第21話 センパイ、部活の見学に行くんですか

「うーん……」


 夜、私はリビングのソファで足を抱えて丸くなり、うなっていた。

 となりでは美幽センパイが好きなアイドルが出ているバラエティ番組を眺め、ケラケラ笑っている。


「どうしたの、旭ちゃん? お通じがよくないの?」

「ちがいます! そうじゃなくて、明日、文芸部に行ったほうがいいのかなって」

「せっかく誘ってもらったんだもの。行けばいいじゃない」

「でも、行ったら入部することになりません?」

「今は見学期間なんでしょう?」

「たしかにそうですけど」

「旭ちゃんは読書と『ときめきハーモニー』が好き。そして、文芸部の子たちは旭ちゃんと共通の趣味を持っている。きっといい友だちになれるわ」

「でも、文芸部って小説を書くんですよね? 私、書いたことないし、書いてもとうてい人に見せられるような代物にはならないと思うんですけど」

「あれこれ思い悩むより、まずは一歩を踏み出しましょう。ファイトよ、旭ちゃん!」


 美幽センパイはチアリーダーの姿に変身し、ポンポンをふって私を応援してくれた。

 美幽センパイの気持ちは嬉しい。でも、性格が引っ込み思案だから、どうしても心配になってしまう。

 やがてバラエティ番組が終わり、美幽センパイが立ち上がった。


「それじゃ、私そろそろ帰るわね」

「今日も学校に帰るんですか? うちに泊まっていけば……」

「ううん、やっぱり帰らなきゃ。明日また学校でね」

「分かりました。おやすみなさい」


 美幽センパイは今日も律儀に学校へと帰っていく。

 美幽センパイを見ていると、どうも学校に強い思い入れがあるように感じる。

 もしかして、美幽センパイが幽霊になった理由って、学校となにか深い関係があるのかな?





 翌日、放課後。

 私は美幽センパイと一緒にクラブ棟にある文芸部の部室をたずねた。


「し、失礼します」


 今にも消え入りそうな声でぼそっと言うと、長机を囲んで座っていた四人の生徒がいっせいに私の顔を見上げた。

 小町センパイが椅子を蹴って勢いよく立ち上がる。


「旭ちゃん、来てくれたんだ!」

「ど、どうも」


 小町センパイは私の手を引いて部室の奥へと誘いこむ。そして、みんなの前に私を立たせた。


「みんな、新入生が見学に来てくれたよ!」

「は、はじめまして。一年C組、浅野旭です。よろしくお願いします」

「旭ちゃんはね、なんと『ときハモ』のタクト推しなんだよ!」


 小町センパイのその一言で、わあっ! と部室がわいた。

 私が好きなものを知って、みんなが盛り上がってくれている。

 それが嬉しくて、私の口元にもしぜんと笑みがこぼれた。

 私のとなりに浮かんでいる美幽センパイもまたにこやかに笑っていた。


「ほらね、旭ちゃん。缶バッチつけておいてよかったでしょう?」

「た、たまたまです。ほんとうに恥ずかしかったんですからね。もういたずらしないでくださいね」


 私は唇を小さくとがらせて、美幽センパイに念を押した。

 小町センパイは私の両肩に手を置くと、押し出すように私を座席へとうながす。


「旭ちゃんは吉乃きつのちゃんのとなりに座ってくれるかな。同じクラスでしょう?」

「えっ?」


 私はかしこまって座っている「吉乃ちゃん」と呼ばれた少女を見下ろした。

 たしか守谷もりやさんっていったっけ。教室の一番後ろの席にいた気がする。

 おかっぱで色が白く、ややつり目がちで、大和撫子を絵に描いたような日本人形みたいなきれいな女の子だ。

 私が腰を下ろすと、守谷さんはうやうやしくおじぎをした。


「守谷吉乃と申します。浅野さんとお話をするのは初めてでしたね」

「あ、浅野旭です。今日は見学に来ただけで、まだ入部するかどうかは決めていなくて……」


 私はもじもじしながら正直に打ち明けた。

 すると、小町センパイが私たちに明るい声をかけてくれた。


「固いなァ、二人とも。下の名前で気軽に呼び合えばいいじゃない。友だちなんだからさ」


 私たちは顔を見合わせ、とまどいがちに小町センパイの言葉に従う。


「よろしくお願いいたします。旭さん」

「こ、こちらこそよろしく。吉乃ちゃん」


 よそよそしく名前を呼び合う私と吉乃ちゃん。

 それから、急におかしさがこみ上げてきて、二人でくすっと笑い合った。

 くすぐったいような照れくささに、頬がほの赤くなっていく。


 それから、私は一時間ほど文芸部の部室で過ごした。

 小町センパイをはじめ、文芸部のみんなは私を質問攻めにした。


「『ときハモ』のほかに好きなアニメはある?」

「ゲームはするの?」

「どんなジャンルの本が好きなの?」

「最近ハマっているラノベは? 好きな声優は?」


 矢つぎ早にたずねられ、私はドギマギした。

 質問に答えながら好きな気持ちを語っていくと、言葉にもだんだんと熱がこもってきた。

 文芸部員の皆さんは嬉しそうにずっと私の話を聞いてくれた。





 やがて私は一人先に部室を離れ、学校の正門を出ていった。

 空には美しい夕焼けが広がっている。

 心地よい高揚感と充実感が私を包みこんでいる。

 美幽センパイが口元に笑みを浮かべながら私にたずねてきた。


「どう? 旭ちゃん、入部する気になった?」

「そうですね。一応、お父さんに聞いてみようかな」


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