第13話 小凪とデート

「兄さん、デートして」



「は?」


 それは十月半ばの、とある土曜日のことである。


 特にすることながなく自室で読書にふけっているところに、突如としてやって来た小凪こなぎがそんなことを言い放った。


 オッケーグーグル、デートとは。


 あまりにも唐突なことに、俺はしばしの間放心していた。


 我に返ったあとも、脳内で某検索サイトに尋ねる動揺っぷり。我ながら情けない。


「小凪、俺の聞き間違いかもしれない。もう一度言ってくれないか?」


「兄さん、デートして」


 オーケー、オーケー。どうやら聞き間違いではないようだ。


「なぜに?」


「恋人だから」


 恋人(仮)だが。と心の中でつけ加えながら、なるほどと頷いておく。


 いやなるほどじゃなくね? それデートする理由になる?


 そう思い尋ねてみると、小凪は、


「友達に言われたの。デート写真とかないと他の人しんじないよって」


 と答えた。


 まぁたしかに、俺も恋人の存在を証明する証拠が必要だと思っていたし、納得だ。


 あとは行く日を決めないとな。そう考えていると、小凪が「それじゃあ」と口を開いた。


「一時間後に出発ね」


「ちょっと待て。今日行くのか?」


「そうだけど」


 さも当然のことかのように言う小凪に、俺はマジですかと肩を落とす。


 まぁ特別予定はなかったし、断りはしないが。


 一時間後となると……十一時か。


「昼飯はどうするんだ?」


「行き先で食べればいい」


「わかった」


 そう頷いて、ふと思う。


「どこに行くんだ?」


「ちょっと遠いところ。近場だと知り合いに会うかもだから」


「なるほどな。んじゃ、一時間後」


「うん」


 目先の予定が定まり、小凪は部屋から出ていった。


 さてと、ちょっとはオシャレして行くとしますかね。



 そうして、小凪とのデートが決まった。




   ーーーーーーーーーー




 身支度を終えた俺は残った時間を潰して、十一時前に玄関へと向かった。


 まだ準備をしているのか、小凪の姿はまだない。


 まぁ、すぐに来るだろう。


 そう思った通り、それからほどなくして玄関の扉が開かれた。



「お待たせ、兄さん」


「っ、お、おう」


 小凪はえりにフリルのある白のブラウスに、深い青のロングスカートという格好で出てきた。


 普段の部屋着と違い露出が少ないので、隣を歩く身としてとても安心できる。


 しっかしまぁ、あれだな。身内贔屓びいきなのは重々承知しているが、やっぱり可愛いわ、うちの妹。


「どう? 兄さん」


「あ、あぁ。可愛いと思うぞ。小凪のイメージによく似合ってて、落ち着いてる」


「そ、そう」


 素直に感想を述べると、小凪は頬を赤らめながら視線を泳がせる。


 恥ずかしいなら聞かなければいいのに。


 そう思っていると、小凪はいまだ赤面したまま「兄さんもかっこいいよ」と言ってきた。


「お、おう」


 そういう不意打ちは卑怯じゃないですかね、まったく……。


 秋も半ばというのに、なぜか暑い。ストップ温暖化。


「そ、それじゃあ、行くか」


「う、うん」


 普段は気にしていないのに、繋いだ手に汗を掻いていないかと気にしつつ、小凪と共に最寄り駅へと向かった。


 電車に揺られながら小凪に行き先を尋ねると、どうやら大型ショッピングモールに行くらしい。


 それは、遠くても知り合いがいるのでは? そんな疑問は心の奥に仕舞っておく。



「そういえば小凪、ショッピングモールに行くって、なにかほしいものでもあるのか?」


「えっと、うん」


 あとは他に思いつかなかったからとつけ足す小凪に、思わず苦笑を漏らす。


「兄さんもほしいものがあったら買っていいよ」


「ほしいものなぁ。あんまりないかな」


「兄さんって、本当に無欲だよね」


「そうか? 欲はあるつもりだが」


「じゃあ無頓着?」


「うーん、なんかちがくない?」


朴念仁ぼくねんじん


「マジ? 俺って愛想ない?」


「すけこまし」


「まって、それは絶対に違う」


「ジゴロ」


「それ言い換えただけだよな?」


 そんな会話をしているうちに、気づけば目的地近くの駅に到着した。


 休日で近くにレジャー施設などもあるからか、人通りが多く賑やかである。


「人、多いな」


「そうだね。ショッピングモールも多そう」


「どうする? 先に昼飯行くか?」


 チラリとレストランの看板が見えそう尋ねると、小凪は首を横に振る。


「たぶん、今から行っても待つことになると思う。お昼時だから」


「あぁ、たしかに」


 ポケットからスマホを取り出し確認すると、正午まであと二十分ほどだった。


 どこにするか決めるまでに、列ができそうだな。


「ねぇ、兄さん」


「なんだ?」


「兄さんって、腕時計持ってる?」


「いや、持ってないけど。スマホで確認できるし」


 そう答えると、突然小凪は真顔になり身も凍えるよな「は?」を放った。圧で死にそう。


「兄さん、本気で言ってる?」


「ま、まぁ」


 腕時計は時刻の確認しかできないが、スマホはそれ以外もできるから、なんというかもったいないって思ってしまうのだ。


 ポケットから出し入れする面倒こそあるも、それ以外には特に不満はない。


 そのため腕時計は買っていないのだが、どうやらそのことが小凪のかんに障ったようだ。


「兄さん、腕時計買おう」


「え、なんで?」


「ダサいから」


「ださ……?」


 スマホで時間を確認するのはダサいのか……?


 あまりそういうことに気を配っていなかったため、納得もできないが反論もできない。


「ダサいのか?」


「ダサい」


 即答だった。


 まぁ、センスもあって異性にモテる知恵なんかがある小凪が言うことなら、正しいのだろう。


 しかし、腕時計か。滅茶苦茶高いやつは買えないが、そこそこのやつは買えるかな?


 今の財布事情を思い浮かべていると、小凪が「どうする?」と尋ねてきた。


「どうするって?」


「今からご飯にするか、兄さんの腕時計を見に行くか」


「そうだなぁ」


 周辺を見渡し、飲食店を探す。


「じゃあ、一応空いてるところ探して、なかったら腕時計買いに行くか」


「わかった」


 その後、駅からショッピングモールまでの間で空いている飲食店を探したが、どこも列ができていた。


 そのため俺たちは、先に腕時計を買うべくショッピングモールに急いだ。




 大型ショッピングモール、二階。


 エスカレーターを上がって少し行ったところに目的としていたお店があった。


 しかし、腕時計って値段バラバラだなぁ。それにデザインも違う。


「なぁ小凪、選んでくれないか?」


 センスがあまりよくない俺がいくら悩んでも決まらないと思い、小凪に助けを求める。


「兄さんが好きなの選べばいいじゃん」


 しかし小凪はそれだけ言って、俺とは離れた場所で腕時計を眺めている。


 こういうところは冷たいのね。


「あ、あー、好きなデザインね」


 さすがになにも答えないのは不自然かと思い、自分でもわざとらしいと思えるくらい棒読みで相槌あいづちを打つ。


 好きなデザインかぁ。


 スマホで時間を確認するのがダサいと言われたため、オシャレなものを選ぼうとしていた。


 そのため好みで選ぶというのは盲点だった。灯台もと暗しってやつ。


 しかし、好みで選ぶって難しくないか?


 おわかりの通り、俺は好みと呼べるものも少ない。睡眠グッズならこだわれるのだが、腕時計のデザインとなると、よくわからない。


 ゴツゴツしたのは邪魔になるのか? 服の袖に引っかかりやすいのも不便だよな。


 結局思考は好みよりも機能性に寄ってしまい、探し始めてから十分ほど悩み続けた結果、とてつもなくシンプルなデザインのものに決まった。


「じゃあ、これにするか」


 とっとと会計を済ませよう。そう思いレジに向かおうとすると、ちょっと待ってと小凪に引き止められた。


「これどう?」


 小凪が見せてきたのは、俺が選んだものよりも圧倒的に意匠の凝った紺色の腕時計だった。


「か、かっこいいんじゃないか?」


「うん。これあまり重くないし、兄さんに似合ってるから、これも」


「お、おう」


 自分の好みにって言ってたのに、選んでくれたのか。なぜ?


「普段使いと、オシャレ用ってことで」


「なるほど」


「それじゃあ買ってくるから」


「え?」


 小凪は俺が持っていた腕時計を取ると、俺を抜いてレジへと向かった。


 えっと、なんで小凪が買ってるんだ?


 そう首を傾げているうちに会計を終えたようで、小凪が袋を片手に持って戻ってきた。


「はいこれ」


「……なんで小凪が買ったんだ?」


 そう尋ねると、小凪は髪をイジりながら「だって」と言う。


「あたしが文句言ったから買うことになったし」


「そんなことで?」


「いいでしょ。不満があるなら、兄さんのオシャレ祝いのプレゼントってことで」


「そ、そうか」


 そう言われると断れるわけもなく、こちらに差し出された袋を受け取る。


 そういえば、俺が選んだ腕時計は比較的安かったけど、小凪が選んだやつはいくらなんだろう。



「なぁ小凪、いくらかかった?」


「ヒミツ」


「……高かった?」


「普通」


 ……これ、もしや本当に〝すけこまし〟状態じゃない?


 そんな不安を抱きながら、小凪と共に次の目的地を考えるのであった。


 デートはまだ、始まったばかりである。

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