第4話 センパイ、家までついてきたんですか
夕暮れ色に染まる街並みを、自宅のあるマンションに向かって歩く。
電車通学の子が多いなか、歩いて学校に通えるのは恵まれていると思う。
ほんとうは自転車で通学したいけれど、残念ながら禁止されている。解禁されるのは高等部に上がってからだ。
だから私も早く成長したいな、なんて考えていたら、ふと美幽センパイの笑顔が頭に浮かんできた。
トイレの鏡からにゅっと出てきて、フレンドリーに話しかけてくれた美幽センパイ。
美人でスタイルがよくて、優しくて。センパイとして普通に憧れてしまう。
でも、そうは言っても幽霊なわけで。やっぱり油断はできないな、とも思う。
「センパイ、なんで幽霊なんだろう?」
幽霊じゃなかったらよかったのに。
そうしたら、私も安心してつき合えたのにな。
「うーん、明日からどうしよう」
カフェでの別れ際、センパイは「また明日ね」とにこやかに手をふってくれた。
こんな私を待ってくれている人がいる。それが嬉しくて、胸がぽかぽかと温かくなる。
でも、ほんとうに明日も会っていいの?
深入りすると、後が怖い気もして。
会いたいような。
会ってはいけないような。
二つの気持ちの間で揺れてしまう。
見上げれば赤い夕焼け。陽はすでに傾き、木々や建物の影を黒く伸ばしている。
美しい景色だとも言えるし、赤と黒のコントラストがなんとなく不気味でもある。
「あーあ。センパイ、ほんとになんで幽霊なんだろう?」
私は同じことを二度つぶやいて、とぼとぼと歩を進めた。
幽霊ってことは、この世になにか未練でもあるのかな?
そもそも、どうして幽霊になったんだろう?
もし明日もセンパイに出会えたら、聞いてみようかな。
家に着くと、ひとまずスクールバッグを置き、それから洗面所へ。
手洗いとうがいは大事だもんね。
指の間まできれいに洗い、コップに水をそそぐ。
それから、コップのふちを唇に運んで水を口に含みつつ顔を起こし、なにげなく鏡を見やる。
すると、鏡のなかで美幽センパイがにこやかに手をふっていた。
「やっほー♪」
「ブハッ!?」
「やだ! 旭ちゃん、きたない!」
あまりにびっくりして、盛大に水を吐き散らしてしまった。
「ごほごほっ! センパイ、なんでうちにいるんですか!?」
「だって旭ちゃん、別れ際にさみしそうな顔をしていたから。気になってついてきちゃった」
「まあ、たしかにセンパイと別れる時はさみしかったですけど。でも無断で家に入ってくるのはちょっと……って、センパイ、なにニヤニヤしてるんですか?」
「いやぁ、私との別れをさみしがってくれる旭ちゃんがかわいいなーっと思って」
「なっ!?」
美幽センパイと話していると、どうも調子が狂う。
「かわいい」なんて言われると、嬉しいような、身体がむずがゆいような気持ちになってくる。
それにしても、美幽センパイってば、家にまで乗りこんでくるなんて。
もしかして私、ほんとうに取りつかれてる!?
私は洗面台や鏡をふきんできれいに拭き、つかつかと自分の部屋へと向かう。
そして、センパイが部屋に入ってくる前に扉を閉めた。
「はぁ。とりあえず着がえよ」
軽い疲れをおぼえつつ、制服に手をかける。
そして、上を脱ごうとしたところで、ふと視線を感じてふり返った。
やっぱり、背後に美幽センパイが立っていた。
娘の成長を喜ぶ母親のような温かい目をして、にこやかに口元をゆるめている。
「……どうしてセンパイが部屋にいるんですか?」
「ほら。私、扉をすり抜けられるから」
「これから着がえるんですけど」
「うふふ。私にかまわずどうぞ」
「気になるから出てってください」
「くすくす。もう、旭ちゃんったら、恥ずかしがり屋さんなんだから」
美幽センパイはおかしそうに笑いながら、部屋の外へと出ていってくれた。
私はそそくさとTシャツ&ハーフパンツに着がえ、制服をハンガーにかけ、ていねいにしわを伸ばす。
「まったく。うちにいるのに、どうして私が気をつかわなきゃならないんだ?」
釈然としないまま、部屋の外へ。
広い窓が開放的なリビングに行ってみると、いると思った美幽センパイの姿が見当たらない。
「あれ? センパイ、どちらにいますか?」
「ごめん、こっちー」
ちがう部屋から声が聞こえてきた。
けっして広くはない3LDKのうちのなかで、美幽センパイはすぐに見つかった。
美幽センパイは仏壇の前に立っていた。
そして眉根を寄せ、神妙な顔でたずねてきた。
「この仏壇の写真、旭ちゃんのお母さん?」
「はい。お母さん、私がまだ幼いころに病気で亡くなっちゃったから」
ずいぶん前の出来事で、もう慣れているはずなのに、美幽センパイに打ち明けると切ない気持ちがこみ上げてきた。
「優しそうなお母さんね。見ているだけで心が癒されるようだわ」
美幽センパイはスカートをおさえ、仏壇の前にきちんと座る。
そして、お線香に火をつけ、うやうやしく手を合わせた。
つられて私もとなりに座り、手を合わせた。
……って、美幽センパイ、普通に物に触れられるの!?
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