第38話 会いたくなかった人

        01



「死ねえええ!!」





 膝をついている俺に東雲は頭に向けて拳を振りかざそうとしたその時だった、突然階段から現れた黒い影が東雲を押しのけた。艶のある長い髪を靡かせ、目の前に立っていたのは冬雪だった。トレンドマークだった三つ編みを解き、強い眼差しで東雲を見下ろしていた。





「冬雪、何で逃げなかったんだよ……」







「私だけまだ桜くんに恩返ししていないじゃないですか。一人だけ逃げるのは違いますよ」







「充分俺を救ってくれたじゃないか、なにもわざわざ危険に……」





 冬雪は俺を守ってくれた、なのにあーだこーだ言うのはお門違いだ。俺は冬雪が差し出した手を取り、東雲の顔を見る。





「ははっ……僕が勝てるわけ無かったんだ。僕には人の心がないから、二人の絆の強さを理解できてなかった」







「……東雲さん、いや東雲くん。貴方は充分人の心がありますよ、だって泣いてるから」







 冬雪に言われてやっと気づけたのか、東雲は自分の顔に触れて涙が溢れていることを知った。東雲は自分の気持ちを伝えることが出来る人が周りにはいなかった、だから関係のない冬雪に八つ当たりをするしか出来なかった。俺には冬雪やアキたちが傍にいたからこうしていられるが、もしいなかったと考えると俺も同じことをしていたと思う。







「東雲、俺たちと一緒に才蔵の元に行こう。アイツに自分の気持ちをぶつけるんだ」









「そうしたいけど……少し一人にしてほしいんだ。自分がしてきたことは何だったのか考えたい」







 俺は東雲の気持ちを尊重して無理強いすることはしなかった。一人で考える時間も必要だろう、俺は冬雪と共に才蔵がいる部屋と入っていった。東雲のためにも才蔵の理想を壊さないといけない。













         02





 部屋に入ると、小太りの老人がモニターを見ながらワインを飲んでいた。







「おお、よく来たな二人とも。危険思想に囚われた少年メイドを倒すとは」





 才蔵は手元にあったワインを飲み終えると、獣のような大きなゲップを吐き出して俺の前に立った。





「ふむふむ……こんな顔で私の部下たちを蹴散らすとは人間という生き物は面白いな」







 下卑た笑いをしながら、才蔵は俺の下半身を触ろうとする。豚のような手を咄嗟に振り払うと才蔵は残念そうな顔をした。







「冬雪、お前は私に代わる次期当主だ。こんな生意気なガキを放って、別の可愛いらしい少年を買えばいい。私ならそのぐらいの金なら出すぞ」









「お爺様、貴方は何もわかってない。桜くんを物扱いしないで、この人は私のたった一人だけの彼氏なんだから!」





 思わずときめいてしまった俺だが、気を取り直して才蔵に東雲のことを告げた。







「アンタは東雲や冬雪たちを苦しめて何が楽しいんだ。当主になってほしいなら周りくどいことはやめろ」







 才蔵はわかっていないなと呆れ顔をして、俺や冬雪に話をした。







「私も子供のころはお爺様に同じような目に合わされた。今更継承戦を止めることは出来ない、冬雪よお前も西ノ宮家の人間なら辛い目に敢えて嵌ることも大事なのだ」





 自分が同じ目に合ったから孫達が継承戦をしないのはおかしいということを軽々と口にした。普通なら実の子供には辛いめに合わせないようにするのにこの男は平気な顔をしている。





「そんな自分がされたからって孫にまでやるなんて……お爺様」





 実の祖父が屑だということを知った冬雪はその場から動けていなかった。少し性格が悪いだけかと思ったら自分がやられたから、娘にも同じ目に合わせるという自己中心的な考えの持ち主だと冬雪は思っていなかったのだろう。これ以上、アイツに口を開かせたら冬雪はもう限界を迎える。俺がすべきことは一つだ。





「そのくさい口塞いでやろうか、ジジイ? 冬雪に近づくな」





 俺はボディーガード兼メイドだ、今目の前にいる男は冬雪を脅かす敵。排除しないといけない。





「メイド風情が生意気な口を聞くんだな……良いだろう、お前の願いは何だ? 返答次第では叶えてやっても構わない」





 俺の今までの行動を知っているのか、西ノ宮才蔵は重たい足をゆっくりと後ろに動かしていた。結局金で解決か……







「なら西ノ宮家の継承戦を無くせ、姉妹同士で争わせて意味がないだろ。争って当主になっても誰も従ってはくれない!」







「……話にならんな。おい、四ノ宮いるのだろう」





「はい、ご主人様……」







 俺に朱智学園での生き方や女の子としての作法を教えてくれた四ノ宮さんが無表情のまま立っていた。





「嘘……」

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