第29話 センパイ、私って名探偵ですか

 昼休み。

 四時間目の授業からようやく解放され、吉乃ちゃんが廊下に出ていく。

 私はあわてて吉乃ちゃんの小さな背中を追い、声をかけた。


「きっ、吉乃ちゃんっ!」


 声にしぜんと力が入ってしまう。

 吉乃ちゃんが驚いたように目を丸くしてふり返る。


「旭さん、どうかなさいましたか?」

「えっと、その……吉乃ちゃん、また昨日みたいに一緒にお昼食べない?」

「わたくし、今日はお弁当を持ってきておりまして」

「だったらさ、お弁当を持ってカフェに行こうよ。私、吉乃ちゃんと一緒に食べたい」

「カフェにお弁当を?」

「たまに見かけるよ、カフェでお弁当食べてる人。それに、私がちゃんと注文するから大丈夫だよ。ねっ、行こっ」


 私は笑顔をとりつくろい、必死に吉乃ちゃんをカフェへと誘い出す。

 なぜ吉乃ちゃんが幽霊の話ばかりを持ち出すのか?

 はたして吉乃ちゃんには美幽センパイが見えているのか?

 吉乃ちゃんにまつわるこれらの謎を、私は解き明かさなければならないのだ。


 私は祈るような気持ちで返事を待った。

 すると、吉乃ちゃんはわずかに口角を上げた。


「ふふ、分かりました。ご一緒いたします」

「えっ、いいの!?」

「はい。旭さんの熱心なお誘いを断るわけにはいきませんから」

「ありがとう、吉乃ちゃん!」


 よかった。なんとか無事に吉乃ちゃんを誘い出すことに成功した。


 カフェを目指し、一緒に階段を下りていく。

 吉乃ちゃんが歩くのに合わせて、手にした黄色い縦長のランチバッグが前後に揺れている。


「ねえ。吉乃ちゃんのランチバッグ、大きくない?」


 一人の食事には不釣り合いな大きさを指摘すると、吉乃ちゃんの頬にぱっと朱が散った。


「実は、大好きなお稲荷さんを作っていたら、つい気分が高揚してしまいまして」

「それで大量に作っちゃったんだ」

「はい……」


 吉乃ちゃんは正直にそう打ち明けて、恥ずかしそうにうつむいた。

 やっぱり、美幽センパイの言う通り、私の警戒しすぎなのかな? 

 良家のお嬢様っぽいおしとやかな仕草を見ていたら、そんな気持ちになってきた。


 その美幽センパイは、今日の昼休みも席を外すと言ってどこかに行ってしまった。

 もう、私に大役を任せて、肝心な時にはいなくなっちゃうんだから。

 幽霊って自由で気まぐれで、ちょっぴりうらめしい。


 カフェのカウンターで、注文したきつねうどんを受け取る。

 昨日、吉乃ちゃんがあまりにおいしそうに食べていたから、ひそかに気になっていたんだよね。


 私たちはいつもの奥まった席に向かい合って座った。

 吉乃ちゃんはランチバッグから三段重ねのお弁当を取り出し、ふたを開けた。

 なかには黄金色に光り輝くお稲荷さんがびっしりとつまっていた。


「よければ旭さんも召し上がりませんか?」

「えっ、もらっていいの?」

「はい。たくさんありますので、どうぞ」


 吉乃ちゃんの厚意に甘えて、箸を伸ばす。そして、吉乃ちゃん手作りのお稲荷さんを頬ばった。

 たちまち、油揚げ特有の染みこんだ甘さと、酢飯のほのかな酸味が口のなかで絶妙なハーモニーを奏ではじめた。


「なにこれ、すっごく美味しい! 吉乃ちゃん、神すぎる!」

「めっそうもない。わたくしは神様ではなく、その使いの者でして」

「使いの者?」

「いえ、こちらの話でございます」

「ふぅん……?」


 吉乃ちゃんはすごく真面目な顔で、恐縮しながら首を横にふる。

 それくらい美味しいって意味だったんだけど、吉乃ちゃんには通じにくかったのかな? おかげで会話が変な感じになっちゃった。


 それより、私には聞かなくちゃいけないことがある。

 吉乃ちゃんの謎を解き、真実を知るまでは、お稲荷さんをゆっくり味わっている余裕などないのだ。

 私はうどんを一本すすると、探偵になった気分でさりげなく聞きこみを開始した。


「ところでさ。吉乃ちゃん、朝言ってたじゃない? 家庭科室が荒らされていたのは幽霊のせいじゃないかって。どうしてそう思ったの?」


 たずねながら、心臓がドキドキと速い鼓動を刻みはじめる。

 吉乃ちゃんはいったいなにを語るだろう?

 私はかたずを飲んで返事を待った。

 すると、吉乃ちゃんはいつもと変わらぬ淡々とした調子で教えてくれた。


「この学校には幽霊が出る、といううわさを聞いたものですから」

「理由はそれだけ? もしかして、吉乃ちゃんには幽霊が見えていたりしない?」

「ふふ、旭さんには見えるのですか?」

「う、ううん。わ、私には幽霊なんてぜんぜん見えないよ!」


 逆にたずねられて、ドキッ! と心臓が大きく跳ね上がった。

 どうしよう……。もしかして、吉乃ちゃんに怪しまれた!?


 恐るおそる吉乃ちゃんの表情をうかがってみる。

 すると、吉乃ちゃんはお稲荷さんを口にくわえ、「美味でしてー」と幸せそうに頬をゆるめていた。

 私もほっこりと和んでしまった。


 こほん、と軽く咳ばらいし、仕切り直す。


「つまり、吉乃ちゃんはこの学校にある幽霊のうわさを信じて、幽霊のせいじゃないかって言ったってこと?」

「はい。それ以外にどのような理由がありましょう?」


 吉乃ちゃんはきょとんとした顔で首をかしげる。


 なぁんだ、そういうことか。


 吉乃ちゃんは人がよさそうだから、根も葉もないうわさでもすぐに信じちゃいそうだもんね。

 吉乃ちゃんは学校のうわさを鵜のみにして幽霊の話を持ち出しただけだ。けっして幽霊が見えているわけじゃない。

 そう分かったら、全身からするりと力が抜けてきた。


「吉乃ちゃん。簡単にうわさとか信じないほうがいいよ。世の中には悪い人だっているんだからね」

「ご忠告、痛み入ります」


 私がアドバイスしてあげると、吉乃ちゃんはこくん、と素直にうなずいた。

 私はようやく安心して、伸びかけたうどんをすすった。

 まったく、名探偵も楽じゃないよね。


 すると、吉乃ちゃんがお稲荷さんを食べながら、ぽつりとつぶやいた。


「旭さんこそ、狐に簡単に化かされないでくださいね」

「ん? どういうこと?」

「ふふ、そのままの意味です」


 そう言われても、私の頭上には「?」マークが浮かんだままだ。


 吉乃ちゃんはふわりとしてとらえどころのない不思議な子だ。

 幽霊が出るとか、狐に化かされるとか。

 吉乃ちゃんがその手のうわさや迷信をに受けてしまう子だってことが、今回の聞きこみでよく分かった。

 私の名探偵ぶり、美幽センパイにも見てほしかったな。


 吉乃ちゃんは静かにお茶を飲み、まっすぐ私を見つめて言った。


「旭さん。困ったことがあったら、包みかくさず、なんでも話してくださいね。わたくしたちは友だちなのですから」


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