第15話 小凪と試着の続きとパンケーキ
次に
今度の服は、肩から袖がシースルーになった黒のワンピース。秋もこれからだというのに、襟はV字になっていて、鎖骨がギリギリ姿を覗かせている。
質感はヒラヒラとしていて、絶妙な光沢が大人っぽさを演出している。膝下まであるスカート部分はやや深いスリットが入っており、そこから覗く足が魅惑的だ。
ワンピースの黒色と、小凪の白い肌のコントラストが美しい。
小凪のクールさと相まって、一気に妖艶な大人の女性へと変貌を遂げていた。
これは…………………………えっろ。
妹の服装に抱いていい感想なのかわからないが(恐らくアウト)、その言葉しか浮かばなかった。
いやね、落ち着いて見れば大人びているとかいろいろ感想が……いやエロいわ。落ち着いてもエロい。
これは、どう伝えるべきだろうか。
先ほども感想を伝えたし、今回も感想を述べなければならないと思うのだが、エロいという三文字を伝えるわけにもいかない。
チラリと小凪の表情を
くっ、どう言うべきか……。
そう悩んでいると、小凪は「だめ……?」と眉尻を下げた。
「だっ、大丈夫だ、似合ってるよ」
なぜか弱々しくなる小凪に慌ててそう伝えると、小凪は「ほんと?」と首を傾げる。
「あ、あぁ。ただ」
「ただ?」
「その格好で出歩くのは、控えてほしいな」
「なんで?」
くぅ、ストレートに言うべきか、間接的に伝えるか……。
そう悩んだ結果、俺はこう続けた。
「正直エロい」
「っ!? にっ、ににに兄さんのヘンタイっ! ばかっ! あほっ! シスコンっ!」
感想として大間違いな選択肢を選んだため、当然小凪は羞恥と怒りを表す。
子どもっぽい罵倒(最後のはわからない)を並べると、小凪はシャッと勢いよくカーテンを閉めた。
うん、そうだろうな。もっと別の言い方あったよなぁ……。
こういうことは、得てして終わってから他の択に気づくものである。
小凪、怒ってるよな……。絶対やらかした……。
ジワジワと後悔が思考を呑み込んでいくのを感じながら、俺は椅子に座った。
──そして数十分後。
気まずい空気の中小凪を待っていると、カーテンがわずかに開かれた。
隙間からチラリと顔を覗かせた小凪は、目が合うと小さく「へんたい」とこぼす。
「ご、ごめん」
「べつに、怒ってないから……もうちょっと待ってて」
唇を尖らせた小凪は、じとーっとした目を変えずにそう言いカーテンを閉じた。
まだ試着は続けるのだろうか。
その答えは、もう数分後に出された。
「兄さん、どう」
いまだ赤面した小凪は、しかし何事もなかったかのようにそう問いかけてくる。
俺のあの失言を許してくれるとか、どんだけ優しいんだよ。
小凪の器の広さを感じながら、俺は今度こそちゃんとた感想を言おうと心に決める。
小凪は青いバラがデザインされた、雪原のような灰色のブラウスを紺のロングスカートに入れて、やや淡いデニムのジャケットを合わせていた。
全体的に青系で統一されており、クールな雰囲気がより強められている。
ふむ……似合ってるな。
残念な語彙力(というより経験値不足)のため、結局浮かんだのはそんな感想。
エロいの三文字に比べれば断然まともなのだろうが、やはり同じ言葉の使い回しは悔しさがある。
しかし変に言葉を弄するよりは、飾らずに伝えたほうがいいだろう。たぶん。
「に、似合ってると思うぞ。大人しくて小凪に似合ってるんじゃないかな」
そう素直に伝えると、小凪は目線を逸らして「そう」と呟いた。
これは……悪い反応ではない、よな?
不安が俺の思考をよぎるが、小凪の「ありがと」という言葉に不安なぞすぐに消え去った。
チョロいかよ俺。
そう自嘲的に苦笑していると、小凪は「これで終わり」と言ってカーテンを閉めた。
どうやら試着は今ので終わりのようだ。
小凪が持って入った量からして、まだ着ていないものがあると思うのだが、着なかったということはそういうことなのだろう。
少しして、元の服に着替え直した小凪が試着室から出てきた。
小凪は抱えていた服から買わないものを戻していき、それを終えるとそのままレジへと向かう。
「小凪、俺が払うぞ」
「大丈夫。自分で払うから」
慌てて追いかけ提案したのだが、残念なことに断られてしまった。
くっ、腕時計のお返しができない……っ。
そう唇を噛みながら、俺は会計が終わるのを待った。
ーーーーーーーーーー
小凪の服を買い終え、俺たちは自由にモール内を歩いていた。
満足する買い物ができたようで、隣を歩く小凪は上機嫌な様子だ。
繋いだ手を子どものように振る小凪に、頬が緩むのを感じる。
兄として情けない限りではあるが、小凪が満足ならそれでいい。
しかし、どこかのタイミングで小凪にお返しをしたいな。俺の気持ちが収まらん。
今までの分を今日一日ですべて返すのは難しいが、せめてなにかしら奢らせてほしい。
奢ることしか考えられないってのが、浅はかだけどな。
そんなことを考えていると、ふと昼食前の会話を思い出す。
小凪、たしかパンケーキが食べたいとかいってたっけ。
なんなら、三時のおやつにどうかと自分でも提案してした。そのあと小凪からよくわからないことも言われたな。
小凪に引っ張られてモール内の服屋を巡っているうちにすっかり忘れていた。
また小凪にダサいと言われるかもしれないが、俺はスマホで時間を確認する。
もう三時前か。ちょうどいいくらいの時間だな。
「なぁ小凪、ちょっといいか?」
頭の中にフードコートの位置を思い浮かべながら声をかけると、小凪は立ち止まって「なに?」と首を傾げた。
「パンケーキ食べるか」
「……そういえば、そんなこと言ってたね」
食べたいって言ったのは小凪だけどな。
「場所は?」
「バッチリ。頭に入ってる」
「なら、案内よろしく」
「おう」
任せとけ、と大袈裟に答えてから、今度は俺が小凪を引っ張りフードコートに向かった。
エレベーターという文明の利器を利用して最速で一階に降りれば、フードコートまでは歩いて数分だ。
多種多様な店が席を囲むように並んだフードコート。目指していた店は、フードコートの入り口近くに佇んでいた。
メニューはパンケーキの他、クレープなどがありバリエーションも豊富。
ライブキッチンのように注文カウンターから作るところが見ることができて、目の前で注文したものができあがっていく光景はより食欲をそそる。
有名チェーン店というわけではないようだが、グーグルマップでの評価は案外高い。
少なくとも、来て残念ということにはならないだろう。
「小凪はどれにするんだ?」
メニューを眺めながら、小凪に問いかける。
「どれも美味しそうだから、悩む」
「たしかに」
甘いもの好きの小凪には、メニューの中から一つを選ぶのは難しいだろう。
俺はというと、スイーツにあまりこだわりがないので早々に宇治抹茶パンケーキに決めた。いいよな、抹茶。
しばらくメニュー表とにらめっこしている小凪を眺めていると、不意に店員さんが「旬のフルーツパンケーキがオススメですよ」と言ってきた。
決めあぐねていた小凪にはまさに救いの手。続けて店員さんの放った「季節限定なんです」という言葉に、小凪の心は完全に決まったようだ。
「なら、それでお願いします」
ようやく注文することができほっと息を吐く小凪。
ありがとう店員さん、助かったよ。
「それにしても、可愛らしい彼女さんですね」
チクショウ店員さん、なってこと言ってくれてんだ……っ。
店員さんに感謝したのも束の間、笑顔で言い放たれた言葉に冷や汗が出る。
そんなことを言えば、小凪が暴れだすに決まってる……っ!
しかし俺の予想は外れ、小凪は少し気恥ずかしそうに「ありがとうございます」と会釈した。
そ、そういえば、俺たち今恋人(仮)だったな……。
パンケーキを受け取った俺たちは、適当な席に座った。
俺のはメニュー名通り抹茶のソースがかかったパンケーキ。
小凪のパンケーキには、ぶどうやリンゴ、梨といった色とりどりのフルーツが盛られていた。
「美味しいか?」
「うん。店員さんのオススメにして正解だった」
フルーツをパンケーキと一緒に頬張りながら小凪はそう答えた。
小凪がここまで笑顔になるとは。季節限定、旬のフルーツパンケーキの威力は凄まじい。
「兄さん」
「なんだ?」
「奢ってくれてありがと」
「いいんだよ。なんなら、俺のほうがたくさんもらってるからな」
「兄さん、すけこましだもんね」
「だから違うって」
パンケーキの効果か、小凪の声の調子も普段より優しくなっていて、雰囲気も柔らかい。
クールな小凪も可愛いが、少しくだけた小凪も可愛らしいな。
美味しそうに食べる小凪の姿に、俺は来てよかったなと感じた。
余談だが、パンケーキのシェアを提案してみたのだが、真顔でいらないと言われた。お兄ちゃん凍死するかと思ったよ……。
そんなことがありながら、小凪との初デートは無事(?)幕を閉じたのであった。
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