第7話 無表情とデート

 01



 私立朱智学園に在籍している生徒は外出をする際には外出届けを出さなくてはいけない。だがこの世の中には特例というものがあり、西ノ宮に仕える人間は書類の提出が不要らしい。学内にも権力を行き届かせることが出来るのは西ノ宮家だけだ。金持ち様々と言いたいところだけど、今日はそういう訳にはいかない。出かける準備が整った俺は冬雪が住む部屋の前に来た。男のときの格好のまま出かけたかったけど、正体がバレたら大変だから結局俺は制服のままだ。



 インターホンを押して少し待っていると、中から冬雪の慌てているような声が聞こえてくる。この感じ……さてはさっきまで寝ていたな。



「ご、ごめんなさい。まさか寝坊するとは思ってなくて……」



「いや、別にそこまで気にしてはないから……」



 玄関から出てきた冬雪を見て俺はついその姿に見惚れてしまった。普段は下を向いて人の目を見ない大人しそうな雰囲気なのに、今日は三つ編みを解いているからか凛々しさを感じた。春の装いに相応しい淡いロングスカートに白いブラウスを着ている冬雪は正直言って俺の好みだった。



「じゃあ行きましょうか、外で四ノ宮も待ってますし」



 今日俺たちは密会をするために大型商業施設ラグーザに行くことになっている。そこは市外や市内の人間が大量に来る人気スポットで、秘密の話をするにはもってこいの場所だった。学園の外で待っていた黒い高級車に乗ると、いつものように四ノ宮さんが無表情で俺を出迎えた。



「……単刀直入に聞くけど、東雲と冬雪はいったいどういう関係なんだ?」



 学園から離れたことで安心した俺は「秋月美颯」というキャラクターの皮を剥がし、「柊木桜」として冬雪に問いかける。俺の問いかけに冬雪は深呼吸をしたあと、運転手席にいる四ノ宮さんにアイコンタクトをしてから口を開いた。



「彼女は……お爺様が用意した監視役なんです」



 西ノ宮家は代々、次期当主の座を子供たちの従者を使って争わせていたが、今回の当主争いでは何故か従者がいない冬雪が有利のまま始まってしまった。東雲真緒は現当主の父親である先代が用意した監視役で、冬雪が当主争いに相応しいかどうかを見極めるために用意されたと冬雪は言った。そうかだから冬雪は初めて出会ったときに自分は姉妹に命を狙われていると言ったのか。……俺と同い歳なのに殺し合いの環境にいるなんて考えられない。



「怒らないんですか? 私はずっと黙っていたのに」



「正直に言うと驚いてる、でも俺には誰かに怒る権利なんてものは無いからこれ以上は何とも言えないんだ」



 俺を普通の人間として扱ってくれるなら、例え死ぬことになっても後悔はない。どれだけ痛めつけられようが笑っていられる自身がある。それなのに何故か冬雪を見ていると胸が痛む気がするのは何でだ……二度とアイツを悲しませるなと誰かに言われている気がしてならない。



「でも私は嘘をついたんですよ、貴方を傷つけるのが怖いからって自分のために」





「いやこれでも驚いているんだけどな」





「全然そう見えないです……無表情のままですよ」



 冬雪とはまだ会って数週間しか経っていないのに彼女は俺の服を強く強く握り締めていた。人の顔にモザイクがかかるようになってから俺は感情の表現が分からなくなってしまった。毎日毎日モザイクだらけの赤の他人の顔を見ていると、自分の顔がどういうものなのかを忘れる。鏡を見て柊木桜の顔の表情の作り方を偽造し、一般社会にとけ込んでいるつもりだった。冬雪に指摘されるまでは。



「まだ無表情なのか……? 表情を作っているつもりなのに」



「あまり本人を前にして言いたくはないですけど、柊木くんの表情には感情がこもっていないんですよ、まるでロボットです」



 ロボットか……今まで指摘されたことの無かったから新鮮味がある。優しい冬雪が言うぐらいだから俺の顔は無表情なんだろう。



「いや、あのごめんなさい酷いこと言って……!」


 今言ったことを訂正しようと慌てている冬雪の姿を見てつい俺は笑ってしまった。彼女の隣にいるときは「柊木桜」ではなく、「秋月美颯」としての方が落ちつくような気がする。



「いやいいよ、俺も人としてまだまだ未熟なのが分かったから。それで冬雪は俺にどうしてほしいんだ」



「柊木くんが殺し合いに参加しないと言ってくれたら私は当主争いから身を引こうと思ってます。……自分から頼んだのに酷いですよね」



 冬雪は普通の人間になりきれない俺を真っ当な人間として扱い、正面から向き合おうとしてくれている。俺もその気持ちに答えるべきなんじゃないか。



「冬雪は俺に言ったよな、生き残らなきゃいけない理由があるからって。俺を初めて人として扱ってくれたお前の願いを叶えてやりたいんだ、本当に嬉しかったから……」



「柊木くんはみんなと同じ普通の人なんですから、そんなネガティブなこと言わないでください……」




 冬雪は俺を他の人と同じ普通の人と言ってくれた、でも彼女には俺の秘密は言っていない。本音を話したら嫌われるかと思うと怖い、でも冬雪なら俺を受け入れてくれる気がする。ぎこちない笑顔で彼女は俺の手を取り、今後ともよろしくお願いしますと一言を入れた。







 02





「お取り込み中申し訳ないですが、ラグーザに到着しましたよ」



 四ノ宮さんは咳払いをしながら、ずっと手を取り合っていた俺と冬雪に声をかける。

 手を離しても良かったけど、直ぐに外したら冬雪の気分を悪くさせるんじゃないかと思って出来なかった。気を取り直し、ボディーガードとしての「秋月美颯」の皮を被った俺は先に車から出た。



「さぁ、手を取ってくださいお嬢様」



「え、ええとありがとうございます……」



 冬雪の手は雪のように冷たく、柔らかかった。四ノ宮さんに教わったとおりに冬雪を車から下ろす。



「私は夕方にはここに戻ってきますのでどうぞ二人きりで楽しんでください」



「え、嘘だよね四ノ宮!?」



 予想外だったのか、冬雪はつい敬語を忘れて四ノ宮さんを引き留めようとしていた。

 冬雪は気づいてないかもしれないが、四ノ宮さんは俺にボディーガードとして冬雪とデートを楽しめとアイコンタクトを送っていた。颯爽と駐車場から消え去ったのを俺たちはただ黙ってみていただけだった。



 デートプランなんか考えていなかった……ラグーザで西ノ宮家について話をすると思っていたから何も準備してきていない。今の状況を表すとすれば穴があったら入りたい。



「映画でも観ようか……」

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