第20話 苦戦
十一月になり、数日が経った。
相変わらずクラスメイトたちはしつこいし、通学路で偶然すれ違う
そんなある日の昼休み。俺は特別棟前のベンチで
「いやぁ、気づけば
「うるせぇ。誰のせいだ誰の」
「僕だね」
「開き直るな」
そんな会話を交わす中、俺の胸には一つの悩みがあった。
なにを隠そう、それは小凪への誕生日プレゼントのことである。
今月の二十九日は小凪の誕生日(ちょうど俺の二ヶ月後)なのだが、小凪に渡すプレゼントがまだ決まっていないのだ。
まだ誕生日まで三週間近くもあるのだが、他人になにかを送るという経験が少ない俺にとって三週間というリミットはあまりに心
一応バイト代を貯めておいたので、ある程度値が張るものでも買えるのだが、現状では小凪がなにを欲しているかすらわかっていない。最悪の場合、現金を渡すことすら考えている。
しかし、だ。これまでたくさんのものをもらっておいて、ただ現金を渡すというのは避けたいところ。
どうにかして小凪のほしいものを知りプレゼントを選び出したい。
「ということで、なにか知ってるだろ白夜。助けてくれ」
「惜しい、惜しいよ夜露。どうしてそこで僕に頼るという選択をするんだい」
真面目に尋ねると、珍しく白夜が突っ込んできた。なぜだ……。
「そんなに驚かれてもね。僕だって、まともなことくらい言うさ」
「普段からまともじゃないことを言ってた自覚はあるんだな」
皮肉を込めてそう返すと、白夜は「ははっ」と愉快そうに笑ってみせた。
自覚があるなら普段からまともな言動をしてもらいたいものだが、今の白夜の様子を見るからに無理そうだ。
「というかね、どうして僕なんだい?」
「いや、だってお前ならなんでも知ってそうだったから」
「たしかにいろいろ知ってはいるけど」
知ってはいるのか。
「僕はね、夜露が頑張る姿を見たいんだ。これは僕の意見だけどね、こういうことって自分で頑張らないと意味がないと思うんだ。だから教えるわけにはいかないよ」
「なるほど」
「それに、苦戦して頭を悩ませている夜露は、これ以上ないくらい面白いからね」
「なるほど……」
やはり白夜は白夜だった。いいこと言ったと思ったんだがな……。
相変わらずの白夜に呆れていると、白夜は「大丈夫だよ」と俺の肩に手を置いた。
「僕なんかを頼らなくても、夜露ならきっといいプレゼントを選べるはずさ」
「そ、そうか? でもな、やっぱり自信がないぞ」
「そうだね。なら、妹さんの好きなものから探してみるのはどうだい?」
「好きなもの?」
「例えば好きで集めているものがあるとか、なにかにハマってるとか、最近まで疎遠だったと言ってもそれくらいは知ってるんじゃないのかい?」
「まぁ、それは……」
ふと思う。小凪の好きなものってなんだ、と。
待て待て、少なくとも小学校中学年くらいまでは仲良かったわけだし、一つくらい知ってるだろ。
そう思い全力で記憶を
いや、これは兄としてどうかと思うぞ俺……。
そう呆れていると、タイミングよく白夜が「それなら」と口を開いた。
「本人に聞いてみるのはどうだい?」
「小凪に?」
「わからないし、心当たりがない。なら、もうなりふり構わず、直接尋ねてみるのがいいんじゃないかな」
「白夜にしてはまともな案だな」
「ときどき失礼だね、夜露は」
「しかし、なるほど。小凪に直接か」
たしかに、もともと兄としての威厳など一ミリもありはしないし、小凪に聞いたほうが早そうだ。
まぁ、答えが得られるかどうかはべつの話なのだが。
「でもね夜露。聞くときはそれとなく、だよ。誕生日プレゼントの参考に、なんて絶対言ってはいけないからね」
「なんでだ?」
理由を尋ねると、白夜は呆れたようにため息をこぼす。
なんとなくだが、コイツに呆れられるのはとても
「いいかい、夜露。女の子というのはね、個人差はあっても、大抵サプライズを好むんだよ。当日まで隠しておけば、渡したときの妹さんの喜びは一段と増すはずさ」
「な、なるほど」
なぜだろう。今日ばかりは白夜が頼もしく思える。
風邪でも引いたかな、俺が。
「そこで自分の体調を疑うとは、夜露も変わってるよね」
「白夜に変わってるとか言われたくないんだけど」
「それもそうだね」
「そこは肯定するなよ、怖いな」
白夜の通常では考えられない言動に引いていると、白夜が「そうだ夜露」と口を開く。
「もし、妹さんに尋ねてもいい答えが出なかったら、考え方を変えてみてはどうかな」
「考え方?」
「そうさ。夜露は今、妹さんに恩を返そうとしているだろう? もちろんそれもプレゼントの理由としては充分だけど、もっとシンプルな気持ちでもいいと思うんだ」
「シンプルって、具体的には?」
「そうだね、相手を喜ばせたい、喜んでほしい、とか」
「な、なるほど」
たしかに、相手が喜ぶ姿を想像して選ぶという考え方もある。
俺にできるかは、別の話なんだろうけどな。
そんな会話をしているうちに、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「大丈夫さ、夜露。君ならちゃんと、妹さんの喜ぶプレゼントを選べるはずさ」
「そ、そうか……?」
「あぁ、僕が言うんだ、大丈夫さ」
「その自信がどこから出てくるのかわからないけど……まぁ、ありがとな」
白夜から応援され、俺は少しだけ頑張ろうと思うのであった。
ーーーーーーーーーー
そして放課後。クラスメイトを波を掻い潜り、俺はまっすぐ帰宅した。
玄関に靴があったし、小凪はもう帰宅しているのだろう。
俺は自室に荷物を置き、部屋着に着替えてから小凪の部屋へと向かう。まぁ、隣なのだが。
「小凪、今いいか?」
ノックをしてから声をかけると、一度大きな物音がしたのち「少し待って」と返ってきた。
言われた通り少しの時間待っていると、ほどなくして扉が開かれる。
「お、お待たせ」
「お、おう」
扉を開けた小凪は、なぜか慌てた様子だった。そして案の定、小凪の格好は露出多め。
おま、いくら室内だからってもう十一月だぞ? それはさすがに寒いだろ。
一瞬目的を忘れて、脳内でそう突っ込んでしまう始末。
それはまぁいい。今は関係ない。
「なぁ小凪」
「なに?」
「突然だが、ほしいものはないか?」
そう尋ねて、俺は昼休みの白夜のセリフを思い出す。
全然、それとなく聞けてねぇ……。
最初から
いやなんだよ、『突然だが』って。どんな切り出し方? もっとこう、別の話題から探るとか……いやそれも俺には難しそうだけど。
思い返せば、小凪は俺の好みや日常の言動からプレゼントを選び出した。
それを手本にすればよかったじゃないかと、質問を口に出してから気づいてももう遅い。
これは、小凪に気づかれたかな……。
自身の失態を悔いていると、小凪はまるでなにもわかっていないかのように真顔で首を傾げた。
「え、なんで?」
「い、いやっ、ふと気になってな。小凪って普段からなにかがほしいって言ってるとこ見ないから」
どうやらまだ気づかれていないようで、俺は慌てて誤魔化しに入る。
大丈夫、発言に気をつければプレゼントのことはバレない、はず。俺がまたドジらなければ。
小凪は「んー」と唸り、天井や床などへと忙しなく視線を移動させる。
「思いつかない」
「思いつかない?」
尋ねるように復唱すると、小凪は「うん」と頷いて頬に指を当てた。
「もちろん、コスメとかは女子の
「なるほど」
たしかに、俺も睡眠グッズは良質な睡眠を得るために必要だからと買っているが、特別なにかを収集をしているというわけではない。
せめて集めていると言えばマンガなどだが、それも暇潰し目的だし購入も気まぐれだ。
こう考えると、やはり俺たちは兄妹らしいな。
それはさておき。
しかし、困ったな。ほしいものがないと言われては、プレゼントの参考になるものがない。
どうにかいい方法はないか。そう悩んでいると、小凪が「他に話すことあるの?」と尋ねてきた。
間が空いたことに疑問を抱いたのだろうか。
「い、いやぁ、そうだなー」
俺は生返事をしつつ、どうするべきかと思考を巡らせる。
まず選択肢一、なにかしらの話題でこの場を
選択肢二、素直に諦める。ここで会話を終わらせてしまえば、変に疑われることなく、誕生日にサプライズを仕掛けることができるかもしれない。まぁ諦めてしまえば、プレゼントの手がかりはなに一つないのだが。
どちらを取ってもリスクとリターンがある。どちらにすべきか、あまり悩んでいる時間もない。
当たり障りのない会話で、妙案が浮かぶまで維持するか? いや、それだと「もう十一月だな」とか誕生日を臭わす発言をしてしまいそうだ。
「兄さん?」
「あっ、いや、そうだな……そっ、そういえば、最近恋人アピール的なことしてないが、大丈夫なのか?」
悩みに悩み、なんとか絞り出せたのはそんなことだった。
冷静になって考えてみれば、小凪を迎えに行った日以来、恋人(仮)としてなにかした覚えがない。
あの噂はすっかりなくなったらしいが、俺が男避けの役割を果たせないでは意味がないのだ。
「えっと、大丈夫。……うん、大丈夫」
別の不安が現れ若干の胃痛を覚えいると、なぜか頬を赤らめながら小凪はコクコクと頷いた。
な、なんだろう。いきなき小凪の動きがぎこちなくなったが……。
もしやまた告白されているのでは? そう思い続けて「大丈夫か?」と尋ねてみたのだが、小凪はよりいっそう赤面して一歩下がった。
「ほ、ホントに大丈夫だから」
「本当か? 無理してないか?」
「ほ、ホントだって」
「最近、告白はされたのか?」
「さっ、されてないからっ。あのとき兄さんが、えっと……かっ、かっこよく助けてくれたから、兄さんがあたしのカレシだってちゃんと広まって──って、はっ、恥ずかしいこと言わせないでっ!」
心配になり何度も確認を取っていると、小凪は徐々に語調を早め、最後には叫ぶようにしてバタンッと勢いよく扉を閉めてしまった。
い、いや、恥ずかしいのは俺のほうなんだが……。
熱を帯びる顔に手の甲を当て、深く長く息を吐く。
小凪を心配して尋ねたというのに、どうして俺がダメージを受けているのだろうか。
そんな疑問を抱きつつ、俺は自室に戻る。
結局、話は脱線したまま軌道修正することなく終わってしまった。
プレゼントのヒントになるような情報は得られなかったし、どうするべきか。
ベッドに横になり、本棚を見つめる。
比較的大きなものであるのに本が少ないため、スペースは余り放題。
空いた棚には、俺が良質な睡眠を求めて買ったアロマスティックなどが無造作に置かれている。
そこでふと、白夜が最後に言ったことを思い出した。
「俺の好きなもの、ね」
あまり自信は持てないのだが、小凪からなにかしら参考にできる情報を得られなかったわけだし、もう他に選択肢はない。
失敗したときは、そのときだ。
俺はベッドから起き上がり、ふっと短く息を吐く。
小凪の誕生日まで残り三週間。頑張ってプレゼントを選ぶしかない。
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