第37話 VS東雲

         01



「私、貴方とは戦いたくない。共に一年間過ごしてきた仲間じゃない!」





 冬雪は東雲に対して説得を試みようとするが、彼女は真面目に戦いたくないと言っている冬雪を鼻で笑った。





「仲間? 笑わせないでよ、いつも僕を蔑んだ目で見てたくせに」





「違う、それは……」







「大体、ムカつくんだよね〜。せっかく姉を差し置いて当主になれるのに姉妹とは戦いたくないって言っちゃってさ、大金が手に入るなら普通姉妹なんな蹴落とすでしょ。情が湧くわけがない」







「……お前、姉妹いたことあるか?」





 東雲の異質に違和感を感じた俺は姉妹がいるか聞いてみた。





「いないけど?」





 ごく当たり前のようにいないと断言するが、少し様子がおかしい。まるで姉妹がいる冬雪に嫉妬心を抱いているような気がしてならない。





「兄や姉、妹や弟。自分と血が繋がった人と争いたくないと思うのが普通なんだ。……お前、過去に何があったんだよ」





 最初に出会ったときはあどけなさが残る可愛らしい女の子に見えたが、今はただ狂気しか感じられない。今まで戦ってきた相手は正々堂々と拳で気持ちを語ってくれたが、東雲からはその様子は見えない。俺ではなく冬雪に危害を与えそうだ。東雲から冬雪を離さないと何をされるかわからない。





「いいか、冬雪。俺が良いと言ったら急いで逃げるんだ」





 東雲には聞こえないように小声で冬雪に耳打ちをする。





「でも……桜くんを置いて逃げるわけには」







「ここで俺と残ったらお前は幸せにはなれない。俺は冬雪が傷つく姿は見たくないんだ、だからわかってくれ」





 俺の気持ちを理解した冬雪は黙って頷いてくれた。俺の服の袖を強く握り、必ず助けを呼びに行くと言って階段を降りていった。







「へぇ、流石冬雪さんの彼氏だね。男らしい」







「まあな、後ろでナイフを握りしめている奴よりかは男らしいよ」







 東雲は確実に冬雪を殺そうと考えている。このまま一緒に残るよりも一旦逃がしてしまえば大丈夫だ、作戦にズレは生じたが問題はない。



「バレちゃったら仕方ないね。本当は君は殺したくは無かったけどな〜、可愛い子には手を出したくないもん」









「殺すことしか考えてないお前より冬雪の方がずっと可愛いわ!」







 この罵声が合図となり、俺と東雲は殺し合いを開始した。











      02 



「凄い、凄いね! ナイフ相手にこんだけ避けられるなんて!」







「だろっ……師匠のおかげだ!」





 余裕そうに振る舞うが避けるのに精一杯だった。相手に悲鳴を一切上げさせずに確実に仕留めるというよりかは、刺されて痛みを感じている顔を見たさにナイフを動かしているようにしか見えなかった。まだ避けていられるが、一時間もすれば限界がくる。何かチャンスがあれば……





「なぁ、何で冬雪を殺したいんだ? そんなことしたら才蔵が黙ってるわけないだろ」







 姉妹を差し置いて冬雪を当主にしたいと考える男だ、娘を殺そうとする部下を見過ごすわけがない。





「僕はね、隠し子だったんだよ。腹違いのね、ずっと冬雪さん姉妹にはバレないように母さんともにひもじい生活を送ってきた。あの子たちが贅沢している中で僕はどんな想いでアイツの部下をやってるかわかるか!」







 東雲が才蔵の隠し子だったことに驚きは隠せなかったが、俺は冬雪には関係がないと反論した。冬雪がお前に何をした? ただ姉妹と仲良くしたかった普通の女の子だ、恨まれる筋合いはない。





「才蔵は……僕をいずれ娘たちに紹介すると言った。でもいつまで経ってもその機会はこない、ずっと曇った顔でいればいいのにお前が来たせいでアイツは幸せそうだ。僕が幸せになれないのに何でアイツだけ……」







「だったら言えばいいだろう! 僕を実の娘たちに紹介してほしいって! そんなの逆恨みだ!」







「……うるさい!」





 間一髪のところで致命傷は避けられたが、スカートの端を切られた。太ももからは真っ赤な血が流れていて、立っているのがやっとだった。





「……君は普通の一般市民なのに何で冬雪さんのために体を貼れるの?」







「数ヶ月前までは俺は自分をずっと責めてた。自分は醜い人間だ、生きる意味はないと思っていたのに冬雪はこんな俺を普通の人間だと言ってくれた。だからこれは恩返しなんだよ……」





 痛みで痺れている足を叩き起こし、俺は動きが止まっている東雲の元へ歩く。





「そんな物捨ててかかってこいよ、男だろ!」







 東雲は俺と同じ女装メイドだ、体と体でぶつかった時に明らかに女の子のような細い体つきではなかったからだ。所々で見てみると腕が太い、容姿は女の子にしか見えないが見えないところで体を鍛えていたのだろう。メイドをする意味はわからないが。







「ふふ、ふふっ。わかったよ、お望み通りぶっ飛ばしてあげる!」





 冬雪のように啖呵切ってみたはいいが、さっきみたいに逃げることは出来ない。このままやられるわけにはいかないのに……どうする。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る