002
午前 クレーター内第1エリア 中央 中央広場
一匹のキタキツネはその体を半分以上雪の中に埋めながらも、主人に頼まれた依頼を遂行するために必死に走った。
首に巻きつけられた革の首輪には小さな樽がついており、その中に入れられた大切なものを届けるためにこのクレーターまで休むことなく走った。
「おやおや?この横に走るカミナリのような模様は…
キタキツネ、雷は上から降ってきた声に顔を上げ声の主を確認した。
声の主はその長身痩身をモッズコートに包み、目の下に色濃い隈を作った研究者の
陽炎は雷の横にしゃがみ込むと雷の体にあるカミナリのような模様を横になぞった。
「
陽炎の問いかけに雷は「キャッ」と甲高い鳴き声をあげると、首に付けられた小さな樽を主張するように頭を振るった。
樽を外してやると、身軽になった体でご褒美を求めるように陽炎の周りをくるくると周り、陽炎の足に体を擦り付け甘えるような仕草を取った。
「はいはい、分かりましたから…」
ぴょんぴょんと跳ね回る雷の体を持ち上げると、腕の中で雷が子供のように「キャッキャ」と嬉しそうに鳴いた。
陽炎は自身の所有する研究施設へ向かおうと踵を返した。
「陽炎!」
「おや?霞さんじゃないですか。どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいことがあったんだが…雷じゃないか」
「つい先ほど来たみたいですよ」
抱きかかえた雷を一旦地面に下ろし「先に研究所に行っててくれませんか」と声を掛けた。
雷は「キャッ」と返事を返すし、挨拶と言わんばかりに霞の足にスリスリと頭をこすりつけると、研究施設のある方向へと走り去った。
「引き止めて悪かったな」
「いいえ。それより、どうしました?」
「あぁ、不知火から連絡がきてないかと思ってな。丁度来てたみたいで良かった」
陽炎は手に持っている小さな樽を開け、中から数枚の紙の束を取り出した。
四つ折りにされた紙の束を霞にも見えるように広げ、パラパラと捲る。
一番最初のページから数枚は陽炎宛のもので、残りの数枚は手書きの地図や何かのリスト、手紙や白紙の紙が入っていた。
自分宛の資料をモッズコートのポケットに収め、陽炎は残りの資料を霞に手渡した。
「なんだこの地図…あいつは今どこにいるんだ?」
「うーん…広島なのは間違いないでしょうけど…」
「広島の…どこだ?」
まるで子供の落書きのような地図をなんとか解読しようと霞は眉を顰めた。
広島県のどこかであろう地図には走り書きでメモが書かれており、そのメモも解読に時間がかかりそうだ。
「他にもやらないといけないことがあるって言うのに…」
「いつも酷いですけど、今回の地図は一段と酷いですね」
「陽炎、あいつに伝言を頼む」
「なんですか?」
「これ以上私に残業をさせるな。そう伝えておけ」
盛大にため息をつきながら霞は地図の解読を諦め、何かのヒントになるかもしれないと手紙を読むことにした。
氷点下の中、指先が凍えたのかガタガタの線で書かれた文字は辛うじて読むことができた。
案の定、手紙には地図のことも書かれていた。
「えー…と…広島県内で採石場を発見した。場所は…廿…?」
「日…ですかね?廿日…」
「あぁ、廿日市市か!確かあそこには大野鉱山があったな。高見山の登山ルートの途中に坑道口があったはずだ」
「大野鉱山…高見山…研究所で何か資料がないか確認してみます」
「頼んだ。私も地図とメモを解読しよう。このリストも確認する」
霞は苛つきを隠そうともせず、再び盛大なため息をつくと陽炎に背を向け中央収集所へと歩き出した。
その背中を見送り、陽炎はポケットに収めた資料を取り出し一番上になっている資料に目を通した。
不知火から送られてくる資料は”暁”や太陽消滅の謎についての調査報告書だ。
「日本各地にある太陽の破片…”暁”の観測記録…気温の変化…」
資料を読みながら研究所に向かう。
途中建物の壁にぶつかりながらも、何事もなかったかのようにまた歩き出す。人にぶつからなかっただげマシかもしれないが、横を通り過ぎる住民達の目は冷たい。
「太陽の破片…それをもっと調べることができれば…きっと、この近くにも落ちてるはずですが…一面銀世界の中見つけるのは困難…そのためだけに運び屋の皆さんを外に派遣するのは申し訳ないですし…はぁ…」
いくら優秀な頭を回転させても一人でできることは限られているし、この雪の中でできることは更に限られる。
太陽消滅前に見た世界地図に感動したことを覚えている。
世界はこんなにも広く、自分の知らない謎に満ちていてその謎の答えを見つける術がある。
が、今はそんな世界地図は存在しない。
隕石衝突により世界の陸地は変形。
世界中で地殻変動が起き、各地の孤島は消滅。
日本も例外ではない。
確認されている時点で沖縄は消滅。
北海道は4分の3が消滅。
九州地方、四国地方は本州と陸地が合体。
生存者不明。
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