第16話 大ピンチ?

 01



 退院してから約三日、俺は頭を抱えていた。ついに俺の性別が学園の生徒にバレたのだ。冬雪は莉奈は人に言いふらす性格ではないと言っていたけど、不安でしかない。俺は性別を隠して、莉奈と共にデートをしたんだから怒っていても仕方がないと思う。人の心に土足で入ろうとした俺が悪い。





 いつものように授業が終わったあと、冬雪と共に食堂へ向かった。入口には申し訳なさそうに立っているアキと莉奈が俺と冬雪を待ち構えていた。



「人の顔を見て逃げるなんて良い度胸ね、流石ドラゴンテイルの柊木桜くん」



 アキの顔を見てみると、今にも倒れてしまいそうなぐらい顔が青ざめていた。アイツが何処まで喋ったかはわからないけど、これは明らかにピンチだ。だというのに俺の隣にいる冬雪は特に取り乱した様子はなく、表情が穏やかだった。



「……秘密を隠してくれるなら俺はなんだってする、頼むからバラさないでくれ」



 せっかく居心地が良い場所を見つけられたのにまた一から出直しになるのはもううんざりだ。



「今、何でもするって言ったかしら? もし、そうなら今からお願いすることを引き受けてもらいのだけど」



 俺の脳裏に良からぬイメージが思い浮かぶ。デブで汗まみれのおっさんにペットとして売られるのか、それとも悪い組織の構成員として働かされるのか。考えるだけでも恐ろしいのに冬雪はまだ何も言わない。

 反抗心むき出しの顔で俺は莉奈を見つめたが、その様子がおかしかったのか莉奈は大笑いした。



「私と友達になってくれるなら言わないであげる。良い条件でしょう?」





 ずっと黙っていた冬雪は莉奈に聞こえないような声で俺に真実を教えてきた。



「ああ見えて、お姉ちゃんは素直じゃないんです。悪い人じゃないから友達になってあげてください」



 予想もしていなかった言葉に腰を抜かしそうになったが、水族館で見せた寂しそうな表情を見て俺は……莉奈と友達になることを決めた。冬雪と莉奈にはもっと仲良くしてもらうには俺が友達にならないといけない気がする。



「わかりました……俺でいいなら友達になりますよ」





 俺が友達になると言ったのが嬉しかったのか、このあと携帯に何通ものメールが来た。本当にあの人は学校内と外ではキャラが違うのだなと実感した。





 02





「なぁ、冬雪。メールの文面いっしょに考えてくれないか」


 放課後、俺は冬雪と自分の部屋でティータイムの時間を過ごしながら片手間で莉奈とメールのやり取りをしていた。他愛のない話から、俺のドラゴンテイル時代の話を聞いてきたりと彼女の好奇心旺盛なところにここまで頭を抱えることになるとは思いもしなかった。



「自分で返信しないとダメですよ。お姉ちゃんを悲しませたら私許しませんから」



 仕方ない、一通一通丁寧に返信していくしかないか。冬雪にお願いされたら断る訳にはいかない。



「そういえば、アキが学園にいたけどアイツ学校どうしたんだろ」



 冷蔵庫から紅茶に合うおやつを探している時に少し気になったことを冬雪に聞いた。



「お姉ちゃんの正式な執事になるために学校辞めるみたいですよ。辞めたらウチの学園に来るとアキさんが言っていましたが……」



 聞かされていない出来事に俺は手に持っていたティーポットを落としそうになった。アイツ、もしかして俺と同じように女装してここに通うつもりなのか? アキの女装姿を思い浮かべようとしたが、俺はある事実に気づく。

 そういえば、学生寮には専属のメイドや執事用の部屋があったな。……執事用の部屋があるのに何で俺を女としてこの学園に通わせているんだ? アキが生徒ではなく執事としてここに来る以上はずっといっしょにいるわけだ、なら俺もそうすればいいはずなのに何か引っかかる。



「アキがメイドじゃなくて執事としてここに来るなら……俺女装する意味あるのか?」





 突然の指摘に冬雪はまるで石化したように動きを止めた。数分黙ったあと、冬雪は顔を赤くしながら俺に近づいてきた。俺が後ずさろうとすると、動じずに距離を詰めよろうとしてくる。そして逃げ場がなくなった。



「……柊木くんが可愛すぎるのがいけないんですよ。こんなに可愛いのに、執事として雇ったらずっといっしょにいられないじゃないですか!」



 冬雪は俺の胸に頭をつけ、顔を見せないようにしていた。耳が少し赤いのが気になるが。

 執事として雇えば、学校行事には参加できずにいっしょにいられない。だけど生徒としてメイドやボディーガード業務をやってもらえればずっと傍にいれられる。これは……どう解釈していいのかわからない。俺を信頼した上で言ってくれているのか、それとも告白なのか? 頭が混乱して上手い言葉が出ない。



「か、可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど俺なんかといっしょにいたらつまらないだろ」





「私は柊木くんと居るだけで……心がポカポカするんです。だからこのままずっと私と共にいてください、これは命令です」





 俺なんかでいいのだろうか。人の顔にモザイクがかかって、人と上手く付き合えない奴がこんな優しい女の子といっしょに居ていいハズがない。でも、ここで否定をしたらまた冬雪を悲しませることになる。そんなことはもう''二度''と経験したくないと決めた以上は勇気を出すしかない。





「……莉奈と同じで意思が強いんだな冬雪は」




 ほんの少し、ほんの少しだけ俺は他人に踏み入れることが出来るかもしれないと思えるようになった。

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