてくれた。
奥の棚に、卒アルが年数順にきちんと並んでいた。ざっと三十冊はある。
瞳子ちゃんが思わず尻ごみする。
「うわ、このなかから探すの?」
「うん。瞳子ちゃん、卒アルのことを私に思い出させてくれてありがとう。あとは私のほうでやるから大丈夫だよ」
「なに言ってんの。乗りかかった船でしょ。事情はよく分からないけど、とりあえず一緒に探してあげるから、その美幽って人の特徴を教えなさい」
「瞳子ちゃん……」
瞳子ちゃんは書棚の前に腰をかがめ、一冊目をさっそく取り出した。
あまりの頼もしさに、思わず涙が出そうになる。
けれども、これまでずっと沈黙を保ってきた吉乃ちゃんがおもむろに口を開いた。
「ほんとうに美幽さんの過去をお調べしてよいのでしょうか?」
「吉乃ちゃん、どういうこと?」
「もし、美幽さんが過去を思い出して姿を消したのだとしたら、それはあまりよくない過去だったということ。それをわたくしたちが無遠慮にのぞいてよいのかどうか、もう一度よくお考えになったほうがよろしいかと」
それまで高ぶっていた私の感情が、吉乃ちゃんの静かな声によって急にしぼんでいく。
たしかに、吉乃ちゃんの言う通りだ。
私は美幽センパイの過去を知りたい。
だって、美幽センパイは私にとってかけがえのない大切な友だちだから。
けれども、美幽センパイはどうだろう?
美幽センパイにとって、過去は誰にも知られたくないものかもしれない。
もし、私たちが過去を知ることで、美幽センパイが傷ついてしまうのなら……。
私が今からしようとしていることは、余計なお世話でしかないのかもしれない。
私が悩んでいると、瞳子ちゃんが立ち上がった。
そして、吉乃ちゃんを見下ろしながらつめ寄った。
「あのね、卒アルよ? 卒業生全員に配られているものよ? 誰が見たっていいに決まっているじゃない」
「瞳子さんは、もう少し人の気持ちを考えたほうがよろしいかと」
「失礼ね、考えてるわよ。美幽って子にとって知られて困るような過去なら、ちゃんと知らないふりをするし。それに、もし美幽にとって過去が辛いものなら、私たちが塗りかえてあげればいいじゃない」
瞳子ちゃんははっきりと言い、さらに語気を強める。
「私たちは過去を生きているんじゃない、今を生きているの。だから、過去より今のほうがずっと大事なの。もし私たちが美幽の過去を知ることで、美幽の今がもっと輝くのだとしたら、私はそっちの可能性にかけるべきだと思う」
瞳子ちゃんの言葉は、私の胸を貫くほどにストレートに響いた。
ああ、これが瞳子ちゃんの強さなんだ。
まっすぐで、純粋で、力強くて、ほんの少しの迷いもない。
時に行きすぎてしまうこともあるけれど、瞳子ちゃんのキラキラとしたまぶしさに私はすごく憧れる。
瞳子ちゃんは私をふり返った。
「で、どうするの、旭?」
すべては私に委ねられた。
ふと、美幽センパイの切なげな泣き顔が頭に浮かんだ。
自分がどんな人間だったのかを思い出したと言って泣く美幽センパイは、明らかに弱っていた。
柳先生は言っていた――助けたり助けられたり、そうやって支え合える人が、ほんとうに『自立』した人なんだ、って。
ついに私は覚悟を決めた。
――美幽センパイが私に『自立』しろって言ったんですからね。
瞳子ちゃんと吉乃ちゃんの顔を見て、私は意志を伝えた。
「調べよう。私は知りたい。美幽センパイの過去になにがあったのか。そして、今も美幽センパイが過去に苦しんでいるのだとしたら、私は助けてあげたい」
私の言葉に吉乃ちゃんは小さく息を吐き、瞳子ちゃんは明るい声を弾ませた。
「そうこなくっちゃ! さあ旭、美幽って子の特徴を早く教えなさい」
瞳子ちゃんは手にした卒業アルバムをぺらぺらめくり、私に催促する。
「えっと、すらりと背が高くて、髪が長くて、前髪を切りそろえていて、美人で優しくて……」
「この人?」
「ううん、ちがう」
「分かるかい!」
瞳子ちゃんにツッコまれ、私は苦笑した。
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