第20話 センパイ、私にいたずらしないで

 六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。

 一緒に授業を聞いていた美幽センパイが、大きく伸びをした。


「ん~。ようやく今日の授業が終わったわね~」

「センパイ、途中で飽きてませんでした?」

「あはは、バレた?」


 授業中、急に宙を舞いはじめたり、壁に寄りかかって居眠りをはじめたり。あれだけ集中力を欠いていれば、誰だってすぐに気づく。

 まもなく担任の若杉先生がやって来て、終礼がはじまった。


「最近、教室が荒らされていたり、物がなくなったりと、物騒な事件が起きているようです。放課後もマナーを守って行動すること。いいですね」


 そんな事件があったんだ。なんだか怖いな。

 私たち中学生にとって、学校は生活の中心となる場所だ。

 だから、学校は安心して過ごせる場所であってほしい、と強く願う。


 いつもより長めの終礼が終わり、私たちはようやく解放された。


「旭ちゃん。今日もまっすぐ家に帰るの?」

「いえ、今日は図書委員の仕事があって、この後図書室に立ち寄ります」

「読書が好きなのね」

「読むのは主に少女小説とライトノベルですけどね。ぼっちに本は欠かせない必須アイテムなので」


 休み時間、クラスメイトの会話の輪に入れない私は、本を読んでやり過ごすことが多い。

 一人になってしまったのではなく、望んで一人でいる。そういう態度を示すのに、読書は都合がいいのだ。


 私はスクールバッグを肩にかけ、教室を出ようとした。

 そして、ふと視線を感じて、教室のなかをふり返った。


「……え?」


 なぜか、教室中のみんなの視線が私に集まっていた。

 その中心に、六条さんの射すくめるような鋭い目があった。

 誰も一言も発しない。けれども、一心に注がれた無数の目に、私は非難めいたものを感じた。


 ジッと胸を焼くような痛みに襲われ、私は反射的に教室を飛び出した。

 生徒たちでにぎわう放課後の廊下を、逃げるように足早に急ぐ。


 もしかして、六条さんはもう教室中のみんなを味方につけてしまったの?

 そして、体育の時間に目立って気に入らない私をみんなで非難しようというの?

 そんな想像がふくらみ、私はそら恐ろしくなった。


 美幽センパイが心配そうに声をかけてくれた。


「どうしたの、旭ちゃん? 顔が怖いわ」

「センパイ。私、教室中のみんなを敵に回しちゃったかも」

「考えすぎよ。いきなりみんなが敵になるわけないでしょう」

「だって……」


 教室のみんなの冷たい目を思い出すと、負の感情が高まってきて、思わず涙ぐんでしまう。

 すると、美幽センパイが私に近づき、腕を伸ばしてきた。


「旭ちゃん。こちょこちょこちょ」

「きゃはははっ! センパイ、やめてください! 私、そこ弱いんですっ!」


 美幽センパイは急に私のわき腹の辺りをくすぐってきた。

 はー、はー。肩で息をする私を見て、美幽センパイはカラカラと笑う。


「安心して。旭ちゃんのことは私が全力で守るわ」

「センパイ……」


 ほんとうは美幽センパイに文句の一つも言いたかったけれど、頼もしい笑顔を目にすると、なにも言えなくなってしまう。

 この人はほんとうに私を守ってくれる――美幽センパイの声は力強くて、私にそんな安心感を抱かせるのだった。


 美幽センパイは私の手を取り、図書室へと導いてくれた。

 美幽センパイの手は、それまで冷蔵庫のなかにいたんじゃないかってくらい冷たい。けれど、今の私には手放せなかった。

 やがて図書室に到着すると、前髪をヘアピンでとめた三年生のセンパイが私を待ってくれていた。


「はじめまして。私は高見たかみ小町こまち。今日は私と一緒に図書新聞を作ってもらうから、よろしくね」


 私は緊張ぎみに声を返す。


「一年C組、浅野旭です。よろしくお願いします」

「旭ちゃんっていうんだ。かわいい名前だね。ところで……」


 小町センパイは私のスクールバッグを指さした。


「旭ちゃんって、『ときめきハーモニー』の神条タクトが好きなの?」

「へっ?」

「だって、その缶バッチ」


 小町センパイの視線をたどってみる。


「ああっ、いつの間に!?」


 なんと、私の知らないうちにスクールバッグに缶バッチがついているではないか。

 これ、美幽センパイにあげたやつだ! 

 きっと退屈な授業中にいたずらしたんだ!


 恥ずかしさのあまり、頭がカアァッ! と熱くなる。

 教室のみんなは私を見ていたんじゃない。この缶バッチを見ていたんだ!

 真相が分かったとたん、へなへなと力が抜けてきた。


 突然、小町センパイが鼻息を荒くしたかと思うと前のめりになって私に迫り、両手をぎゅっと握ってきた。


「旭ちゃん! 実は私も『ときハモ』が大好きなの!」

「へっ?」


 思いがけない反応にあ然としてしまう。

 小町センパイは嬉しそうに声を弾ませ、うんうん、と何度もうなずく。


「いいよね~、『ときハモ』。私の部でも流行っているんだよ」

「えっと、小町センパイの部って?」

「文芸部部長、高見小町! 旭ちゃん、よかったら明日文芸部に来ない? 『ときハモ』ファンなら大歓迎だよ!」

「ええ~っ!?」


 私は宙に浮かぶ美幽センパイにとまどいの目を向けた。

 美幽センパイは、してやったりの顔でにんまりと笑っていた。

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