第11話 西ノ宮莉奈編②姉の素顔

 01



 西ノ宮家の子どもたちが部下を使って、跡継ぎ争いを行う継承戦。既に火蓋が切って落とされているのに俺はなにをしているのだろうか。

 学生寮前、俺は主人の姉である莉奈とデートをする約束をしていた。そもそも継承戦はいつどこでやるのかもまだわかっていないのに両陣営のボディーガードを交換するなんて正気の沙汰じゃない。

 冬雪がアキといっしょで大丈夫なのか不安になってくる。アイツが女に手を出さないことは知ってるけど、今は敵だ。信用していいのかわからなくなってる。



「朝早いのね、秋月さん」



 学生寮の出口前でウロウロしていると、今日のデートの相手である西ノ宮莉奈が声をかけてきた。金持ちだから服装を着飾ってくるかと思えば、そんなことはなくむしろ可愛らしいワンピースを着ながら俺の前に現れた。俺はつい、見惚れてしまい思っていたことを零してしまう。学校では女王様キャラを気取っているのに服は全然違うのか……



 先日、冬雪が選んでくれたスカートを今日履いてみたがまさか褒められるとは思わなかった。自分のことのように嬉しい。

 俺たちは学園の最寄り駅を使用して、最近出来た水族館に行くことにした。電車で県境を超え、都市部の摩天楼が見えなくなると莉奈はため息をついていた。



「少し羽も伸ばさないとね、貴方もそう思うでしょ?」



 流石姉妹と言うべきか、笑い方も冬雪と似ていた。



「そ、そうですね……」



 想定していたキャラと違うせいでどう話をしていいのか全くわからない。それを察したのか、彼女は冬雪の話題を出てきた。



「まだ冬雪のボディーガードになって日が浅いでしょう、私はあの子のお姉ちゃんだから何でも答えてあげる」



 自信満々に胸を張る莉奈を見て俺は少しばかり気が緩んでしまった。





「……あのどうして部下交換なんて考えたんですか?」



「お互いのことをよく知ってから戦わないと気持ち悪いでしょう? それに私は秋月さんに少し興味があったの」





「私に興味ですか?」





「あの冬雪があそこまで懐いてるなんて今まで見た事無かったから……少し羨ましいと思っただけ」



 目的地の駅に着いたと同時に彼女は俺に興味を示した理由を話したが、ドアの開閉音のせいで聞こえなかった。何故か少しだけ寂しそうに俺を見ていたことが不思議だった。



 新居浜水族館は海が見える新居浜公園の地下に併設されており、マグロが大量に泳いでいる大型水槽などが有名なレジャー施設だ。中が暗く作られていることから、カップルたちがよく訪れる。



「秋月さん、秋月さん! あれを見て!」



 莉奈は外の水槽で泳いでいるペンギンたちに目を輝かせながら、写真を撮っていた。彼女のこの一面を冬雪は知っているんだろうか。俺もいっしょにスマートフォンでペンギンたちの可愛らしい写真を撮影したおかげか、少しだけ嫌だったデートが楽しく思えた。まさに百聞は一見にしかずとはこのことで西ノ宮莉奈は学校外では女王様ではなく年相応の女の子だったことがわかった。自分が興奮していたことに気づいたのか、彼女は写真を撮るのを辞めた。



「……キャラじゃないと思うでしょう。学校だとあまり可愛い物を共有し合える人がいなかったからついハメを外しちゃった」



「冬雪と似ていますよ、そういうとこ」



 俺の言葉は予想外だったのか、莉奈は目を丸くしていた。冬雪は男女の恋愛物の映画や漫画が好きで、莉奈と同じように楽しそうに話す。自分が好きな物を楽しむ姿は二人ともよく似ているのにどうして仲が悪いのか。



「……気持ちだけは受け取っておくわ。冬雪は喜ばないと思うからあまり言わないことね、あの子心が繊細だから」



 ペンギンの水槽から場所を変えようとすると、近くから泣き声が聞こえてきた。傍に寄ってみると、水族館の入口付近で小さな女の子がうずくまっていた。



「どうしたの?」



「おかあさんと妹とはぐれちゃったの……」





 腰を屈めて、女の子と同じ目線で話すと泣きながらも迷子になったことを伝えた。小さな女の子の相手はあまりしたことが無い俺が狼狽えていると、しびれを切らした莉奈が女の子に声をかけた。



「お姉ちゃんたちに任せて、おかあさんたちを探してあげるから」



 女の子は莉奈の顔を見て安心したのか、泣き止んでいた。





 02





 おかあさん、妹の特徴は聞いたが水族館内は暗いせいで探すにも時間がかかる。俺と莉奈は水族館に併設されている迷子センターに行き、職員の人に女の子を預けた。女の子の保護者が来るまで女の子が退屈しないように莉奈はさっき撮影したペンギンを見せて喜ばせていた。最初、気取っているいけ好かない女だと俺な思っていた。しかし、今回の水族館デートで彼女は可愛い物が好きで優しい女の子だということがわかった。それを知った上で俺は彼女と戦わないといけない。

 数十分後、館内アナウンスを聞いた女の子の保護者が迷子センターにやってきて、代わりに面倒を見ていた俺たちに頭を下げて施設を後にした。



「小さい子の目線に合わせてあげるなんて珍しい。今の娘ってあまりそういうことやらないけど」



「弟がいるんで慣れてるだけですよ。妹の扱い方はわかりませんが」





「……ふーん。なるほどね、冬雪が懐くのもわかった気がしてきた」



 莉奈は微笑みながら、俺の体にくっついてきた。俺を女の子だと思って体を寄せているかもしれないけど、胸が背中に当たっているせいで彼女の顔をまじまじと見れなかった。

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