第22話 センパイ、夜中に枕元に立つ気ですか
文芸部の見学に行った帰り、私は美幽センパイと一緒に稲荷神社に立ち寄った。
夕日に沈む、人気のない静まり返った参道を二人並んで歩いていく。
「旭ちゃん、どうして急にここへ?」
「お願いしておこうと思って」
「お願い?」
「はい。お父さんが入部を許可してくれますようにって」
ああ、と美幽センパイが納得顔でうなずいた。
「やっぱり文芸部に入部することに決めたのね」
「できればそうしたいなって。さっき、すごく楽しかったから」
文芸部の部室で過ごした時間は、私にとって特別なものだった。
好きなアニメやライトノベルの話を思い切りしても、誰も否定しない。
むしろ一緒になって盛り上がり、共感を示し、私の趣味を受け入れてくれた。
学校にあんな場所があったなんて、ちょっと信じられない。
思い出すだけで、今でも胸がドキドキと高鳴った。
「センパイの言う通り、好きなものでつながれる関係っていいですね」
「でしょう。缶バッチつけておいてよかったね。明日からもつける?」
「い、いえ! もうつけません! ほんとうに恥ずかしかったんですから」
私が顔を赤らめながら抗議すると、美幽センパイは楽しそうに笑った。
「教室のみんなも、旭ちゃんのことを知れば、きっと受け入れてくれるわ」
「でも、オタクだと思われたらどうしよう……」
「大丈夫、大丈夫。女子校なんてオタクの
「センパイ。そんなことを言ったら、みんな気を悪くしますよ」
美幽センパイはとんでもないことをさらりと言い、私は微苦笑を浮かべた。
「旭ちゃんのお父さん、入部を認めてくれるといいわね」
「うーん……。打ち明けるタイミングがむずかしそう。お父さんの機嫌がよさそうな時を狙わないと」
お父さん、掃除しろ、洗濯物を取りこめ、勉強しろ……って、いつもうるさいから。
機嫌が悪い時に言ったら、入部なんてとんでもない、と叱られてしまうかもしれない。
「なんなら、夜中に旭ちゃんのお父さんの枕元に立ってあげましょうか? 旭ちゃんの入部を認めなかったら呪うぞォ~って」
美幽センパイは胸の前で手首を折り、うらめしや~、とおどけてみせる。
「あはは。それはいくらなんでも気の毒すぎますよ。大丈夫です。自分からちゃんと言います」
幽霊に呪われるなんて、怖すぎる。私はもっとおだやかに入部したいのだ。
美幽センパイがうらやましそうに声をもらした。
「いいなぁ。私も文芸部に入っちゃおうかな」
「じゃあ、私と一緒に入ります? センパイが入部したら、まさに幽霊部員ですね」
私たちは笑い合った。
それからお堂の前までやって来ると、賽銭箱にお金を入れ、手を合わせた。
美幽センパイは神妙な顔をしてじっとお祈りをしている。
もしかして、私のことをお願いしてくれているのかな? 美幽センパイ、優しいから。
聞いてたしかめたい気がしたけれど、聞くのもなんだか無粋な気がして、私は静かに言葉を飲みこんだ。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「はい」
美幽センパイの声にうながされ、参道をふたたび並んで歩く。
あいかわらず境内に人気はなく、奥に置かれたブランコもすべり台も、私の目にはなんだかさみしげに映ってしまう。
子どものころ、お母さんに連れられてあんなに遊んだ場所なのにな。
あのころは、もう少し人がいたような気がするけれど。なにしろ三歳のころの話だから、お母さんの記憶以外はあいまいだ。
私は急に童心にかえってブランコに乗りたくなった。けれども、美幽センパイに子ども扱いされるのがいやで、自重した。
鳥居に向かって歩く途中、私はふと足を止めた。
「
本来、対をなしているはずの狛狐の石像の一つが、やっぱり今日も見当たらない。
美幽センパイも狛狐のいない台座を眺めながら不思議そうに首をひねる。
「おかしいわね。先月ここを訪れた時には、たしかにあったのだけど……。メンテナンスでもしているのかしら?」
「かもしれませんね。まさか狐が勝手に出歩くわけがありませんから」
「旭ちゃん。今度来たら、代わりに狐のぬいぐるみでも置いていきましょうか」
「ふふっ、いいですね。お参りに来た人たち、みんなびっくりしそう」
美幽センパイのいたずらを想像したら、なんだか楽しくなってきた。
もちろん、ぬいぐるみは後でちゃんと回収しなきゃだけど、誰も傷つかないいたずらなら、多少はね?
やがて、私たちは赤い大きな鳥居を抜け、大通りへと戻ってきた。
すると、私は学校のほうから歩いてくる一人の少女の姿を見つけた。
「あれ? 吉乃ちゃん?」
私が驚いて声をかけると、向こうでも私に気づいたのか、目を丸くした。
「ごきげんよう、旭さん。本日は文芸部に来てくださり、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ。吉乃ちゃんの家って、こっちのほうだったんだ」
「はい、この近くです」
吉乃ちゃんは淡々と言い、ていねいにおじぎをする。
「では、失礼いたします」
「うん。ばいばい」
私は小さく手をふり、吉乃ちゃんを見送った。
吉乃ちゃんは鳥居をくぐり、参道の奥へと消えていく。
どうやら吉乃ちゃんも稲荷神社にお参りしてから帰るみたいだ。
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