001

 午前 クレーター内第2エリア 南区


「当時の学者たちの考えでは少なくとも残り50億年、消滅することはなかった。でも、予想に反して太陽の消滅は早まってしまった…」


 機械のように冷たくなった手を擦り合わせ、薄雲うすぐもは肩に掛けたストールを羽織り直し、肩を震わせた。

 薄雲の見つめる先には高く聳え立つ循環式蒸気ジェネレーター”東雲”が、今日も蒸気と煙を上げながら眼下に広がる街を温めている。


 循環式蒸気ジェネレーター”東雲”

 街の暖房兼エネルギー源である蒸気ジェネレーター”東雲”は元広島に隕石が落下してできたクレーター内に放置されていた。生き残った人々は決死行の果てに”東雲”を発見し、クレーター内に小さな街を築いた。

 ”東雲”に最も近く暖かいエリアを第1エリアと言い、このエリアには主に広場や住居、医療施設が多く建っている。その第1エリアの周りを囲うように研究所や整備室が立ち並ぶ第2エリアがある。そして、最も寒いエリアである第3エリアには”東雲”の燃料である石炭や木材を保管しておく収集所が建っている。

 極寒の街全体を温めるには、”東雲”から伸びる配管近くに建物を建てないと電気やガスが使用できないため、石炭を燃料に動く”東雲”は燃料が枯渇した不安定な状況ながらも、なくてはならないものとなっている。


「薄雲さん。今日も”東雲”は問題ないですか?」

「そうですね…ジェネレーター自体には問題ないですけど…やっぱり燃料が足りませんね。石炭の代わりに木材でも良いですけど…」

「分かりました。外に出られそうな者たちに声を掛けてみます」

「ありがとうございます。それでしたら、今日の気温はいつもより高いので、東雲を夜までシャットダウンするのいかがですか?」

「氷点下20度…燃料も少ないしな…1時間後に東雲をシャットダウンしましょう。アナウンスするよう伝えます」


 中央収集所所長のかすみは黒いキャソックに身を包み、オールバックに整えた黒髪を後ろに撫で付けながら、薄雲と同じく”東雲”に目を向けた。

 配管の隙間から漏れ出す暖かな蒸気が真っ白な雪景色に消えていく。

 その蒸気の周りには、少しでも暖を取ろうと集まった住民達が井戸端会議を始めている。

 この光景が日常とかしたのはいつからだろう。


「そういえば、最近来た新人君はどうですか?」

「あぁ…仕事を覚えるのも早いですよ。これで少しは残業しなくてすみそうです」

「それは良かったです。残業嫌いの霞さんが早く退勤できそうで…」


 ふふっと笑う薄雲を見下ろし、霞は手に持っていたブランケットを薄雲の膝にかけた。

 薄雲は霞にお礼を言うと、少し雪に埋もれてしまった車椅子の車輪を転がし、整備室に戻ろうと車椅子の向きを変えた。


「戻りますか?」

「えぇ、シャットダウンの用意もしないといけませんしね」

「押します」

「あら、こんなおばさんのためにありがとうございます」

「何がおばさんですか。下手したら私より若く見えますよ」


 車椅子を押しながら、霞は白い息を吐いた。


「今度はうちにも人を入れてくださいね?整備士がいないと、街も温められませんので」

「人が増えたら、考えてみますよ」

「お願いしますね?」


 誤魔化すように片口を上げた霞に、薄雲は少し目を細め再度「お願いしますね?」と念を押した。


 *


 前後左右上下。

 どこを見渡しても続くのは永遠の白銀世界。

 街を出て一体どれだけの時間が経ったのだろう。

 上司である霞の指示で”東雲”の燃料である石炭と木材を求めてクレーターの外に乗り出し、宛もなく歩き続けるのも限界に達している。


「はぁ…はっ…はぁ…さむ…」


 ソリを牽くために腰に巻きつけたロープは重さと共に体へと食い込み、歩くたびに足に纏わりつく雪は叢雲むらくもの体力をどんどん奪っていく。

 こんな状況の中考えてしまうのは、やはり上司への不満である。


「なんでこんな寒いんだよ。こんな寒いのに街の外に出る意味がわかんねぇ…何考えてんだよあのおっさん」

「にいちゃん!そんな文句言えるならまだまだ元気そうじゃの!」

「そんなことないっすよ。もう指先の感覚とかないっす」

「お前さんが北に新しく入ったって言う若者け?ここはジジィしかおらんけんしっかり働いてくれよ?」

「おっちゃん達は相変わらず元気っすね」


 隣や前を歩く年配の男性達の会話を聞き流しながら、黒髪に積もった雪を落とすように頭を振る。

 支給されたカーキ色の作業用防寒具だけではこの寒さは耐えられない。同じ装備の筈なのに、なぜこのベテラン達は元気なのか不思議でならない。

 

「こんくらい元気じゃないと、運び屋の仕事は続かんけんの」

「にいちゃんもそのうちこんなこがな感じになるけんな」

「いやっすよ。おっちゃん達の年齢までこの仕事したくないっすもん」


 叢雲の言葉に男性達は大口を開けて笑った。


 ”暁”が登ると同時に出発し、燃料を求めて数十人のグループで雪の中を進む。

 この燃料を街まで運ぶことが、叢雲に与えられた仕事だ。

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