第30話 センパイとずっと友だちでいたい

 家に着くころ、すでに陽は沈み、うす暗い空には細い月が白く浮かんでいた。

 美幽センパイはエプロン姿に変身するとキッチンに立ち、ハンバーグを作ってくれた。

 そして、私がおいしく食べているのを嬉しそうに眺めながら、たずねてきた。


「旭ちゃん、部活はどうだった?」

「緊張しました~。でも、小町センパイたちが優しくて、すごく楽しかったです」


 今日、初めて部員として正式に文芸部に参加した。

 部室では今日も好きなアニメの話で盛り上がった。

 趣味が重なる人たちの集まりは、教室とはちがった居心地のよさがある。


「吉乃ちゃんも楽しそうだったね」

「はい。やっぱり私、吉乃ちゃんのことを警戒しすぎていたのかも」


 普段は教室の隅で静かに過ごしている吉乃ちゃんも、部活では会話に加わり、一緒になって笑っていた。

 吉乃ちゃんにはどうやら美幽センパイが見えていないようだ。

 そうなると、美幽センパイが教室で感じた視線の正体がいよいよ気になってくるけれど、とりあえず吉乃ちゃんではなかったことにホッとした。


「よかったわね、旭ちゃん。これで安心して吉乃ちゃんと友だちを続けられるね」


 美幽センパイは軽やかに声を転がせる。

 けれども、私は『友だち』という単語を聞いて、胸をしめつけられるような切ない痛みも感じるのだった。


 昼休みにカフェテリアで吉乃ちゃんから告げられた言葉が耳によみがえる。



――困ったことがあったら、包みかくさず、なんでも話してくださいね。わたくしたちは友だちなのですから。



 私は小町センパイに誘われて文芸部に入り、そこで偶然吉乃ちゃんと出会った。

 それから毎朝あいさつを交わし、一緒にお昼を食べるようにもなった。

 出会ってまだ日は浅いけれど、私たちはお互いを友だちだと認め合っている。


 吉乃ちゃんとはこの先も友だちでいたい。

 せっかく築きはじめたこの関係を、ずっと大切にしていきたい。

 それなのに……。


 私は、その大切な友だちにかくし事をしている。

 幽霊が見えるという、誰にも打ち明けられない秘密を抱えている。

 ほんとうの友だちなら、かくし事なんてしないよね、きっと……。


 そんな暗い考えがふと頭をよぎり、私は表情をくもらせた。

 私は美幽センパイにたずねた。


「吉乃ちゃんにちゃんと打ち明けたほうがいいんですかね? 美幽センパイが見えること」

「旭ちゃんはどうしたい?」

「私は……どうしたいんだろう?」


 美幽センパイの穏やかな目にたずねられ、私は返事につまった。

 正直なところ、自分の気持ちがよく分からない。


 ほんとうの友だちなら秘密を明かすべきだという気持ちと、美幽センパイの存在を誰にも知られたくないという気持ち。

 そのどちらも本物だから、どちらか一方を選べなくて迷ってしまう。


 私が考えあぐねていると、美幽センパイは窓際へと歩み寄り、暗い空に浮かぶ細い月を見上げた。


「旭ちゃんはお月様をきれいだと思う?」

「はい、きれいだと思いますけど」

「お月様ってね、地球には裏側を見せないんですって。それでも私たちはお月様を美しいと感じ、心ひかれている。友だち関係にも重なるところがあるんじゃないかしら」

「つまり、相手に見せない部分があっても、美しい友情は築けるってことですか?」


 美幽センパイは私をふり返り、うなずいた。


「すべてをさらけ出さなくても、会えば声を交わすし、たまに一緒に食事もする。旭ちゃんにとって、それは友だちじゃない?」

「いえ、それでも友だちだと思います」

「じゃあ、吉乃ちゃんとの関係も今はそれでいいんじゃないかしら」


 美幽センパイは優しく微笑み、しんみりとした口調で続けた。


「『友だち』って言葉は重たくて、私たちはこの言葉につい多くを求めてしまう。でもね、私、時々思うの。一人の人間にできることって、案外限られているんじゃないかって」


 美幽センパイのいつもの伸びやかさは影をひそめ、声には憂いの色がにじんでいる。


「私は幽霊だから、旭ちゃんを守るだなんて言っておきながら、たいしたことはしてあげられないかもしれない。私の過去だって分からないし、もし過去を知りえても、旭ちゃんにすべてを打ち明けられないかもしれない」

「センパイ……」

「それでも、私は今の私にできる精いっぱいのことを旭ちゃんにしてあげたい。たとえ私にできることが些細なことに過ぎなくても、それを積み重ねて、旭ちゃんとずっと友だちを続けていきたい。旭ちゃんはどう?」

「私も同じ気持ちです。私だってセンパイとずっと友だちでいたいです」


 美幽センパイのすべてを知らなくてもいい。

 お互い、相手にしてあげられることが些細なことに過ぎなくたってかまわない。

 どんな条件であっても、私にとって美幽センパイがかけがえのない大切な友だちであることに変わりはない。

 だから、美幽センパイが私を求めてくれるなら、私だって精いっぱい応えたい。


「旭ちゃん。これからも友だち同士、些細なことでも積み重ねて、強い絆にしていきましょうね」

「はいっ!」


 私は美幽センパイのとなりに並び立ち、爪先のように細く光る月を見上げた。


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