第23話 違和感と情報収集
世間ではクリスマスどころか正月のおせちの予約すら始まっており、その広告を見るたびに気が早いななんて感じる。
そして気が早いのは企業だけでなく、若者も同じ。
あれだけ俺にまとわりついていたクラスメイトたちも、そのほとんどが今では友だち同士で恋人ができたかどうか、誰それに告白するかなど盛り上がっていた。
中にはクリスマスまでに恋人を作ることは不可能だと悟り、友だちを遊びに誘っている者も伺える。
まぁこの歳で家族とクリスマスというのもなんとも言えない居心地の悪さがあるので、友だちと遊ぼうと思うのは理解できる。
四方八方から聞こえてくる話し声に、俺はため息をこぼす。
注目が薄れて寂しい──なんてことは一切なく、むしろやっと静かになったと安堵したのだ。まぁ、教室全体はうるさいんだが。
しかし、クリスマスだと浮かれる気持ちもわからなくもないが、彼らは大切なことを忘れていないだろうか。
それはなにか。ズバリ、定期試験である。
クリスマスを末に控える十二月だが、そこには一つの大きな壁が存在する。それこそが、主に月の上旬から中旬に立ちはだかる学年末試験。
この試験で万が一赤点でも取ろうものなら、補習がプレゼントフォーユー。今のうちに立てていた予定などはほとんど潰れるだろう。学校は成績下位者に対して容赦ない。
まぁ、うちのクラスで補習行きになるやつなんて、一人を除いていないだろう。誰とは言わないが。
せいぜい頑張れよ
授業の準備? 否、試験勉強だ。ここ最近財布の体重が減少してきているので、今回の試験で補充しておきたいのだ。直訳すると臨時小遣いがほしい。
もちろんバイトという収入源もあるのだが、小凪と恋人(仮)になったことで、恐らく今年のクリスマスは出れそうにないので、心
「やぁ
「金がほしいからな。暇なら
「折角のお誘いだけど、僕は家でしっかり時間を取ってあるからね、遠慮しておくよ」
「べつに一緒に勉強しようって誘ったわけじゃねぇよ。邪魔だから席戻っとけって意味だ」
「ひどいじゃないか夜露。親友と語らうよりも勉強のほうが大事なのかい?」
「……正直に答えると、めっちゃ大事」
そう答えると、白夜は怒る様子は一切見せず、愉快そうに破顔した。
「まったく、そんなに親友を無下にしていると、うっかり口を滑らせて彼女さんのことを言ってしまうよ?」
「その脅しはマジで止めてくれ」
「じゃあ、僕の暇潰し相手になってくれるかい?」
「あと少しで授業始まるけどな」
教室前方の壁にかけられた時計を指差すと、白夜は眉尻を下げ「残念だね」とこぼした。
「じゃあ、昼休みに付き合ってもらうとしようかな」
「はいはい。さっさと席に戻った戻った」
しっしっと手で追い払うようにすると、白夜は「冷たいなぁ」と笑いながら席へと向かった。
これだけ白夜の笑った顔見てると、逆に真顔の状態を見てみたいな。
そんなことを考えながら、俺は授業開始のチャイムを聞き流した。
ーーーーーーーーーー
ところでなんだが、試験の結果で小遣いの額が増減するシステムは俺だけにあるわけではない。
小凪も同様に成績が小遣いに影響するのだが、特に今回は金が必要らしく、猛勉強している。具体的には、俺の目の前──より左に寄った位置で。
場所は変わって小凪の部屋。以前世話になったローテーブルを用意して、二人床に座って勉強している最中である。
まさか、帰宅してすぐ小凪に捕まり「勉強に付き合って」と言われるとは思いもしなかったな。
数分前の出来事を思い浮かべつつ、対策プリントの問題を解いていく。
「兄さん、ここの和訳ってコツある?」
「あぁ、ここはだな、この形を覚えて──」
と、そんな風にときどき小凪からの質問にも答える。
ほとんど教えることなんてないんだがな。
妹の優秀さが、自分のことのように誇らしい。
自分自身を誇れるようになりたいものなんだがな。
「そういえば、早速使ってくれてるんだな」
「……兄さんが頑張って選んでくれたから」
俺がルームウェアを指すと、小凪は袖で口元を隠しながらそう答えた。
水色のもこもこの効果か、今日の小凪はいつもより柔らかい印象だ。
俺は帰宅してすぐのため制服だが、今の小凪は述べた通り水色もこもこのルームウェアを着ている。
セットのズボンもあったはずなのだが、なぜか下はショートパンツだった。普段より露出は少ないが、少し残念な気分だ。
「これを期に、もっと普段の露出を抑えたらどうだ? そのうち風邪引くぞ?」
「兄さん、妹相手に露出がとか普通にヘンタイだから」
「理不尽」
ペンを走らせながら小凪と雑談しつつ、時に小凪の質問に答える。
ほのかに漂う甘い香りとその雰囲気に心地好さを覚えながら、俺は試験勉強に励むのであった。
ーーーーーーーーーー
それから一週間近く。ほぼ毎日のように小凪と勉強をしていたのだが、ここ二、三日小凪の様子がおかしい。
どことなく声の調子が低いような気がするし、表情もクールというより沈んでいる。質問の数も雑談も少ないし、小凪を中心にして気温が体感にして二度下がっている気がするほどだ。
どことなく重い空気すら漂っている中、しかし小凪がなにも言い出してこない以上、俺からはなにも言えない。俺の勘違いって可能性もあるわけだし。
しかし勘違いではないとしたら? 実際になにかが起きていて小凪が困っているのなら、助けてやりたい。
一人勝手に葛藤を抱いて、俺は──
「なにか知ってんだろ白夜、吐け」
「夜露、困っているのはわかるけど、その
「いいから、今そういう例えは受けつけてないから」
「まぁ落ち着いてくれ夜露、さすがの僕も動揺するじゃないか」
と冷静かつ普段と変わらないイケメンスマイルを浮かべる白夜。
動揺している様子なぞ一ミリたりとも
深呼吸をしてから、俺は改めて白夜に尋ねる。
「ここ最近、小凪の様子がおかしい。白夜ならなにか知ってるだろ」
本来小凪と白夜は接点がないので、普通に考えるなら白夜に聞くのはお門違いなのだが、そこはもう白夜だからと思う他ない。
しかし白夜は、静かに首を横に振った。
「前にも言ったけど、僕を頼るのは他に選択肢がないときだけだ。僕は、できるだけ夜露が自力で頑張る姿が見たいからね」
「そりゃ聞いたが、今は小凪が──」
「大変なんだろう? わかってるよ。べつに僕も妹さんのことがどうでもいいと思ってるから力を貸さないわけじゃないんだ」
「……じゃあ、どういう意味だよ」
「僕を頼る前に、まだ選べる選択肢はあるはずさ。普通なら僕よりも妹さんの事情に詳しくて、夜露が協力を得られる人物がいるだろう?」
薄く笑みを浮かべる白夜に、俺はそんなやついるかと首を傾げる。
小凪の事情に詳しくて、俺に協力してくれる人……。
そんな人物いただろうかと必死に思い浮かべていると、ふと一人だけ頭に浮かんできた。
「どうやら、わかったみたいだね?」
「あぁ。またあそこに行かないといけないのは気が進まないけどな……」
「あははっ、いいねその困った表情。うん、いい顔だ」
「……お前、ホントいい性格してるよな」
たっぷりと皮肉を込めたのだが、白夜は「褒められると照れるな」と気にも留めていない様子。
はぁ……また行かなきゃならないとは思ってもみなかった。
そうため息をこぼす昼休みだった。
そして時は放課後。白夜のアドバイス(?)に従って、俺は小凪の通っている学校へと向かった。
正直、
キリキリと痛む胃を押さえながら進んでいると、気づけば校門までやって来ていた。
こういうときは遅く感じるものじゃないのか。なんだかもう着いてしまった感が残っているのだが。
そんなことはさておき。
俺は敷地に入らないほどのところから中を覗き込む。
いるのは制服を身にまとった生徒たち。その集団の中に、一原さんの姿は見つからない。
用事で残っている? それとももう帰った?
腕時計で時刻を確認してみるが、小凪を迎えに来たときと差ほど時間はズレていない。
あのときは用がなくすぐ出てきたと言っていたので、もう帰ったということはないだろう。
いや待て、そもそも今日学校に来ているのか? 病欠だったら絶対に会えないぞ?
どうして図書館で話していたとき連絡先を交換しなかったんだと後悔しつつ、俺は胸中でいてくれと祈る。
しかし数分が経っても、一原さんが出てくる気配はない。
どうにか今日中に一原さんと話がしたいのだが、このままで叶わないだろう。
他の生徒に尋ねることができればいいのだが……。そう辺りにいる生徒へ目を向ける。
男子生徒の場合、仮に一原さんがまだ校内に残っていても、男子が男子で男子ゆえに一原さんを呼ぶことができないかもしれない。
女子生徒の場合は──それ以前の問題だった。
目が合った女子生徒は、ことごとく急ぎ足で俺からは離れていってしまう。
怖がられることなんてそこそこあったし気にしていなかったが、今回ばかりはそれが痛い。
まぁ、この場合は目つきがあまりよくないだけじゃなく、小凪のことも関係してそうだがな……。
しかしどうするか。このままここにずっと立っていたら、最悪警察を呼ばれるかもしれないし……。
そう悩んでいると、ふと特徴的な長い黒髪が視界に映った。
「一原さんっ」
「あら、夜露さん。またいらしたんですね」
声をかけると、一原さんも俺のことに気づいたらしく、少し駆け足でやって来た。
「あー、単刀直入で悪いんだけど、小凪って今トラブってたりする?」
世間話を挟む余裕もなく、俺はすぐに本題を伝える。
すると柔和な笑みがスッと消え、一原さんは真剣な面持ちで辺りを見渡した。
「……ここで話すのもなんですし、歩きながら話しましょう」
「わかった」
一原さんの提案に乗り、この場を離れる。
「それで、夜露さんはどこまでご存知でしょうか?」
「一切わからない。ただ、今週に入ってから小凪の様子がおかしかったから、一原さんならなにか知ってるかなって思って来てみたんだ」
「そうなんですね」
そう頷くと、一原さんは静かに語り出す。
「わたくしも詳しくは存じてないのですが、恐らくら以前小凪さんが付き合っていた相手が関係しているかと」
以前小凪が付き合っていた相手。その言葉だけで、アイツのぶん殴りたいウザったい顔が浮かんできた。
最近はすっかり忘れたと思っていたのだが、まさか一瞬でここまで思い出せるとは。
「夜露さんはご存知ですか?」
「……あぁ、まぁな」
さすがに本当のことを言えるわけもなく、適当に頷く。
「小凪さんはその方に、月曜日のお昼休みに呼び出されたようで。詳しい話は伺っておりませんが、そこから小凪さんの様子がおかしかったです」
「なるほどな」
どういうわけだかわからないが、どうやらアイツら身勝手に振っておいて再び小凪に近づいてきたらしい。
一体どんな要件か。アイツのことだから、復縁してくれとでも言ったのだろうか。
しかしアイツは小凪に本性を見せている。それなのによりを戻そうとするだろうか。俺なら絶対にしないが、アイツの考えていることは一切わからない。
まぁ、わかりたくもないがな。
「わたくしが知っていることは、このくらいです。……夜露さんなら、小凪さんを助けられますか?」
「正直わからないけど……できることは、しようと思う」
そう答えると、一原さんは顔色を明るくし「わかりました」と一度強く頷いた。
「でしたら、小凪さんのことは夜露さんにお任せします。もちろん、わたくしにできることがありましたら、なんなりとおっしゃってください」
「わかった。ならとりあえず、学校にいる間は小凪のこと気にかけてやってくれ」
「当然ですわ」
胸を張った一原さんは、十字路のところで「わたくしはこちらですので」と立ち止まった。
「ん、あぁ、わかった。今日はありがとう」
「礼には及びません、小凪さんのためですから」
それでは失礼いたします、と一原さんは軽く会釈をしてから、スタスタと歩き出した。──のだが、すぐに身を
「夜露さん、わたくし、諦めませんから!」
最後に笑みを浮かべて、一原さんは去っていった。
……どういうことだろうか?
そんな疑問を胸に、俺は家へと帰るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます