第4話 ボディーガードデビュー!
01
早朝、インターホンが部屋中に鳴り響いたことで眠気が覚めた俺は突然の来訪者に尻もちをついてしまった。
「……ごめんね秋月さん。朝早くに来て迷惑でしたよね?」
「い、いえ……今お嬢様の元に向かおうとしていたので大丈夫です」
玄関には作り笑いを浮かべている西ノ宮と、後方で腕を組みながら俺を睨んでいる屈強な男たちが並んでいた。西ノ宮が俺を女としての名前を呼ぶときは学校関係者か、もしくは家関係の人。
四ノ宮さんの厳しいトレーニングに感謝すべきか、俺は寝ぼけながらも既にメイド服に着替えていた。彼女には本当に感謝しきれない。男ということがバレないようにメイドのイロハを数時間で叩き込んでくれた。もし、男の服装のままだったらと思うと恐ろしい……
「……お嬢様、コイツが例の新入りのボディーガードですか」
メガネをかけた屈強な男その一は華奢な体をした俺を見て鼻で笑いやがった。例のってなんだよ、例のって。
「彼女に失礼です、謝りなさい利夫」
利夫は不服そうな顔をしながら俺に謝罪をしてきたが、俺は露骨に嫌な表情しながら大丈夫ですとだけ付け加えた。
「これからお嬢様は他企業の社長やその関係者たちとのパーティがある、お前もついてきなさい」
利夫の他にいた額に傷が入った男が言うには都市部のホテルで、企業の媚びの売り合いパーティがあるらしい。
そこに西ノ宮が行くことになるから、ボディーガード複数で警護をしろとのこと。頭のスイッチが切り替わっていない俺に気づいたのか、西ノ宮は彼らに聞こえないように小声で話をしてきた。
「まだ私の家のことを話していませんでしたね」
「出会ったときに話をしとくべきじゃねーのか?」
苦笑いをしつつも、西ノ宮は自分の家のことを話し始めた。西ノ宮は西ノ宮商事という大企業の会長の孫らしい。
西ノ宮商事は観光事業、メディア事業、インフラ事業など多数の事業を運営しつつ、数多くの子会社を国内に展開させている有名企業らしいが俺はあまり実感がわかなかった。有名企業の孫娘が媚び売りパーティに行くとなるとボディーガードは必ず必須だろうな、必死な人間ほど何を考えているかわからないだろうし。
学生寮の前に停めてあった車に乗り、俺たちは学校を離れていく。パーティが開催されるホテルは一般庶民では泊まれないレベルらしく、海外セレブや芸能人がお忍びで来る場所と利夫は俺に自慢げに話しかけてきたが目を逸らす。
学校から離れて一時間、高級ホテル ブランコに到着した俺は外観に驚くことしか出来なかった。車から出ると数十名のホテルマンが出入口で待ち構えていた。
「お待ちしておりました、西ノ宮さま」
ホテルマンに着いていく途中、俺は中の様子を見渡した。一般的なホテルと違ってここにいる客はブランド物で着飾っている人から高級スーツを着こなしているビジネスマンなどバリュエーション豊かな客層で目移りしてしまう。パーティ会場に到着し、利夫たちの説明通りに俺は主人の代わりに名前を書く。
「この扉を開けたらもう俺はボディーガードなのか……」
正確にはメイド兼ボディーガードらしいが。
西ノ宮は俺の独り言が聞こえたのか、利夫たちに聞かれないようにボソッと口を開く。
「いつも通りの柊木くんでいいんですよ。ただ私の傍にいてくれたらそれで大丈夫ですから」
元気づけている割には西ノ宮の横顔は暗かった。言葉と顔が一致してないだろう……
勇気を振り絞り、俺は目の前の重く閉ざされた扉を開ける。一面に広がるのは耳障りな大量の雑音と真っ黒な顔をした人々。
彼らは扉が開いたのを見て西ノ宮がいる方へと振り向き、歪んだ笑みを浮かべる。想像していたよりも人が多く、吐き気を催しそうになったが少し留まることができた。それは西ノ宮が俺以上に気を失いそうな顔をしているからだ。
「やあやあ西ノ宮さんではないですか」
そんな様子をわからずに脂に塗れた醜いモ豚のジジイが西ノ宮に近づいてきた。会場内にいた人間よりも顔がドス黒かったせいで、俺は西ノ宮に触れそうな手をつい払い除けてしまった。
「な、なにをするんだ君は!」
「人の手に触れるまえにまず身だしなみを気にしろよジジイ」
モ豚のジジイが激高するまえに彼の周辺に俺よりも背丈が高い男たちが数人現れた。
男たちは主人の手を払い除けた俺を拘束しようとするが、こちらは一回り体が小さいためダンスを踊る様に交わしていく。
「す、すいません。まだ彼女はこちら側の事情を知らないようなので!」
利夫は俺の頭を無理やり下げさせ、謝罪させる。大事な主人の手が汚れてもいいのかよ。
「ふん、ちゃんとその女を躾るんだな。……ゴホン、些か邪魔が入ってしまいましたが例の件をちゃんとおじい様に伝えておいてくださいね西ノ宮さん」
俺が余程気に食わないのか、モ豚は蔑んだ目で俺を見下す。西ノ宮に対しては目を輝かせながら、脂だらけの頭をペコペコと下げる。
切り替えだけは早いな……
モ豚が去ったあとも彼女の周りには目先の利益しか考えてない大人たちが集まっていた。
肝心な俺はというと利夫と額に傷男改め岳からお叱りを受けていた。
「……お前の気持ちもわからなくはないがお嬢様は西ノ宮家の後継ぎ一位な以上外交は避けて通れない。我慢してくれ」
利夫は神妙な面持ちで俺を諭す。彼らも俺と同じような気持ちなのに主人をたすけることをしないのは何でだ。利夫も岳も俺がまだケツの青いガキということもあって、いくら反論しても冷静な口調で我慢をしろと一点張り。
……納得ができない。西ノ宮がどういう家庭で育ってきたかはわからないけど、苦しそうな顔をしているのに守って上げられ無いのはボディーガードと言えるんだろうか。
ふと西ノ宮がいる方を向くと自然と目が合ってしまった。彼女が見せる表情は誰が見ても辛そうなはずなのに……アイツは後継ぎということもあって自分の役割を果たそうとしている。俺には誰かを助ける権利はないのは分かっている、だって普通の人間ではないから。でも今はどうだ、俺は人の顔にモザイクがかかる柊木桜ではなく西ノ宮のメイド兼ボディーガードの秋月美颯だ。だから今やるべき事は一つ。
「西ノ宮!」
「え、柊木くん!?」
突然のことでつい俺の本名を呼んだ西ノ宮の手を俺は人混みの中から掴みとった。後ろから利夫たちの声はするが関係ない。俺はあくまでボディーガードの仕事をしただけだ。
02
「はぁ、はぁ……大丈夫か西ノ宮」
俺は会場から抜け出し、近くの広場まで着ていた。ホテルから広場までは少し距離があるから、追手は来ないだろう。
「……どうして私を助けたんですか」
西ノ宮は俺の行動が理解できないと言わんばかりに体を振るわせていた。
「見ていられなかったんだよ、あのまま薄汚い大人たちと喋り続けていたら倒れそうな気がしてな」
「貴方はボディーガードの仕事だけをしてくれたらいいんですよ、余計なことをしないでください」
「なら何で最初に柊木くんらしくしていいと言ったんだ? ……本当はめちゃくちゃにして欲しかったんだろ俺に」
図星だったのか、西ノ宮はそれ以上口を開くことはしなかった。
「お前がどんな家庭でどういう生き方をしてきたかは知らないし、聞く気もない。でもこれだけは分かってほしい、助けてほしいなら周りの人間を頼ってくれ」
利夫も岳も西ノ宮のことは心配しているんだと付け足しておく。普通の人として頼ってくれるなら俺はどんな仕事でもしてやる。
「……利夫さんや岳さんは口だけですよ。他の人も同じ、だから貴方が助けてくれたときは本当に嬉しかった」
俺からそっぽを向いた西ノ宮は笑っているのか、泣いているのかわからないような声でありがとうと答えた。
「柊木くん……私は人を信じられない性格ですけどそれでも守ってくれますか?」
彼女が放つその言葉に少しばかり違和感を抱えつつも、俺は快く了承した。
「さてと……逃げ出しちゃったからこれからどうしようかな」
逃げだすまえに計画を立てとけば良かったなと後悔する。あそこにいたままなら、俺も気を失ってたかもしれないからその場しのぎの行動も悪くは無いかもしれない。
「少しお願いがあるんですけど聞いてくれますか?」
「おう。もちろん構わない」
「家系ラーメン屋というものを見てみたいのですが……」
何を言い出すかと思えば、お嬢様である西ノ宮の口からまさか家系ラーメンが出てくるとは思わなかった。
つい笑ってしまったが財布の機嫌も良いからたんまりと庶民のご馳走をしてやろう。
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