第27話 疎遠だった実妹と探す俺たちの答え 1

 十二月二十四日。本日は我が校の終業式である。


 クリスマス・イブなんかにあるもんで、結構生徒からの不満は多いらしい。


 まぁ、わからなくもない。基本的に世間では恋人や親しい人と過ごすのは当日ではなく、イブのほうだからな。午前だけとはいえ学校で時間を潰されるのは悲しいだろう。


 校長先生のありがたーいお話をBGMにそんなことを考えていると、あっという間に終業式は終わった。


 ぞろぞろと雑談交じりにゆっくりと進んでいく人波に身を任せ、俺は欠伸あくびを一つ。


「やぁ夜露よつゆ、眠たそうだね」


「あぁ、すっげぇねみぃ」


 そんなとき、人波を分けて白夜びゃくやが隣にやって来た。


 二学期最後の日も平常運転で、底が見えないイケメンスマイルを浮かべている。


「夜露は放課後予定が入っているのかな?」


「わかってんのに聞いてくるなよ、うぜぇ」


「親友に理解されて嬉しいけど、だんだんと夜露が動揺しなくなって寂しいね」


「そんな寂しさは宇宙の彼方へでも捨ててろ」


 そう返すと白夜は愉快そうに「ははっ」と笑った。


「それにしても、傷はほとんど治ったね」


「そうだな、もう二週間になるからな」


 俺は一番怪我が酷かった左頬を撫でながら頷く。


 あの日葛井くずいと殴り合い、試合に負けながらも勝利を収めた俺だが、しかし怪我の数が尋常ではなかった。


 一番殴られた左頬は赤く腫れ上がり、四肢や体には青痣がいくつもできていた。体を動かせば全身が悲鳴を上げ、休日の間はほとんど部屋から出ていない。


 それでも学校には通おうと決め、いざ登校した月曜日。ガーゼや絆創を大量に身につけた俺は、以前とはまた別の内容で人目を浴びることとなった。


 それこそ彼女がいる疑惑のあったときよりも休み時間は騒々しかったが、みんな心配してくれいる様子だったので気にしないでおく。


 そんなことがあった二学期も、そろそろ終わりだ。



 教室で担任からの連絡事項が終わり、放課後を迎えた。


 クラスメイトたちは普段より少ない荷物を持ち、昼飯はどこにするかや午後はどこで遊ぶかなどを話し合っている。


 俺はというと、LINEを開き小凪こなぎに『終わった』とメッセージを送信していた。


「夜露、お疲れさま」


「おう、お疲れ」


 帰るかと席を立つと、ちょうどそのタイミングで白夜がやって来た。


「んで、なんの用? 俺はもう帰るところなんだが」


「僕も挨拶が終わったらすぐ帰るさ」


 そう言うと、白夜は俺の肩に手を置いて「頑張ってくれたまえ」と愉快そうな笑みを浮かべた。


「はいはい、じゃあまた三学期な」


「あぁ、また面白いネタ──話を聞かせてくれよ」


 そこに言い換える意味があるのかと胸中で突っ込みながら、俺は教室を後にした。




   ーーーーーーーーーー




 帰宅した俺は、制服からちょっと洒落た服へと着替え、自室で待機していた。


 地球温暖化はあれど年末となれば当然寒い。そのため防寒対策はしっかりとしている。


 そして左腕につけるのは、既に馴染み深くなったプライベート用の腕時計。


 シンプルかつフォーマルなデザインが、身につけているだけで気を引き締めさせてくれる。


 そんな腕時計を確認すると、時刻は十二時過ぎ。そろそろ予定の時間だ。


 そんなタイミングで着信。小凪から準備ができたとの報告である。


 俺は身嗜みを再度確認して部屋を出た。




 玄関を出ると、そこには小凪の姿があった。


 ショッピングモールで買った、俺がエロいと感想を言ってしまった黒のワンピースに、淡い紫のトレンチコートを羽織っている。


 寒いのだから、そのワンピースを着なくてもいいだろうに。そう考えなくもないが、小凪のコーデに口を挟むのはナンセンスだろう。


「お待たせ。……その、なんだ、似合ってるぞ」


「……ん」


 気恥ずかしさを耐えつつ感想を伝えると、小凪はわかりやすく照れて長い髪で口元を隠した。


「に、兄さんも似合ってるよ、かっこいい」


「おっ、おう……」


 照れた様子の小凪も可愛いな。なんて考えていたらカウンターをくらい、俺まで恥ずかしさで顔を背けてしまう始末。


 普段から言われなれていないから、結構反応しづらい。相手が小凪だから、余計にそう感じるのかもしれないが。


「じっ、時間もたくさんあるわけじゃないし、そろそろ行こうぜ」


「うん」


 小凪は頷くと、静かに手を差し出してきた。


 俺は手汗を気にしつつ、差し出された手を握った。




 これが俺たちの導き出した〝小凪の恋の終わらせ方〟だ。


 あの土曜日、俺は寝る前に小凪と話し合っていた。内容は当然、小凪の恋を終わらせる方法である。


 この中で出たのが(というより俺が提案したのだが)、小凪が恋人となってやりたかったことをやるというもの。


 夢描いていたことをあらかた経験すれば、ある程度心の整理ができ諦められるのではないかと考えたのだ。


 他に有力な候補もなく、無理に諦めようとするよりは精神的な負担もないと判断した俺たちは、この作戦を決行することにした。


 そういうわけで、今日は小凪が夢に見ていた中の一つ、クリスマスデートに出ているのだ。




「──ところでさ、なんで今日にしたんだ? 明日だったら、午前からデートできるが」


 道中、小凪にそんな質問をしてみると、小凪は「ふふっ」と笑った。


「その提案も魅力的だけど、今日でいいの。明日は家族で過ごす日だし」


「なるほどな」


 そんな会話をしつつ、到着したのはイルミネーションが評判のショッピングモール。


 内装もクリスマス色あふれ、入り口前には大きめなツリーも飾ってある。


 まだ日が出ているからイルミネーションは光っていないが、暗くなったときが楽しみだ。


 まだ昼食を摂っていない俺たちは、まず初めにレストランへと向かった。


 二人揃って季節限定をうたうメニューを注文し、シェアをしながら腹を満たす。


 それからはモール内を歩いていたのだが、アクセサリー売り場の前を通ったときふと俺は思った。


「小凪って、あまりアクセサリーの類いつけてないよな。なんでなんだ?」


 思い返せば、以前のデートでもあまり装飾品の類いは身につけていなかった。


 もちろんつけなくとも可愛いのだが、アクセサリーをつければより華やかになるのではないか。


 そう考えていると、小凪は少しうつむき、恥じらいながら上目遣いで俺を見た。


 可愛いな、その仕草。


「……笑わない?」


「あぁ、たぶん」


「……初めてのアクセは、兄さんからもらいたいなって思ってた、から」


 そう話すと、小凪は「うぅ」と唸って照れ隠しなのか俺の腕に顔を押しつけた。


 本音を話してから、小凪は感情表現が豊かになった気がする。


「じゃあ、買うか」


「え? いいの?」


「当たり前だ。妹が一生アクセサリーをつけないで過ごすのは心が痛むからな」


 なんて返して、アクセサリー売り場に立ち寄る。


 センスがない俺に選べるものかと悩みはしたが、プロの店員の協力を得て、俺はブルートパーズのネックレスを選んだ。


 シルバーで細いチェーンと、トパーズを包む小さなハートが控えめな可愛さを演出している。


 なぜトパーズなのかというと、小凪の誕生石だからだ。誕生石のアクセサリーなら、様々な場につけて行きやすいだろう。


 ブルートパーズにしたのは、小凪のイメージに合っていたからだ。


 値段はそこそこ高かったが、小凪が喜んでくれるならそれでいい。



「小凪、ちょっと後ろ向いてくれるか」


「え? うん、いいけど」


 戸惑いながらも、言った通りに後ろを向く小凪。


 俺は小凪の首に、買ったばかりのネックレスをつけてやった。


 慣れなくて手間取ったのは内緒だ。


 小凪はくるりとこちらを向くと、首に下がるネックレスを手に乗せ、我を忘れたように目を輝かせる。


「メリークリスマス、小凪」


「あ、ありがとう、兄さん。……一生大切にするっ」


 ネックレスを軽く握り、小凪はブルートパーズが霞むほど眩しい笑顔を浮かべた。



 そんなことがありながら、時間は着実に過ぎていき午後五時過ぎ。


 日は沈みかけて、夜空と夕日のグラデーションが空に広がる。


 次第にグラデーションが崩れ暗さを増すと、待ってましたと言わんばかりにイルミネーションが輝き出した。


 その明かりにつられ、カップルや通行人が集まってくる。


 当然その人だかりの中に、俺たちもいた。



「……キレイ、だね」


 小凪はぼぅっとイルミネーションを眺めながら、ぽつりとそう呟いた。


「そうだな」


 俺はイルミネーションの光に照らされる小凪の横顔をチラリと見て頷く。


 気が利く男なら、ここで「君のほうがキレイだよ」とか言うのだろうが、あいにくと俺にはそんなことはできない。


 せめてもと俺ができたのは、肩を抱き寄せることくらいだ。


 小凪は驚いたように俺を見上げ、すぐに穏やかな表情でイルミネーションへと視線を戻す。



 それから少しの間イルミネーションを眺めていると、不意に小凪が「そうだ」と口にした。


「兄さん、写真撮ろうよ。イルミネーション背景にしてさ」


「そうだな、撮ろうか」


 断る理由もなく当然受諾。


 先ほどまで見ていたイルミネーションを背にして、小凪の構えるスマホで位置を確認する。


「兄さん、もうちょっと寄って。あと笑顔」


「お、おう。笑顔を言うなら小凪もだろ?」


「あたしはちゃんと笑顔できるから」


 そう言って小凪はにっと笑ってみせる。


 不格好でもなく、かと言ってあざとくもない、ごく自然で可憐な笑顔だ。


「ほら、兄さんも笑って」


「お、おう」


 しかし俺はというと、ぎこちない笑みしか作れなかった。


 なんだろう、写真を撮るとなると変に意識してしまうのだろうか。


 そんなことを考えていると、小凪が「兄さん」と静かに呼ぶ。


「なんだ?」


「今日はありがとね」


「っ、おう」


 気恥ずかしく感じながらもそう頷くと、不意にカシャッとシャッター音が聞こえた。


 どうやら小凪がボタンを押したようだ。


「兄さん、いい笑顔できるじゃん」


 そう言って小凪が見せてきた画面には、可愛らしく笑う小凪と、自分でも見違えるほど自然に笑う俺が写っていた。


「ありがと、兄さん」


「おう、どういたしまして」


「それじゃ、帰ろっか」


「そうするか」


 どちらからともなく手を取って、俺たちは帰路に就いた。



 思い出が、一つ記録された。

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