第5話 嫉妬と女学園

 01



 手入れがされた黒い長髪をヘアゴムで止め、仕立て上げられた新品の女物しかない制服に腕を通す。紺色のブレザーに赤色のリボン、そして履きなれないニーソックスが揃ってしまえばもう俺は「秋月美颯」だ。今日、この日をもって柊木桜は存在が海外の学校へと飛ばされることになった。



「完全に女の子になった気分はどうですか?」



 今朝、俺が学校へ行く準備を整えようとしていると西ノ宮、いや冬雪は音も立てずに俺の部屋と侵入をしてきた。話を聞いてみれば非常時に備えて主従関係にあるメイドと主人には合鍵が渡されるらしい。プライバシーもないのかこの学園には。



「スカートってこんなスースーするものなんだな……」



 何となくスカートをピラピラと動かしていると、冬雪は手で顔を隠していた。



「……はぁ、人前でその行動はしないようにしてください」



 昨晩、ホテルから抜け出した西ノ宮は今後一切私を西ノ宮とは呼ばないで欲しいと命令をしてきた。なのに自分は苗字呼びをしていいのかと言いたいが……人を信用できないと言っていた以上はこれから信頼を作るしかない。冬雪は俺が準備が出来たのを見て玄関の扉を開けた。

 扉を開けると風の波に飲まれた桜の花が流れ込んでくる。ああ、もう春だなと自覚しながら目的地である私立朱智学園に向かう。

 西ノ宮グループの圧力で俺は編入試験を受けずにあっさりと入学することを認められた。

 こちらとしては試験を受けなくていいから、気は楽だけどこれから一年間は周りの生徒に性別がバレないようにと共犯者である学園長に忠告をされた。



 小中高一貫校の私立朱智学園は当然のことながら、既に内部生徒たちの結束が固まっていた。大企業の社長の子供、政党幹事長の孫、エリート街道まっしぐらの子供が通うこの学園に一般庶民が付け入る隙はない。そいつらはそいつらで外部生と繋がりを持ち始めていくだろう。ただ、四月のクラス替えを終えていきなり高等部二年に編入する生徒がいれば話は変わってくる。



「やっぱジロジロ見られているよなぁ……顔から下半身まで舐め回すように見られるなんて初めてだ」



「外部生でしかも高校二年生で編入してくるんですからそりゃあ見られますよ。そのうち慣れます」



 冬雪は当たり前のように言っているが、コイツは小学校から通ってるエリートだ。外部生の気持ちなんかわからない。



「堂々としていればいいんです。ドラゴンテイルの名が廃りますよ柊木くん」



 ニヤリと笑いかけてくる冬雪に俺は目を逸らす。正直ドラゴンテイルっていうあだ名はダサい、もっとマシな名前を出してもらいたかった。



 少女たちの視線を背中に受けながら、俺は自分の背よりも一回り二回り大きい鉄の門に足を入れる。新入生を迎えたばかりの桜の花を身に受けながら、俺は学園に入りこむ。

 スペインのサクラダファミリアをそのまま日本に持ってきたような外観に驚きつつも、俺は冬雪の手に引かれて学園に入り込む。既に話が通っている職員室に挨拶をし、先生の誘導で俺が一年間通うことになる教室に向かっていく。廊下で交わされる漫画やアニメのような定番の挨拶などは存在せず、お決まりのようなおはようを生徒たちから聞いてガッカリした。あれは創作の世界だけなのか……!



「わたしは先に教室に入ってるんで先生の合図があったら入ってきてくださいね」



 先生がいることもあってか、冬雪の言葉はどことなく感情が篭っていないように思えた。せっかく可愛らしい顔をしているんだからもっと笑えばいいのに。彼女は教室に入ったのと同時に長い髪を揺らし、ポケットから黒いメガネを取り出した。



「……自己紹介は昨日のようにやればいいだけ」



 本邸に戻った四ノ宮さんは自己紹介をするときはあまり目立たず、大人しすぎずを心がけるようにと昨日電話をもらった。自己紹介なんて今まで適当にやってきたけど、今更真面目にやるとはな。数分ある朝のHRが終わると同時に歳を召した先生から合図をもらう。緊張している足を鼓舞し、俺は一歩力を込めて扉を開けた。



 02



 自己紹介は結果から言うと成功した。「秋月美颯」という名前通りの清楚さを全面にお淑やかに仮の名前を淡々と述べた。それが女の子たちの興味を引いたのか、現在俺の机の周りには人だかりが出来ていた。



「ねぇねぇ! そんな可愛いのに西ノ宮さんのボディーガードって本当なの!」



「あの西ノ宮さんのボディーガードになるなんて変わってるね!」



「スリーサイズはいくつなの? 今どんなパンツ履いてるの?」



 と一部を除いて質問攻めに合っている。あのホテルにいた大人たちと比べると顔にかかってるモザイクの濃さは薄いが、流石にずっと見ていると頭が痛くなってくる。愛想笑いで誤魔化しているがそろそろ限界だ……キリのいいところで教室を出よう。そう思っていると、冬雪が彼女たちの前に割り込んできた。



「秋月さん、少し具合悪いみたいだからちょっと保健室まで連れていきますね」



 大人しそうな顔をして冬雪は俺の腕を掴み、強引に教室の外へと連れ出す。



「……昨日から疑問に思っていたんですけどもしかして人だかりとか苦手ですか?」



 冬雪は心配そうな顔で俺の表情をのぞき込んでくる。さり気ない優しさについ俺は顔を逸らしてしまう。あまり優しくされることには慣れていないんだよ。



「少し人酔いするだけだよ、そんな重症じやよない」



 幼いころの事故の影響で人の顔にモザイクがかかるようになったんだと言ったところで信じてもらえる訳がない。人を傷つけない嘘なら俺は何回でも嘘をつき続ける。



「そう、ですか……でも無理しないでくださいね。まだ授業が始まるまで時間がありますし、気分転換に学園の案内でもしますよ」



 二人で教室から離れようとしたその時だった。後ろから一人の女の子が駆け足でやってきた。



「危ない危ない……間に合って良かったよ。もぉ〜、僕も保健委員なんだから一声かけてくれればいいのに!」



「ごめんなさい東雲さん、秋月さんが体調悪そうに見えたから早めに保健室に行った方がいいと思ったので……」



 冬雪に東雲と呼ばれた女の子は周りの気取っている女の子たちと違って日焼けの跡が目立つ明るい子に見えた。こんなお嬢様学校にも男の子ぽっい女の子がいるとは思わなかった。



「でも体調良さそうに見えるけど……あ、もしかして二人でサボる計画でも立てたりした?」



「いえ、気分転換に西……冬雪さんが学校の案内をしてあげると言ってくれたんですよ」



 普段は乱暴な言葉を使っているせいで、丁寧な喋り方をすると一気に体力が削られていく。



「じゃあ僕もついて行こうかなー! 二人で案内すれば結構時間短縮にもなるよ!」



 冬雪は俺と二人だけの話をしたかったのか、強引に勧めてくる東雲に対抗したが彼女の太陽のように明るいオーラの方が一回り上だったせいで冬雪は諦めてしまった。大人しい冬雪には東雲と気が合わなそうだな、覚えておこう。



 私立朱智学園は全生徒が千人以上在籍しており、その人数の学生生活を充実させるために学園は大規模な施設を作っていた。まず一階には一、二、三学年専用の食堂が併設されており、昼休みになると多くの学生が食堂に来るらしい。次に向かったのは政府が毎月、本を寄贈していると言われている図書館。授業が始まる前だというのに図書館には沢山の学生が無限にある本棚に囲まれて読書に励んでいた。まだまだ施設はあるらしいが、授業開始時刻が近づいてきたせいで俺たちは渋々教室に戻ることにした。



「他にも映画館やカフェテリアがあるけどそれはまた今度ね」



 東雲は外部生の俺を案内したことに満足したのか、一足先に教室へ戻っていった。色々と回れて楽しかったけど、あまりにも元気すぎてちょっと疲れてきたな。



「……柊木くん」



 周りに人がいないことを確認した冬雪は俯きながら、俺の制服の袖を掴んできた。


「どうしたんだよ大丈夫か?」



「あの……放課後にまた学園の案内を詳しく教えますのであの説明だけで満足しないでください」



 東雲真緒の案内は時間が限られていることもあってか、説明が大雑把すぎた。ここが休み時間に人がいっぱい来る映画館!あそこのカフェのコーヒーは美味しい!などと雑に説明されたら理解できない。だけど冬雪は俺のために時間を取って学園のことを一から教えようとしてくれている。人を信じられないって言っていたのになんだかんだ冬雪は優しいことが分かった。



「一年以上この学園にいるからにはもっと知らないといけないからな、よろしく頼むよ」



 気の所為かもしれないけど、冬雪との距離感が掴めてきたような気がする。









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