第14話 巡って試着
無事に腕時計を買った(
時刻も一時に近づいているため、あまり待つことはないだろう。そう思っての判断だ。
俺たちが今いる場所は、エスカレーター近くの案内板前。
歩いて探すよりも、案内板を見ながら探すほうが手間が省けるからな。
そういっても、俺たちはまだショッピングモール内で昼食を済ませるかどうかすら決めていない。
飲食店はショッピングモールの中にもあるが、もちろん外にもある。
ショッピングモールのすぐ近くにいくつか店はあるので、外に出るのもさして手間ではない。
まぁ、この中で済ませられるなら、それはそれで楽だが。
「なぁ小凪、なに食べたい?」
中でも外でも構わない。となれば、決める基準はやはり小凪だろう。
そう思い尋ねてみると、小凪は立ち止まって「んー」と唸る。
「パンケーキ」
「それは昼飯じゃないだろ」
「そう? パンケーキのランチも世の中にはあるみたいだけど」
「残念ながら、ここ近くにはランチメニューとしてパンケーキを出してる店はないぞ」
グーグルマップで検索をかけてみるが、ショッピングモール付近にはヒットしなかった。
近い場所でも、駅を過ぎないとだな。
「行ってみるか?」
マップの検索画面を見せながら問いかけると、小凪は距離を確認するや否や「めんどくさい」と答えた。
「まぁ、スイーツとしてのパンケーキは普通にあるから、三時のおやつとして行くってことでいいんじゃないか?」
「……兄さんって、彼女いたら太らせそう」
「なんで?」
「それじゃあお昼は、ここに行こ」
謎の見解に戸惑っていると、小凪は案内板に記されたお店を指した。和食のお店のようだ。
「わかった。んでさっきのことなんだが」
「お腹空いた。早く行こ」
「お、おう」
結局さっきのはどういう意味だったんだ?
俺の手を引っ張り先を行く小凪の姿を見ながら、俺は首を傾げた。
「俺はカツ丼にしようかな」
「あたしはこれ」
場所変わって飲食店の一席。予想通りと言うべきか、やはり客の列はなされておらず、スムーズに席へと案内された。
店員に注文を伝え、水を飲みながら先ほど小凪が指差したメニューに目をやる。
それはとてもシンプルなもので、うどんに梅干しやワカメなどが添えられた品だった。
「小凪って、梅干し好きだっけ?」
「普通」
「じゃあワカメは?」
「普通」
「うどん自体は」
「普通」
「じゃあなんで頼んだんだよ……」
家で出された料理ならともかく、こうして外食するときは自分の好きな料理を食べたいと思うのが自然だろう。もしくは気になった料理。
俺も好きというわけではないが、気になったからカツ丼を選んだ。店長のこだわりとか書かれてると食べたくなるんだよな。
しかし小凪が選んだものはオススメの品でもなければ、期間限定という書き込みもない。キングオブ無難なメニュー。老夫婦とか仲良く食べてそう。(偏見)
普段から人が食べるものを気にすることはないのだが、小凪が食べたいものをと考えていたので、こうも普通とばかり答えられると気になるのだ。
ならなぜ選んだのだろう。そんな疑問からじっと見つめていると、ふと気づく。
このメニュー、他のよりカロリー低いな。まぁ、肉類も入ってないし、天かすとかもないから当然か……。
もしかして、小凪がこれ選んだ理由って、カロリーが低いから?
導き出せたのは、そんな答え。
さすがにそれを小凪に確認するわけにもいかず、俺はなんとも言えない気持ちで注文した品が届くのを待った。
追記、店長こだわりのタレとカツは美味しかったです。
ーーーーーーーーーー
昼食を済ませた俺たちは、レディースの衣類を販売する店に来た。小凪の買い物の番である。
さっきは小凪に腕時計を買わせてしまったし、ここは俺が出すのが当然だろう。いわばプレゼント返しである。俺が選ぶわけじゃないけど。
にしても、レディースって種類豊富だよなぁ。メンズとは大違いだ。
偏見かもしれないが、メンズとレディースにはバリエーションの差があると考えている。というより、レディースがメンズを置いて独走している感じ。
まぁそのことに不満があるわけではない。ただ単に、レディース多いみたいな感想しかない。
「兄さん、次」
メンズとレディースの差について考えていると、突然小凪に手を引っ張られた。
「こ、小凪よ、服は買わなくていいのか?」
「保留。ちょっといいのはあったけど、まだ買うとは決めてない」
「そ、そうか」
俺なら、立ち寄った最初の店で決めてしまうのだが、少なくとも小凪はそうではないようだ。
まぁ、俺が行く店といえばしまむらかユニクロ辺りなのだが。
なるほど。こうして様々な店を回り考えるから、女子の買い物は長く、女子はオシャレたるのか。
次の店も一通り見て回ったのち移動する小凪の様子に、俺はそう納得する。
これは、長い戦いになりそうだ。
俺を引っ張りモール内を歩き回る小凪の背中に、俺はそう予感し覚悟を決めた。
それからどれくらい店を巡っただろうか。
一階ずつ効率的に回っていき、時には体に当ててみたりして、気づけば五階までやって来ていた。
というか、やっぱりレディースの店多すぎるだろ。メンズなんて片手でギリギリ足りないって数なのに。
そんなことを考えながら小凪の後をついていっていると、不意に小凪がピタリと足を止めた。
その小凪の瞳は、左斜め前方にある店に向けられていた。もちろんレディースオンリーである。
どうしたのだろうか。今までの店では、わざわざ立ち止まるなんて反応をしなかったのに。
「どうしたんだ小凪」
「ここ、いいかもしれない」
小凪は店に目を向けたままそう答える。
つまり、小凪の好みと合っていそうな店ということだろうか。
「そんなに気になってるなら、早くいけばいいじゃないか」
「うん」
頷いた小凪は、先ほどよりも少し早い歩調で向かう。当然、俺の手を引いたまま。
しかし店に入るや否や、小凪は手を離して心の赴くままに進んでいく。
俺からすればこれまでの店と違いはないが……小凪の嬉々とした瞳を見れば、違うのだろう。
さて、俺はどうするかな。
小凪と離れ暇になった俺は、待機場所を探す。
先ほどまでは入って流し見して出ての繰り返しだったので、手を離さないこともあるくらい待たされなかったのだが、今の小凪の様子からいつも以上に時間がかかることは容易に想像できる。
ずっと立ちっぱなしは邪魔になるだろうし、店内の椅子か、それとも店外で待つか。
そう悩んでいると、小凪が少し急ぎ足で戻ってきた。
「兄さん、なにそんなところで突っ立ってるの」
「え?」
「早く、こっち来て」
「え? え?」
わけもわからないまま、俺は小凪に店の奥へと引っ張られた。
そして到着したのは試着室の前。
「いくつか試着したいから、兄さんそこで待ってて」
小凪が指差したのは、試着室目の前の椅子。
あぁはい、よくわかんないけどよくわかった。とりあえず座っとけばいいのね。
俺は頷き、服選びに向かう小凪の姿を見届けてから椅子に座った。
それから数分後、服を抱えた小凪が戻ってきた。量からして、一着二着ではないだろう。
試着室を長時間占有するのはよくない、よなぁ。
真っ先に浮かぶのはそんな心配だが、試着室の数も多いし、客数もそこそこなので大丈夫だろう。たぶん。
というか、戻ってきたのに会話がないどころか目すら合わなかったぞ。俺のこと忘れてない? 大丈夫?
それからさらに数分。微かに着替えの音が聞こえてくることにソワソワしながら小凪が出てくるのを待っていると、シャーとカーテンが開かれた。
「ど、どう……兄さん」
小凪は恥じらいながら問いかけてきた。
というか、感想を求められるのか。了解任せろ。褒め言葉は予習済みだ。
すぅ、と息を吸い改めて小凪に目を向ける。
全体的な印象は、可憐。上はベージュに近いオレンジのセーター、下は
特別柄があるわけでもなく、シンプルで落ち着いたイメージを受けた。
落ち着いている、という点では小凪にピッタリだが、俺の中で小凪は青系統のイメージなのでどこ新鮮さも感じる。
「可愛いし、似合ってていいんじゃないか? ちょっと新鮮な感じもするし」
「ありがと。……新鮮?」
「あぁ。小凪ってこう、クールって感じだから。青系を選ぶんじゃないかなって思ってた」
「そう。たしかに青系も好きだけど、特別色にこだわりはない」
「そうなのか」
うん、と頷いた小凪は「次のに着替える」と言ってカーテンを閉めた。
俺はふぅと息を吐きながら椅子に腰かける。
一応、褒める練習なんかはしたが、服を褒めるってなかなか大変なんだな。小凪が相手だからかもしれんが。
しかし、ここで苦労を覚えていれば、いずれ彼女ができたときに余裕が出てくるだろう。
前提条件が難しすぎるのが難点だな。
そう苦笑して、俺は再びカーテンが開くのを待った。
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