第19話 センパイ、都合のいいことばかり言ってませんか
昼休み。
今日もカフェでランチをいただく。
いちばん奥まったほの暗い席に腰を下ろし、ムスッとした顔で箸を口に運ぶ私。
その正面には、美幽センパイが申し訳なさそうに座っている。
「ごめんなさいね、旭ちゃん。そんなに怒らないで」
「怒ってません」
私はツンとした態度で答えた。
どうやら美幽センパイには私が怒っているように見えるらしい。
でも、別に私は怒ってなどいない。
たとえ美幽センパイが気を失っている私の身体を勝手に乗っ取り、華麗なダンスをみんなに見せつけたからといって、腹を立てたりはしない。
その後、意識を取り戻した私が周囲の注目のなかぎこちないダンスを披露し、きっと六条さんに気をつかってわざと下手に踊っているのだとみんなから誤解され、ますます六条さんの気分を害したからといって、それがなんだというのだ。
「旭ちゃん、顔が怖いもん。ぜったい怒ってるよ」
「すみませんね。もともとこういう顔なんです」
私は眉根を寄せ、ずずっと汁物をすすった。
それより、六条さんは今ごろ教室でどうしているだろう?
取り巻きの子たちと一緒になって、私の悪口でも言っているだろうか?
想像したら、食事がのどを通らなくなってきた。
「あら、旭ちゃん。今日はあまり食欲がないのね」
「朝はありました。でも、誰かさんのせいでなくなりました」
「旭ちゃん、いいことを教えてあげるわ――人間にとって最も尊い行為は、許すことよ。人々が許し合えれば戦争はなくなるわ。それができない人間は醜いものよ」
「素晴らしいお言葉ですね、センパイ。どうせなら、悪さした張本人以外の方からお聞きしたかったです」
私はつい意地悪な気持ちになって、皮肉をこめて言い返してしまった。
でも、たしかに大事だよね、許すことって。
本音を言えば、私だって相手が美幽センパイならぜんぜん憎めないし、しぜんと許そうっていう気持ちにもなる。
だって、美幽センパイはどんなにがんばったって誰にも見てもらえないんだもの。そんなの、悲しすぎるよね。
だから、私の身体を借りてでもみんなにダンスを見てもらいたいと願う美幽センパイの気持ちも痛いほど分かるのだった。
それにしても、美幽センパイったら、普段は大人びた優しいお姉さんなのに、好きなアイドルとダンスの話になると急に幼い妹みたいになるんだもの。そういうの反則!
私は箸を休め、ため息をついた。
「問題は、六条さんが私を許すかどうかですよね」
「それなら大丈夫よ。あの子は賢いから。旭ちゃんが優しい子だと分かれば、きっと受け入れてくれるわ」
「だといいですけど。プライドが高そうだから、一度機嫌をそこねたら大変そう」
キレのいいダンスを見せ、みんなから賞賛の声を浴びていた六条さん。さぞ気分がよかったにちがいない。
それなのに、私がしゃしゃり出て、みんなの注目を集めてしまったのだから、面白くないだろう。
もっとも、私の意志でそうしたんじゃないのだけど。
むしろ、私だって被害者なのだと声を大にして言いたい。
けれども、美幽センパイは自信満々な顔で言う。
「安心して、旭ちゃん。私がついているわ」
「あまり説得力がないなぁ」
「要は、旭ちゃんの味方になってくれる友だちができればいいんでしょう?」
「簡単に言ってくれますけどね。それができないから苦労しているんじゃないですか」
「大丈夫よ。旭ちゃんはこんなにかわいいんだもの。きっとすぐに友だちができるわ」
「もう、センパイは私に甘すぎです。そんなにかわいくないし」
「私に任せて。私、旭ちゃんの力になりたいの。必ず旭ちゃんの友だちを見つけ出してあげるわ」
「そう上手くいきますかね?」
私はふたたび箸を動かし、時間をかけてゆっくりランチを食べた。
六条さんのことを思うと、どうしても教室に戻りづらかった。
「旭ちゃん。まだ瞳子ちゃんのことを考えてる?」
「それは、まあ」
「気にしないことよ。ここで一人で悩んでいたって、瞳子ちゃんが変わるわけではないでしょう。他人のことより、旭ちゃんは自分にできることを考えるべきよ」
「自分にできること?」
「そう。旭ちゃんは今なにをすべきかしら?」
「……早くご飯を食べて、授業に遅れないように教室に行く」
「ふふっ。じゃあ、早く食べて、私と一緒に元気に教室に行きましょうね」
美幽センパイが私を励ますように柔らかく微笑みかける。
その笑顔を目にしたら、暗く沈んでいた私の心がふわりと軽くなった。
美幽センパイは不思議な人だ。
一人ぼっちだった私のさみしい心を優しく温めてくれて。
苦しい時には、となりで微笑みかけてくれて。
そうやって、いつも私を救ってくれる、頼もしい友だちだ。
私もまた笑みをこぼし、美幽センパイに告げた。
「あの、センパイ。一言だけいいですか?」
「なにかしら?」
「さっきから、すごくいいことばかりおっしゃいますけどね。元はと言えば、センパイが原因なんですからね!」
私は言いたいことだけ言うと、残りのご飯をかきこんだ。
たしかに、ここで一人で悩んでいたって仕方がない。
六条さんがどこでなにを思っているかなんて、ほんとうは分からない。
だったら、分からないことをあれこれ思い悩むより、今は私にできることだけを考えよう。
予鈴が鳴る。五時間目の開始まで、あと五分。
私は食器を片づけ、教室へと駆けだした。
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