第18話 センパイ、敵を増やしてどうするんですか

 チャイムが鳴り、ダンスの授業がはじまった。

 体育の小熊おぐま翔子しょうこ先生が、広い体育館にも負けない張りのある大きな声を響かせる。


「まず右足を左前に出して、今度は左足を右前に。それから右足を右後ろに下げて、最後は左足を戻す」


 なんだかよく分からないけれど、見よう見まねで四角形の辺をなぞるように足を運ぶ。

 リズムにも合わせなくちゃいけないから、頭も足もこんがらがりそうだ。


「わあっ、楽し~っ!」


 一方、美幽センパイは私の苦労も知らずノリノリである。

 体操着に衣装を変え、長い足で華麗なステップを踏み、躍動感のあるダイナミックなダンスを披露していた。

 一通り終えたところで、先生から次の指示が飛んだ。


「今度は右足を上げて、膝から下を蹴り上がると同時に左足を下げてステップ、右足を下ろしたら次に左足を上げて膝から下をキック……」


 先生は軽く床を蹴りながら、実に簡単そうに見本を示す。

 でも、やってみるとやっぱり難しくて、思わず顔をしかめてしまう。


「Fooo!」


 美幽センパイはすっかりハイになって、奇妙な声まで上げはじめた。


「アハハッ! 楽しいわね、旭ちゃん!」

「ちっとも楽しくないです。むしろイラッとしてきました」

「えっ?」


 私とのちがいをまざまざと見せつけてくる美幽センパイ。

 よく考えたら、私より学年が上なんだから身体能力がちがって当然だ。

 私は同情を求めるようにクラスメイトの様子に目を移した。

 きっと、みんなは私と同じように苦戦しているよね?

 ……と思ったのに。

 なにやら一人の生徒の元に何人も集まり、にぎわっていた。


 輪の中心にいるのは、理事長の孫娘、六条瞳子さんだ。

 六条さんは単に前後に動くだけでなく、左足の後方に右足を下ろしてみせたり、サイドステップを踏んでみせたり、腰をアップダウンさせてみせたりと、キレのあるダンスで周りを圧倒していた。

 取り巻きの子たちが黄色い声で六条さんをはやし立てる。


「瞳子ちゃん、すごい! 本物のプロみたい!」

「思わず見とれちゃう!」


 六条さんはまんざらでもない顔で、亜麻色の長い髪をばさっと手で払う。


「これくらい、たいしたことないわ。昔、ほんの少しダンスを習っていただけで」


 六条さんはそう言って、フッと口角を上げる。白い歯がまぶしくこぼれた。

 美幽センパイもうっとりと目を細め、うんうん、と満足げに何度もうなずく。


「さっすが瞳子ちゃん。かわいいし、勉強もできるし、おまけにダンスも踊れちゃうなんて。瞳子ちゃん、売れるわー」

「まったく。センパイはアイドルのプロデューサーかなにかですか?」

「旭ちゃんもあんな風に踊ってみましょうよ。そうしたら、友だちがもっと増えるかもしれないわ」

「無茶言わないでください」


 美幽センパイと話しながら六条さんを眺めていたら、ふと、六条さんと目が合った。

 すると、六条さんは急に表情を険しくし、周りの子に言った。


「ねえ、あの子。いつも一人でぶつぶつ言ってない?」


 六条さんの棘のある声が、私の胸に突き刺さる。

 取り巻きの子たちが、いっせいに私に視線を浴びせてくる。怖くなって、私は反射的に背を向けた。


 たちまち、私の心を黒い影がおおいつくす。

 六条さん、私のことを気味悪がっているんだ……。


 その後は、なにをどう踊ったかは分からない。

 頭のなかが真っ白になって、音楽も耳から入ってこなくなって。身体の動きはさらにぎこちなくなってしまう。


「……あっ!」


 ついに私は足をひっかけ、体勢をくずした。

 私の身体は重力に逆らわず、床へとまっすぐ落ちていく。

 ガンッ!

 私は頭をひどく打ちつけ、そのまま意識を失った。





 ふたたび意識を取り戻した時、私は体育館の床にしっかり足を踏みしめ、肩で息をして立っていた。

 クラスメイトたちがきらきらと瞳をかがやかせ、興奮気味に私を見つめている。


「うん? みんなどうしたの?」

「どうしたのはこっちのセリフだよ! 浅野さん、ダンス超うまいんだね!」

「へっ?」

「ねえねえ、どこかでダンスを習っていたの?」

「ううん、ぜんぜん習ってないけど」

「天……才……ッ!?」


 クラスメイトたちはさらに私につめ寄り、きゃあきゃあと騒ぎ立てる。


「えぇ? みんな、ちょっと落ち着いて」


 私はとまどいつつ、宙に浮かぶ美幽センパイに救いの目を向けた。

 美幽センパイは取り囲まれる私を見守り、満足げに微笑んでいた。

 額にはうっすらと額に汗をかき、頬がほの赤く火照っている。

 そんな美幽センパイの誇らしげな笑顔を見て、私はすべてを悟った。


 センパイ! 私が意識を失っているうちに、私の身体を乗っ取ってダンスしましたね!


 周りに人がいなかったら、私は美幽センパイに向かって子犬のようにキャンキャン吠え立てていたところだ。


 すると、私の元に六条さんが歩み寄ってきた。

 そして、キッと目を鋭くし、強い調子で言い放った。


「ちょっとくらいダンスが上手だからって、いい気にならないでちょうだい」


 六条さんはそれだけ伝えると、颯爽と私から離れていく。

 機嫌をそこねているのは明白だった。

 私は恨めしい目で美幽センパイを見上げた。


 センパイ、私の友だち作りに協力してくれるって言いましたよね?


 それなのに、敵を作ってどうするんですか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る