第3話 絶体絶命
01
私立明智学園の学生寮はビルの十階建てと同じ大きさで、一室一室に金持ちの子供たちが執事やボディーガード付きで暮らしているらしい。ボディーガードとなった俺には一人では充分なぐらいの広さがある部屋を用意された。どこの部屋も手入れされており、なにより既に家具全般が用意されていることに驚いた。
「これ家賃いくらだ……」
お風呂場も、キッチンも、テレビも全部一般庶民の給料では賄えないようなレベルで立ちくらみがしてきた。本当に俺は金持ちの人間のボディーガードになったんだな……実感があまりない。
わざわざコンビニやスーパーに行かなくても、生徒が指定した生活用品を専用の業者が配達に来るらしく冷蔵庫には既に食材がきっちりと収納されていた。一通り部屋を見た俺は自分が食べる分の料理を作り、風呂に入ることにした。
一人で食べる食事はあまり慣れていないからか、少しだけ寂しさを感じることに気づいてしまった。もう二度と会うことはないんだ、早く一人の生活に慣れないと。
自分が持ってきた少ない荷物をこれから俺の部屋になる場所へと置く。ベッドはまるで雲の上を再現したかのようにフワフワで俺は気がつくと眠りに落ちてしまった
と、ここまでが俺が覚えてる昨日の記憶だ。朝、目を覚ますと俺は両手足を椅子に縛られており、何故か服装がメイド服に着替えられていた。
目の前には鏡が置かれており、今の自分の状況がいかに恥ずかしいのかが思い知らされた。右足と左足は椅子の左端と右端に縛られており、さながら観音開きのようだった。真っ白なニーソックスに黒いガーターベルト、そして下着は女性物。なるほど、俺は新たな拷問を受けているのか。
「だ、誰か!!」
両手足を縛られていることで冷静さを失った俺は年甲斐もなく叫んでしまった。恥ずかしい、これ以上自分があられもない姿をずっと見ていたら死にたくなってくる。こんな状況にしたのは誰だ……? アキか?
いや違う、アイツはこんな変態的な行為はしない。じゃあ西ノ宮か?会ったばかりの人間に女装しろと言う変な人間だけどこんなことをするような人間にも見えない。
「ようやくお目覚めになりましたか」
誰が犯人か推理をしていると奥の部屋から聞きなれた声がしてきた。この感情が読み取れないような声はメイドさんか……
「どうしてこんな恥ずかしい格好させたんですか……!」
「本当にお嬢様のボディーガードに相応しいか試練を受けて欲しかったんですよ」
顔にはモザイクがかかっているメイドはいつものように感情が読み取れないが、今この人が何を考えているのかがわかった気がしてきた。俺がボディーガードに相応しくない言動をしたら殺す気だ。表情を読み取れなくても、メイドの目が殺気立っているのがわかる。
「昨日は自己紹介してませんでしたね。私はお嬢様の最後のメイドである四ノ宮美穂と申します、どうぞよろしくお願いいたします」
モブメイド改め、四ノ宮さんは律儀に俺に向かって頭を下げた。彼女は椅子に縛られている俺の傍に近寄ってきたかと思えば、下着が視界に入るような位置に座り込んだ。西ノ宮家の人間はプライバシーというものを知らないのか、人の体を隅から隅まで調べたと自信ありげに話していた。武器や薬物が無いことがわかったら、俺の服を脱がしてメイド服に着替えさせて椅子に縛りつける。これがボディーガードになった人間の資質を確かめるために必要な試験なら、西ノ宮家はとんだ変態だ。
「今の気分はどうですか?」
「椅子に縛られてなかったらまだ喜べたと思います……」
四ノ宮さんは肌が顕になっている部分を小さな子供を撫でるように優しくなぞってくる。くすぐったさが来ると同時に体が火照ってくるのが鏡を通してわかってきた。自分が気持ちよくなっている顔を見ていると、男のプライドというものが壊れていくような気がした。つい目を逸らすと四ノ宮さんは目が笑わないまま口を歪めた。
「恥ずかしそうな顔は妹にそっくりですね……これから私が聞く質問にははいかいいえで答えるようにしてくださいね」
「は、はい……」
これ以上肌を触られ続けたら自分の体に何が起きるかわからない、素直に従うしかないな……
「柊木さんは何故お嬢様のボディーガードを引き受けたのはお金目当てですか?」
「……いいえ」
誰であろうと俺の秘密は信用できる人間じゃなければ口を開かない。太ももを触ることに飽きたのか、彼女は俺の耳元で次の質問を問いかけた。
「もし、これから命をかけてお嬢様を守る事件が起きても貴方は最後まで仕事を真っ当できますか?」
「できないと言ったら?」
「ここで死んでもらうことになりますね」
返答次第で俺は家畜以下の扱いを受けることが目に見えた、そんなのはごめんだ。だから俺は精一杯の反抗として四ノ宮さんの顔を忘れないように目に焼き付ける。この人とは長い付き合いになりそうだと思った瞬間、顔にかかっていたモザイクが晴れた。アキの時にも思ったが、人の顔がわかるようになったときは少し嬉しい。四ノ宮さんは顔が整っているのに、表情に優しさが無かった。
「なるほど……わかりました。柊木さん、貴方はお嬢様のボディーガードとして充分な能力をお持ちのようです」
ずっと無表情だった四ノ宮さんはにっこりとした顔で俺の縄を解き始めた。敵ではないとわかった途端、彼女は人違いかと疑うぐらい表情が豊かになった。女という生き物はなんて恐ろしいんだろう。
「この拷問……いや試練で本当にボディーガードの資質がわかるんですか?」
「ええ、勿論。この学園には私以上のことをする人間がいるのでそれに耐えれるか確かめたかったんです」
恥辱を受けさせる以上のことをする人間がこのお嬢様学校にいるのか? 些か信じられない話だが俺は四ノ宮さんが嘘を言っているようにも見えなかった。
「柊木さん。お嬢様は穢れなんかを知らない良い子ですので守ってあげてくださいね、あの子は誰よりも繊細な娘ですから」
誰が主人であろうと俺は俺の仕事をするだけ、ただ一つ言えることがあるのは西ノ宮は何かしらの問題を抱えているように見える。四ノ宮さんの言葉を真摯に受け止めよう。
02
あの拷問を受けた時間が早朝だと知らされた途端、体にストレスが積み重なっていくのがわかった。
一眠りしようとベッドに入ろうとしたが西ノ宮からの着信が来ていたことに気づき、少しイラついてしまった。アイツが主人な以上、俺は従うしかない。
「柊木くんもうメイド服着てるんですね」
インターホンを押すと西ノ宮は一分もかからないで玄関を開けてきた。彼女の指摘で俺はメイド服のままだということに気づいた。まぁ……自分の部屋には男物の服とメイド服数着しかないから仕方ないか。男物は自分の部屋でしか着れないし。
「それで何の用なんだ?」
「昨日言ったじゃないですか、女の子になるためのトレーニングをするって」
ふと奥の部屋を見ると四ノ宮さんが満面の笑みでこちらを見つめていた。このメイドにしてこのお嬢様ありと言えるぐらい、西ノ宮は女物の服を持ちながらニコニコと表情を緩めて詰め寄ってきた。あの拷問があった以上、拒否する訳にはいかなくて俺は渋々トレーニングを引き受けることにした。
メイドである四ノ宮さんは毎日いるわけではないらしく、彼女がいない代わりをボディーガードがやる時もあるらしい。そのため、四ノ宮さん指導の元メイドとしてのマナーを体を使って覚えさせられた。
同級生と会ったときは会釈、名家の当主と会った場合は深くお辞儀をする。胡座はかかない、肘をつかない、常に自分は女の子だということを意識して行動する。言葉遣いは丁寧さを心がけ、どんな時でも笑顔を忘れずにと熱い指導された俺は体力的に限界だった。
男としての柊木桜ではなく、秋月美颯という女としての名前を西ノ宮にもらったことで俺は女の子としてこの学園で生きなければならないことを今更ながら思い知らされた。この女の子になるトレーニングがいかに重要なのかを知ることになるとはまだ今の俺は知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます