第47話 センパイの調べもの

 私はなかなか立ち直れず、一日をずっと保健室で過ごしていた。

 そして、終礼が近づくころ、私はある事実に気づいた。


「あっ。バッグ、教室に置きっぱなしだ」

 

 教室にスクールバッグを置き去りにしてきたことを今になって思い出す。

 教室では終礼が行われている時間だった。


 今日は朝に教室に行ったきり、ずっと保健室で過ごしていた。

 そんな私が終礼だけ教室に顔を出すのはどう考えても変だし、恥ずかしい。

 仕方ない。みんながいなくなった放課後にでもこっそり取りに行こう。

 そう考え、保健室でしばらく時間をもてあましていると、


「失礼します。浅野旭さんはいますか?」


 突然、聞きなれた声が耳に届いた。


「吉乃ちゃん。それに瞳子ちゃんまで」


 声の主は吉乃ちゃんだった。その後ろには瞳子ちゃんの姿がある。


「旭さん、鞄をお持ちしました。調子はいかがですか?」

「ありがとう。だいぶよくなったかな」


 吉乃ちゃんたちはわざわざ私のスクールバッグを保健室まで届けてくれたのだった。

 私は起き上がり、ベッドの端に座る。そして上履きに足を差し入れた。

 瞳子ちゃんは私の顔をまじまじと見つめた。


「どうしたの、瞳子ちゃん? 私の顔になにかついてる?」

「ううん、そうじゃないけど」


 瞳子ちゃんは心配そうに眉をひそめ、一瞬のためらいの後、私にたずねてきた。


「旭、もしかして悩みでもあるの?」

「えっ?」


 とまどう私に瞳子ちゃんはさらに顔を近づけ、疑り深い目を向ける。


「だって、昨日まであんなに元気だったのに、今朝になって急に具合が悪くなるなんておかしいじゃない。なにかいやなことでもあった? 私たちにできることがあるなら協力するから、正直に話しなさい」


 瞳子ちゃんの言葉に、吉乃ちゃんが微笑をこぼす。


「ふふ、瞳子さんはお優しいのですね」

「べっ、別に優しくなんかないわ。普通のことでしょ。友だちが困っていたら力になってあげたいと思うのは当然じゃない。ただそれだけよ」


 瞳子ちゃんはわずかに頬を赤くして、ぷいっと横を向いてしまう。

 そんな瞳子ちゃんの気恥ずかしそうな様子に、私もつられて笑う。心がぽっと温かくなった。


「ありがとう、瞳子ちゃん。でも大丈夫……」

「大丈夫じゃないでしょう。もうお見通しなんだから、ちゃんと話しなさいっての」


 瞳子ちゃんは腰に手を当て、あいかわらずの押しの強さで迫ってくる。

 ついに私は観念した。


「実は、大切な友だちがいなくなっちゃって」

「友だちがいなくなったァ?」


 瞳子ちゃんは不思議そうな顔で前のめりに問いを重ねてくる。


「友だちって、この学校の生徒?」

「たぶん、そうだと思う」

「たぶんってなに? 何年何組の誰?」

「美幽センパイっていう人なんだけど、ずっと前に卒業しているんじゃないかな」


 美幽センパイは私たちと同じ翠山女学院の制服をいつも着ている。でも、デザインがわずかに異なるから、古い制服なのかもしれない。


「名字も分からないの? 友だちって言うわりには、ずいぶん曖昧なのね」

「うん。私もまだ知らないことが多くて」

「どこで出会ったの?」

「四階の奥のトイレ」

「はぁ? なんで卒業生がうちのトイレにいるのよ」


 ますます分からないと顔をしかめる瞳子ちゃん。

 たしかに、今の説明じゃわからないよね。でも、いつも強気なようで実は怖がりな瞳子ちゃんに、実は幽霊の話でした、なんて言えるはずないし。

 それでも瞳子ちゃんは私の力になろうと熱心にたずねてくる。


「写真とかないの?」

「ごめん、写真も撮ってなくて」


 美幽センパイを撮ってもなにも写らないことは、動画で確認済みだ。

 瞳子ちゃんはお手上げだと言わんばかりに肩をすくめ、音を上げた。


「あーあ。写真があれば、卒アルを見れば分かると思ったんだけどなー」

「――ッ!?」


 瞳子ちゃんが放ったなにげない一言は、私に大きな衝撃を与えた。


「そっか、卒アル! なんで気づかなかったんだろう!」


 私の耳に、数日前の美幽センパイの声がよみがえる。



――ごめんごめん。昨日夜まで調べものをしていたから、起きるのが遅くなっちゃって。



 美幽センパイが調べていたのは、きっと卒業アルバムだ。

 小町センパイだって教えてくれたじゃないか。



――司書室に卒アルが並んでるじゃん? あれが、いつの間にか順番がばらばらにしまわれていたんだって。


――それが、目撃者が一人もいないんだって。



 もし美幽センパイが犯人だとしたら、目撃者なんていないに決まっている。

 夕暮れ色に染まる稲荷神社の境内で、私に優しく微笑みかけながら、涙をこぼす美幽センパイのさみしげな顔が頭に浮かぶ。



――私、思い出しちゃったの。私がかつてどんな生活を送っていたのか……あの時なにができなかったのか……どんなにひどい人間だったのか。



 美幽センパイは卒業アルバムを調べ、やがて自分の過去に行きついた。

 そして、いつもはきちんとしている美幽センパイが、順番通りに並べられないほど取り乱した。


 いったい、卒業アルバムにはなにが写っていたの? 

 そして、美幽センパイはどんな記憶を取り戻したの?


 私は机に置かれたスクールバッグをひったくるように取ると、肩にかけ、勢いよく保健室を飛び出した。

 瞳子ちゃんの甲高い声が背中を追いかけてくる。


「ちょっと、なに!? 旭、待ちなさい! なんで急に元気になるのよ~っ!?」


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