第29話 世界一仲の良い実妹と見つけた俺たちの答え
「っ、はぁ」
きらびやかなチャペルで、俺はため息をこぼす。
あまりの緊張に、胃痛すら覚えそうだった。
キリキリと痛む胃を押さえながら、俺はチャペルを見渡す。
白を基調としたチャペル。十三メートルもある大理石のヴァージンロード。そのヴァージンロードに添って置かれたキャンドル。参拝者のいない長椅子。
あまりに非日常的すぎる光景に、何度も夢ではないかと疑ってしまう。
しかしこれは夢でなく現実。何度目を越すったって、何度
あまりの場違い感に、俺はもう一つため息を生成する。
可能であれば、こんな非日常的空間からすぐさま離れたいが、そんなことはできない。
なぜならこれが、俺と
挙式がデート? そう疑問を抱くかもしれないが、これは本物の結婚式ではない。ブライダルフェア、いわゆる無料見学会というものだ。
試食やドレスの試着、模擬挙式と様々なコンテンツを無料で行えるブライダルフェア。
コンテンツによって予約が必要であったりするらしいが、ドレスの試着と模擬挙式は予約不要と良心的。
それを活用して、俺は小凪の最後の夢を叶えることにした。
場所からして察しはつくだろうが、言明しておくと小凪の最後の夢というのは、俺と結婚すること。
もちろん実の兄妹で結婚なんてできない。だからこの模擬挙式というシステムを使ったのだ。
高校生でも参加可能で、なんといっても無料というのが大きい。女子の憧れと言われるウェディングドレスもタダで着れるとか、普通では考えられない。
小凪も半ば諦めていた夢が叶うとわかって、予約しているときはとても嬉しそうだった。
ついでに今日は、俺と小凪はカップルということになっている。
代理などの理由できょうだいが同伴することもあるらしいが、それだと満足できないという小凪の意見からだ。
にしても、結構時間かかるんだな。
少々お待ちくださいと言われてから、そろそろ三十分が経過しそうだ。
べつに待つのが嫌だとか、そんな感情は一切ない。しかし環境が環境なため、長い時間この空間に一人でいるのは精神的に疲れるし、待たされた時間の分だけ緊張する。
どうにか落ち着ける方法はないか。そう考えた俺は、ベタだが無心で素数を数えることにした。
思考を止め、胸中で覚えている範囲の素数を何度も繰り返す。
そんなことをしていると、不意に天井のライトが消灯された。
しかし暗闇に包まれることはなく、キャンドルの淡い光がチャペルを
先ほどまでの清潔感や晴々しさから雰囲気がガラリと変わり、俺は羽織っていたジャケットを正す。
そんなことをしていると、後方の大扉がゆっくりと開かれた。
姿を現したのは、純白のウェディングドレスに身を包み、両手にブーケを持った小凪だ。
あまりの可憐さに見惚れていると、ふと小凪と目が合う。
ドキリと心臓が高鳴り、妙な気恥ずかしさを覚えた。
それでも小凪から目を離すことができず立ち呆けていると、小凪が一歩ずつ歩きだす。
コツ、コツと静かにヒールの音がチャペルに響く。
小凪がヴァージンロードを歩くのに従って、スポットライトが再度点灯し小凪を照らす。
そんな演出に、緊張さえ忘れて俺はただただ見入ってしまった。
「にっ……よっ、
ハッを我に返れば、ヴァージンロードを歩き終え小凪が隣までやって来ていた。
名前で呼ばれるのが新鮮で、妙にくすぐったく感じる。
「お、お待たせ」
「ぅお、おう」
緊張からか声が上擦ったが、俺は何事もなかったように頷いてみせる。
「ど、どう? 似合ってる?」
小凪は不安と期待が入り交じった瞳を俺に向け、そう尋ねてきた。
率直に述べるのであれば、美しい。
純白のドレスから溢れ出す清楚な雰囲気に、露出した肩や鎖骨のラインが演出する大人っぽい色気が合わさって、魅力的すぎる新婦が完成していた。
非日常的だと感じていたチャペルすら、ウェディングドレス姿の小凪の前には草原に等しい。
これこそ夢ではないか。そんな考えも、ウェディングドレスをまとった小凪の圧倒的な存在感の前に掻き消える。
形容しきれない美しさに、俺は他のやつには見せられないなとシスコン極まった考えを抱いた。
「にっ、似合ってると思うぞ。可愛いというより、めっちゃキレイだ」
「っ、あっ、ありがと、に……夜露」
『兄さん』呼びが抜けていない小凪に苦笑していると、ポラロイドカメラを持ったスタッフが近づいてきた。
記念撮影のサービスだ。ただ着て歩くだけではもったいないと思い、お願いしておいたのだ。
カメラを向き、小凪と腕を組む。
緊張しているのか小凪がギュッと強く抱きついてくるせいで、腕に柔らかいものが容赦なく押しつけられる。
思わぬ攻撃に逃げ出したくなったが、そこは理性に頑張ってもらう。
スタッフに指示され、目線や体の向きを調整。「はいチーズ」なんて定番の合図に、俺はなるべく自然っぽい笑顔を作った。
写真を撮り出来を確認する。俺も小凪も、わかりやすく赤面していた。初々しいかよ。
「お帰りの際はお声をおかけください」
そう言って、スタッフはキレイなお辞儀をしてチャペルを出ていった。
大扉が閉まり、少しの静寂ののち小凪が口を開く。
「兄さん、ありがと。あたしの夢、叶えてくれて」
「礼を言われることじゃねぇよ。約束したからな、手伝ってやるって」
そう答えると、小凪は朗らかな笑みを浮かべた。
「やっぱり、兄さんは優しいね」
「そうか? 普通だと思うけど」
「ならシスコンだね」
「まぁ、それでもいいかな」
否定はしない。こんなに可愛くて自慢な妹がいるのだ、シスコンにもなる。
「……満足、できたか?」
恐る恐る、尋ねる。
今日まで小凪の恋を終わらせるために様々なデートをしてきた。
この結婚式が最後の夢なわけだが、最後まで付き合っても俺には小凪が満足できたかはわからない。
最善を尽くしたつもりだが、小凪の希望に添えただろうか。そんな不安が俺の胸にあった。
しかしそんな不安も、小凪の顔を見てスッと消えていく。
言葉を聞かなくとも、小凪の浮かべていた満面の笑みに理解できた。
「少し、寂しいけど、大丈夫だよ。もう、大丈夫」
小凪は涙声で「大丈夫」と繰り返す。
「ありがとう、兄さん。……本当に、ありがとうっ」
「……あぁ」
目尻に涙を浮かべる小凪に、俺までつられて泣きそうだ。
「そうだ、せっかくの結婚式なんだし、誓いの口づけはしなくていいのか?」
「ふふっ、兄さんからキスを誘ってくるなんて、夢みたい。でも、それはいらない。誓いのキスは、兄さんが本当に結婚する人にとってあげないと」
「そうか」
俺は頷いて、小凪の前髪を上げる。
そして
「じゃあ、ここで妥協だな」
そうかっこつけ笑ってみせると、小凪は「……ばか」と静かに呟く。
「けど、ありがと。──兄さん、大好き。大好きでした。あたしのワガママに付き合ってくれて、ありがとっ」
「……あぁ。俺こそ、ありがとな。こんな俺を好きになってくれて」
ぼろぼろと涙を流しながらも笑顔を崩さない小凪を抱きしめ、俺は小凪が落ち着くまで頭を撫で続けた。
こうして、この恋の終わらせ方を探す旅路は終着点にたどり着いた。
これが俺たちの見つけた答え。疎遠だった、そして今は世界一仲の良い実妹と見つけた、俺たちの答えだ。
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