第6話 刺客

01



私立朱智学園に編入してから既に一週間が経とうとしていた。俺は主人である冬雪の学園内での人間関係を調査していた、そして分かったことがある。西ノ宮冬雪は友達がいない。分かりきっていたことだけれど、改めて事実を突きつけられると頭を抱えたくなってくる。前任である冬雪のボディーガードはどうやって共に学生生活を過ごしていたのだろう。ボディーガードな以上、俺は冬雪と付きっきりだがたまに周りの視線が気になることがある。まるで冬雪といることを哀れんでいるような目が俺に向けられているように見えた。



共学ではない私立朱智学園は男女専用の個室が存在しておらず、教室内は甘い香りがするシャンプーの匂いで充満していた。女子高で唯一の男子である俺は自分の部屋で体操服に着替えないといけない、そのためボディーガードの仕事を全うするには教室で着替えている冬雪を待たなくてはいけなかった。いくら女の名前を貰ったからといって男の性が消えるわけではない、教室内から薄らと見える女の子の細い体を見るとつい目を逸らしてしまう。



「はぁ……ツラい」



「大丈夫ですか? 保健室に行った方が……」



校庭マラソン中にペアである冬雪は俺がつい零した独り言を釣り上げてしまった。お前にはわからない悩みなんだ……と言いたいところだが言えるわけない。セクハラになってしまう。



「いや大丈夫大丈夫。久しぶりの体育で体力がやばいだけだから」



俺の些細な行動でさえ心配してくれるのにクラスメイトの女の子たちは何で冬雪を避けるのだろう。不思議でならない。

本人は気にしてないように見える。



「東雲! お前今日も一位だな! その体力を陸上部で使ってくれる気はないか〜!」



「いやぁ〜、私足を引っ張るだけですって!」



暑苦しいオーラを出しまくる体育教師は今日のマラソンで好ベストを出した東雲真緒を熱心にスカウトをしていた。東雲は男子顔負けのスタミナを持っているのにも関わらず、先生のスカウトをやんわりと断った。

東雲真緒、冬雪に積極的に絡んでいる明るい女の子というイメージはあるけどまさかスポーツまで完璧とは思わなかった。



一時間の体育が終わり、俺は急いで教室に向かおうとしていると東雲が目に入った。東雲は一人で今日の体育で使った道具を片付けており、誰が見ても一人では片付けられない量を手に持っていた。

急いで着替えないと教室に女の子たちが集まってくる、でも東雲を一人にしておく訳にはいかない。どう考えても女の子だけであの量は片付けられないし……



「悪い、先に戻っててくれないか」



「え?」



突然のことで驚いた冬雪は口を半開きのまま、微動だにしなかった。

俺は体育倉庫に行くとだけ伝えた。




「東雲さん、私も手伝うよ」



俺は東雲が抱えていた荷物を少し持つことにした。


「ありがとう、 でもいいの? 西ノ宮さんの傍にいなくて」





「学校で襲いかかってくる人なんていないでしょう、だから大丈夫ですよ」



警備員が多くいるこの学園で白昼堂々と人を襲う輩なんていたらそいつはタダのバカだ。

ましてや学内には沢山の生徒の目がある、どう考えても犯行を犯すには不利な状況でしかない。



「……そんな甘い考えしちゃダメだよ西ノ宮さんのボディーガードなのにさ」



誰にでも笑顔を振り撒いている彼女が俺の何気ない言葉で一瞬だけ無表情になっていたのを俺は見逃さなかった。何かしらの事情がありそうに見えるな……

俺はぎこちない笑顔で話題を変え、体育倉庫に荷物を片付けていく。体育倉庫は他の学校施設と比べると薄汚く、体育委員になろうとする人はいないと彼女は話をしていた。体育委員は体育祭以外は特に仕事がないため、東雲は保健委員との兼用をしているらしい。そこまでする理由があるのだろうか。



「僕だけだったらかなり時間使っていたのに秋月さんが来るだけで、まさかこんなに時間が短縮されるなんて思いもしなかったよ」



東雲はまるで男の子みたいだねと言ってきたせいで俺は冷や汗が止まらなかった。迂闊な行動はするべきじゃなかったなと後悔する、後で冬雪に注意をされそうだ。次の授業の時間が迫っていたため、俺たちは汗を拭いながら体育倉庫から出ようとしたその時だった。



「全く最近の若い奴は戸締りも出来ないのか……後で注意をしておかねばな」



学園の用務員である高齢の男性が俺たちの存在に気づかずに体育倉庫の扉の鍵を締めてしまった。最悪だ……最悪な事態が起きた。

気温が一桁の冬よりかはまだマシかもしれないが、今は四月の中旬だ。密室の状況になってしまえば汗がダラダラと出てくるだろう。

俺は男だから良いかもしれないが、東雲は女の子だ。このような状況下で汗が大量に出てしまえばあられも無い姿になるのは目に見えてる。



「ようやく二人きりになれたね、秋月さん」



東雲は気がつくと俺をマットの上に押し倒していた。



「い、いきなりなにを……!」



「君、まだ西ノ宮さんのことあまり知らないよね。彼女がどういう人間かを教えてあげるよ」



心臓の鼓動が徐々に高まっていく。東雲は俺が焦っているのが面白いのか、妖艶な笑みを浮かべていた。




02





「彼女がどうして長女でもないのに企業のパーティーに行くか知りたい?」



冬雪は以前、俺に姉妹がいることを話してくれたが自分が次女だということは言ってくれなかった。まだ俺を信用していないからだと考えていたが、何か事情があるのか。



「知りたいけど今の君の口からは聞きたくないな」



モザイクのせいで人の顔を覚えられない俺はそれを逆手に取られて散々な目に合った過去がある。だからこそ俺はその経験を生かし、相手の発言を信用しないことを決めている。

こういうことは本人の口から聞くべきだ。……スマートフォンは今の衝撃で壊れてないといいけど。





「……良い子ぶっちゃて。本当は知りたいって味をしているよ」



何を考えているのか、この女は俺の顔を舌で舐めてきた。全身に鳥肌が立つ。

ああ、そういえば四ノ宮さんが言っていたな。この学園には自分以上のことをしてくる人間が多くいるって。今更思い出すとは思いもしなかった。



「……もしかしてわざと俺の目に入りやすいように機材とかを運んでいたのか?」



「正解、まさかそこまで分かっているとは思わなかったなぁ。益々君のことを気になってきたよ、西ノ宮さんのボディーガードにしとくには勿体無いぐらい可愛いし」



誰もいない空間、密室という状況に興奮しているのか東雲は俺の体操服に手をかけてきた。------まずい、この先を見られたら俺の性別がバレる!



「冬雪!」



居るはずもない主人に声をかけたことで東雲は笑った。今まで閉ざされていた固い扉が勢いよく開いたことで、俺は安堵する。





「いつまで経っても教室に来ないので心配しましたよ。まさか変な状況になっているとは思ってなかったですけど」



「今回は俺が悪いよ……」



俺は二人きりになってしまったときに念には念をと冬雪に連絡を入れていた。今までの会話や行動は全て冬雪に聞かれている。



「あーあ、もうお終いか。せっかく西ノ宮さんの秘密を教えようかなって思ったのに」



東雲は今までの行動を無かったかのように表向きの明るい女の子の表情に戻っていく。





「……貴方が余計なことをしなくても自分で話すつもりですから帰ってください」



教室内では大人しかった冬雪は東雲に対しては強気だった。ただ、俺が汚されたことに怒っているのか手を握り締めていた。あまり怒り慣れていないんだろうな、今回は俺の行動のせいて冬雪を傷つけた。東雲は何も言わずに教室へと戻っていく。



「柊木くん、今度の休みは空いていますか?」



「あ、ああ。もちろん」



「学園じゃない場所で大事な話をしましょう、今後の私たちのためにも」



冬雪の目はいつにも増して真剣だった。

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